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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
416/505

第415衝 妖星の鑑連

 異常事態にあっても、鑑連が配置した情報網は抜かりなく機能しており、続報が次々に入ってくる。


「敵に襲われ、命を落とした者もでています。至急、救援を願います!」

「て、敵とは誰だ!本当に、宗像勢で間違いないのか」

「間違いありません!河津勢、深川勢、その他多数……」


 盟約のみならず縁戚となっている相手の裏切りに、戸次武士らはみな動揺を深めるのみ。備中は伝令に尋ねる。


「そ、それで、小野様と薦野殿は!」

「敵中を強行突破して丘を駆け上り、稲光城へ逃げこむことに成功!しかし、包囲されております!」

「さすがあの二人だ。我らが向かうまでの時間を稼いでくれたな」


 その通り、ただ敗れるがままのはずがなく、現地に踏みとどまっているということは、援軍を期待してのことだろう。鑑連はすぐに由布へ指示を出す。


「兵を率いて直ちに若宮の地へ入り、小野らと合流せよ」

「……はっ」

「由布。事と次第によっては、ワシは宗像郡内へ攻め入ることになる。連携を密にな」


 静かに目を伏せて頷き、退出する由布の表情に、諦念の色が見えたのは備中の気のせいだろうか。



 由布が出陣した後も、伝令による情報伝達は続く。だが、戸次武士たちはこの資料を戦略の為ではなく、宗像大宮司家との戦を避けるために活用したい。


「敵は犬鳴川の水を堰き止め、西への逃走を許さぬ構え。また、鉄砲の撃ち合いがあった模様!」

「敵中にかつての大内家に所縁を持つものども、確認されています。大宮司殿の与り知らぬ事故かもしれません」

「確実に狙っていたのだな」

「はっ……?」

「敵がだよ。所詮が輜重隊だ。ワシも居ない。新たに養子となった統虎も居ない。それなのに、攻撃した。その目的は明らかだ」

「両家に亀裂をいれるため……」

「他にはあるまい」


 思ったより冷静な鑑連の発言だが、これでは入田の元義弟殿の言っていた通りではないか。あの忠告を容れていればこのような事態は避けられたかもしれないのに、と忸怩たる思いの備中。


 鑑連が宗像大宮司の妹を娶り、領域を接している以上、相手に親しみを通わせる者もいる。昨今の宗像勢の活躍から、このような気持ちを抱く穏健な武士は特に多く、それは備中だけではなかった。


 故に、怒り心頭に発する域には至っていない主人鑑連の泰然たる様子に安心をし始めていた。一部の不平分子の軽挙妄動に、心乱されてはいないのだと。


 だが、事態は悪化していく。鑑連が整備した優れた情報網が、直ちに知らせをもたらしてくれるのだが、


「申し上げます!て、敵に増援があり、そ、その大宮司様の御家老が、そ、その隊を率いているとのことです!」

「小野、薦野の包囲に加わったということか」

「は、はい!」


 刹那、すくと立ち上がった鑑連に、嫌な予感しかしない備中。鑑連厳かに曰く、


「これまでワシは、若宮の三百町に及ぶ領地のみならず広い鞍手の地の多くを氏貞に任せていたが、こうなっては是非も無し。氏貞から取り上げてくれよう!」

「と、殿!お待ちください!」

「殿、両家を切り裂く陰謀の恐れもあるのです!早まってはなりません!」

「大宮司殿の真意を確かめてからでも遅くはありません!」


 穏健派の武士たちが諌止する。備中も目に力を込めて主人に声なき声を送るが、


「氏貞の家老が出たのだ。その心は明らかであり、これ以上確認すべき何ものもない!内田!」

「はっ!」


 穏健派ではないが、とりたて反宗像でもない内田が身構える。


「西郷へ入り、宗像家の関係者を尽く捕らえ人質にせよ。抵抗する者は斬れ。そして宗像領の入り口、宮地岳城を奪い取るのだ」


 鑑連は正気なのだろうか。しかし、軍事面で鑑連の信頼厚い内田は平然として曰く、


「殿のご命令であれば、私は一切の躊躇はいたしません。直ちにそのように致します」

「内田」


 鑑連は内田の肩に手を置いた。良く言ってくれた、と言わんばかりに、自ら気合を注入する。


「主君と家来ではなく、主人と奴隷のような関係の軍隊は、ときに対立や非効率を産む。今回の件も、氏貞の本意とは異なる意図によるのかもしれん。だがワシらは違う!あのような素人集団ではない、そうだろう!」

「仰せの通りにございます!」

「西郷の地を取り上げることで、それを氏貞に示してやろう!」

「西郷も約三百町に及ぶ豊かな土地です!」

「そうとも!恩賞は思いのままだ!行け!」


 鉄砲玉のように広間を飛び出していった内田の残像を前に、ここ何年か安心していることができた立花山の北にも戦を持つことになったことが無念でならない備中。


 さらに伝令が入れ替わりで入ってくる。


「申し上げます!清水原に向かう敵の数が増しています!遠賀勢、龍徳城勢、秋月勢も続々と集結する気配ありとのこと!」

「由布ならば、完璧に処理するだろう!つまり速攻、撃破、皆殺しだ!」


 鑑連が次々に命令を発していく。その速度に考えがついていかず、おろおろするだけの情けない備中、この場に小野甥が居てくれれば何かは違ったのかもしれない、と無念を噛みしめるが、その爽やか侍は敵地で懸命に防戦中なのである。


 小野甥が居れば、鑑連に慎重を進言するはずである。今その役割を、自分がやらずして誰がするというのか。備中は勇気を振り絞って、鑑連に近づいて声を張り上げようと試みるが、


「備中」

「ふひっ!」


 先んじられて頭が真っ白になる備中。鑑連の指示が下る。


「秋月勢も若宮の地に入らしい情報を、鎮理に伝えてこい。ヤツのことだ。それだけで秋月への牽制を行ってくれる」


 信頼が厚くて結構な事だ。と同時に、一つの閃きを得た備中曰く、


「し、鎮理様はさらに、宗像大宮司殿との和睦について御下問されるに違いあり」

「黙れ」


 反射的に黙った備中。どれくらいの時間か、長くは無いが、沈黙が流れた。そして、鑑連は常になく静かに述べた。


「もう決めたのだ。だから何も言うな」


 声の調子から、いささかの苦悩も混じっている様子だが、このまま黙っているべきではない、そう確信していた備中は、なけなしの勇気を振り絞って口を開いた。瞬間、迸るが如く記憶が蘇った。


「備中忘れるな。宗像とはいずれ戦端が開かれる。この臼杵の死一つにも、そういう効果がある。そしてその時、筑前における国家大友の代理人たるこのワシに従わぬ者があれば、正当な手続きによって討伐するだけのことだ」


 数年前の鑑連の言葉である。予言が現実になった、というだけなのか。それならば、決して見通しは暗くないのかもしれない。備中は、鑑連の言いつけ通り、口を閉じ、岩屋城へ向かう準備を始めた。気は晴れないまま。


 しかし出発の間際、備中は一つ良い情報に接することができた。元義弟殿の活躍がそれであり、彼は若宮の金生城で手勢をまとめ、小野甥や薦野を支援するため敵と果敢に戦っているということだった。


 宗像大宮司と戦争状態に突入することになった鑑連だが、不幸なこの一件を皮切り、せめて入田の元義弟殿との仲が近くなれば、と願わずには居られないのであった。

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