第414衝 回避の鑑連
この出兵は、当初の予想通り、またしても秋月種実は戦場に姿を現さなかったが、問註所殿を攻めたことへの制裁を下すことには成功した。戸次武士一同、もう今年は戦場にでることもないのだろう、と思いながら立花山城へ帰還する。天正九年も冬に入っていた。
帰還から間も無いある日、珍しい人物が鑑連への面会を求めてやって来た。入田の元義弟殿である。何やら焦っている様子だが、鑑連はどうせ会わないのだろうなあ、と思いながら報告に行くと案の定である。
「ワシは忙しい。貴様が話を聞いておけ」
「し、しかし……」
「貴様も嫌なら小野にでも振ってよいぞ」
貴様も、との言葉を聞き漏らさなかった備中。これは無理だと確信しつつ、
「お、小野様は薦野殿について鷹取山城へ行かれていますが……」
「知ってるよ。戻るまで待ってもらえば?」
「……」
「絶対ワシへ通すなよ、これは命令だ。違えれば、斬る」
「……ひっ」
「と、ということでして、主人は不在にしております、です、はい」
「戦から戻ったばかりで、そんなことはあるまい」
ごもっともであるが、相手はあの鑑連なのだ。
「大事な話なのです。どうぞお取次ぎを」
「い、いや、本当に申し訳ございません。お、お話はわ、私めが承りますが」
「どうしても、直接お伝えしなければならないのです」
さほど面識が深いわけではないが、この日は妙にしつこい。入田の元義弟殿は、鑑連の過去の卑劣、と言っていい闇からの生き残りである。だから会いたくないのだ。鑑連の我儘全開だが、元義弟殿もそれは感づいているはず。それなのに、自ら知らせに来たのである。
「で、ではこうしましょう。まずお話を伺い、主人鑑連の帰城をお待ち頂く。いかがでしょうか」
「悠長な。本当はお知らせをした後、すぐにでも戻りたいのだ」
この真剣さ、何がしかの情報を得ることが出来たとして、これは真実なのではないか。しかし、
「も、申し訳ありません。私にはそれ以上の権限が与えられていないので……」
「……」
「……」
その時、元義弟殿の虹彩がふと気になった備中。瞬間、虹色の暈が備中の視線を差した、ような気がした。息衝いた元義弟殿曰く、
「ワカりました。では、そなたにお伝えします」
宗像大宮司の家来衆に、ハッキリと秋月勢と結びついている者どもがいること。
すでに、秋月武士と打ち合わせを行っている様子を目撃していること。
謀反人どもが、何か事態を起こす危険があること。
自分は多くの兵を扱う立場にないため、検断ができず、それを行える人物はこの筑前にただ一人であること。
後退りした森下備中、少々お待ちを、と呟くと、駆け足で広間を飛びだし、鑑連の下へ報告に向かう。
「と、殿!」
そして、入田の元義弟殿のもたらした重大情報を伝えるが、
「貴様、ワシは今不在にしているのだろうが」
「し、しかし!」
「その話が真実だとしても、氏貞からは誓紙を得ている。ヤツが裏切ることはあるまい。また事実が明るみに出れば、ヤツが自分の責任の下、不埒者共を処置する。それ以上でもそれ以下でもない」
「し、しかし」
「そもそも、どこから出た話か、検証もしなきゃならん。それほどの価値をワシは認めないがね」
だが、奇瑞が見えた事もある。備中はどうしても鑑連に、元義弟殿と会ってもらいたかった。そして、一時でも良いから和解してもらいたい。
「と、殿!」
つい大きい声が飛び出して、自分でもびっくりの備中。鑑連は目だけ、ジロリとこちらを向いている。
「わ、わ、わ」
「なんだ。いいから言え」
「わ、私と勝負をして頂き、私が勝てばその褒美として、入田殿とご対面頂けないでしょうか」
言ってやった、というより言ってしまった。あわわ、と動揺する備中へ向き直った鑑連、ゆるりと動いて曰く、
「何の勝負だ」
「さ、左様。で、では……」
「違う。ワシがその勝負を受けて、何か利でもあるのか」
「わ、私が勝てばきっと」
「クックックッ、笑わせるな。ならワシが勝って、貴様はワシに何を与えることができる?」
「う……」
「切腹でもするかね。見物してやってもよいが」
「と、殿」
「冗談だ。なら碁でも指そう」
「う」
凄まじい速さで碁石を並べる鑑連に戸惑っていると、あっという間に闘技場が出来上がった。直覚重視派の備中は碁が苦手である。
「ワシが先行する」
パチ、と石が打たれた。
「で、では」
パチ……
パチ
パ……チン
パチ!
ビクッ
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
「ワシの勝ち」
「あっ」
鑑連の勝利が決まった。
「貴様」
「……」
「適当に打ってるからこうなるんだ」
「は、ははっ。面目ございません」
「貴様から何を巻き上げるかは考えておく。とっとと入田を追い払ってこい」
衝動的に口から飛び出た出まかせが得た好機にしくじってしまった備中。打ちひしがれながら、広間へ戻ると、すでに元義弟殿の姿は無い。応対者曰く、
「すぐに戻らねばならず、とのことでして……」
現れた奇瑞を前にして、これは本当にしくじったのではないか、と後悔の念が深まっていく備中であった。
その日の夕刻、薦野からの定期連絡が入った。
「薦野殿によると、鷹取山城への道中、近隣の龍徳城の勢力から、輸送の妨害にあったそうです。というより兵糧を奪いに出てきたとのこと。今年の鞍手、嘉麻、穂波郡は飢えとの戦いですね」
「ふーん。で」
「は、はい。徹底的に痛めつけ、撃退したとのことで、損害なしだそうです」
うむ、と笑顔で頷く鑑連。やはり薦野には全幅の信頼を置いているようである。故に、薦野の表情から感じた不吉を口にすることもできない備中。それでは讒言と取られてしまうだろう。鑑連が最も嫌いそうなことであった。
数日後、また報告が入る。ただし、こちらは凶報であった。
「も、申し上げます!鷹取山城から帰路にあった輜重隊が、お、襲われました!」
「またか、何者の仕業だ。場所は」
「若宮の清水原です!て、敵は……敵は宗像勢!」
「な、なに!」
容易ならざる事態である。が、これから鑑連は怒髪天を衝く勢いで激高するのだろうかと、どこか冷めた感情で報告を聞く森下備中であった。




