第413衝 罷越の鑑連
鑑連は、問註所の救援依頼に応じて、立花山城を出発した。由布と薦野は残し、機動力に優れた若武者衆のみを引き連れての進軍である。道中、すでに岩屋城で先行していた鎮理からの使者とかち合うが、驚きの情報がもたらされた。
「問註所殿の援軍として出た老中朽網様の隊、すでに秋月勢に敗れたとのこと!」
「なんと!」
敗北が余りにも速すぎやしないか、と絶句する戸次武士一同を余所に、鑑連独り落ち着て曰く、
「場所は」
「筑後川右岸の生葉郡原鶴の辺りです!」
備中の知識において確かそこは、温泉が湧く快適な地であるはず。
「ヤツらしい見事な負けっぷりだが、その後の秋月勢の動きはどうだ」
「問註所殿の長岩城へ迫る勢いですが、我が主によると、ひとしきり城下への放火略奪を行った後に引き上げるだろうとのことです!」
「同感だ。間に合うかはワカらんが、先を急ぐぞ」
鑑連がかつて居城としていた山隈城が右手に見える辺りで、先行していた鎮理と合流する。すでに秋月勢は自領へ引き上げたということだったが、
「我らの進軍を見てすぐに引き上げたようで、長岩城下の被害は最小限で済みました」
ホッとする備中。残念ながら朽網隊は敗れたとは言っても、援軍の目標は達成できたのだから。
「それにしても、現在苦境にある秋月種実の動向に不気味なものを感じます」
「それについてだがな」
鑑連が自説を披露し始めた。清聴する鎮理の近くには、統虎もいる。よく似ている親子だ、と血の為せる業に感心する備中。すでに鑑連の養子縁組手続きは完了しているが、人徳のありそうなところは義父よりも実父から得た特質を残していってもらいたいと独り言ちる備中であった。
「なるほど。つまり、追い詰められた秋月種実は、戦場の勝利を積み重ねることによって事態を変えようと試みた訳ですか。確かに、失うものの無い者にとっては有効なのかもしれません」
「ガキめ、全く小憎い戦略をとりやがるが、そこで提案がある」
「はい」
こうなると鑑連も、秋月の支配地への進軍策を取る。仕返しというわけだが、
「義統が彦山を包囲している今、多くの天狗共が山を降りてくるだろう。無論、ワシらの敵だから、秋月の古処山へ逃げ込もうと試みるはずだ」
「同感です。では、網を張りこの連中を退治するということですね」
「殺さずとも、彦山へ押し返すだけでも良い。彦山攻撃がワシらの懸念になってはつまらんからな。同時に、嘉麻、穂波の秋月に心を寄せるクズども攻撃して回る」
「昨年に引き続き、ということですか」
「そうとも、生き埋めにしてくれるわ!」
こうして、戸次隊・高橋隊は嘉麻郡に入った。脅迫暴行焼討を繰り返しながら、武士の悪徳全開の戦いになる。武者同士の戦いならともかく、百姓や神人など非戦闘民が巻き込まれることを考えるだけで備中の胸は痛くなる。さらに、
「この辺りの百姓どもは去年躾けてやったはずなのだがな、もう裏切っている。徹底的にやるぞ。容赦はするな」
「はい!」
元気良く返事をする内田の気が知れないのであった。そして有言実行の鑑連らしく、嘉麻郡だけでなく、穂波郡でも民百姓への教育的指導が容赦なく実行されたのである。山上の城でその様を見ていて耐えきれなくなったのだろうか、秋月勢も迎撃のために出てくるが、
「良い機会だ。生かして帰すなよ」
鑑連の命令下、次々に撃破されていった。
筑前・穂波郡・潤野原。
鑑連の目測通り、彦僧の群れは山を降りてくるや、憎き国家大友への攻撃を画策しはじめる。的確に潰していくが、掬いきれない場合もある。
「殿、鷹取山城主からのお使者です」
「あの暇人か」
暇人というよりも、筑前の東でも豊前の西でも最前線に位置するため、城を守ること以外特に出来ることがないのですが、と汗を拭う備中。使者曰く、彦山を降り、北上した彦僧の群れと、香春岳城の小倉勢が手を組んで、鷹取山城を狙っているとのこと。彦僧があちこちで騒動を起こしている姿は、まるで地獄の釜の蓋だ、と思う備中であった。
「さらに北の麻生勢による略奪への対処もあり……どうぞ我らの苦しい胸中を御察し頂きたく……」
「だが、今、兵は割けん。お前も城主なら一帯の治安維持くらいしっかりとこなせとでも伝えておけ」
「い、いえ。さすがに兵の融通を、という事ではなく、長期戦に備えて兵糧を分けてもらいたい、というお願いでして……」
「好きなだけ持っていけ」
「おお、ありがたき幸せ!」
確かに戸次隊、高橋隊の荷車には、嘉麻郡、穂波郡で接収した兵糧がうなっていた。秋月勢は今年もひもじい思いをすることになるのだろう。敵とは言えこれもまた、考えるだけで胸が痛む話であった。
備中が鷹取山城へ送る兵糧の仕分けを終えた時、陣へ小野甥がやって来た。
「お、小野様。ご苦労なことでございます」
「備中殿。この米俵は戦利品ですね。五百はありそうですが」
「は、はい……」
「大変でしたね。それで、殿に報告をするためこちらへ参りました。備中殿にもご同席願いたいのですが」
何か成果があったのかな、とついていくが、
「戻ったか。で、あの親子の不仲は解消されたかね」
「それはともかく、お耳に入れたい新しい動きが」
「新しい動き」
「豊前に展開している親家公ですが、宇佐宮を強襲包囲し、これを焼き討ちにいたしました」
「ええっ!」
彦山に続いて宇佐宮まで燃やすとは。セバスシォン公が吉利支丹宗だから、宇佐宮が気に食わなかったのだろうか。過去、備中も田原常陸の使いで宇佐の神人と交渉を持ったが、確かに性格に難ありではあったが。
さすがの鑑連も憤慨する。
「貴様、なんなんだそれは」
「殿。ご案じめさるな。親家公は義鎮公からの指示命令に従って、宇佐宮を攻めただけです。これを見て、義統公も負けじと彦山へ火を放つことでしょう。兄弟仲良く競い合うというわけですな」
「貴様がそうするように仕向けたか?」
「まさか」
「ではヤツらは勝手にこの挙に出たということか。吉利支丹宗門がセバスシォンのガキを唆して、宇佐宮を焼かせたようにも聞こえるのだがな」
「実際は宇佐宮の一部が反乱勢力と繋がっており、親家公に背いた事案があったので懲罰をくれてやった、ということのようですが」
「それにしても時期が悪い……すっかり忘れていたが、セバスシォンには田原民部が付いているはずだ。あの失脚野郎は何をしていた」
「今の老中筆頭はセバ……親家公です。一老中でしかない田原民部様に何ができるでしょうか」
皆が考えていることは同じである。古来より豊前の信仰の中心である宇佐宮は、一枚岩ではなく、複雑な人間関係で成り立っている。仮に裏切り者がいたとしても、該当者だけを処罰すればいいのに、全体を罰してしまった。秋月種実を追い詰めて、状況が一部好転しはじめているのに、また余計な事をしてくれたものだ、ということである。三人が黙っていると、薦野がやって来て、備中に声をかけてきた。
「備中殿。鷹取山城へ送る兵糧仕分けは完了しましたか?」
「は、はい。終わっています」
なんでコイツに確認されねばならんのか、と少し不愉快になる備中だが、
「鷹取山城は北の麻生勢からも狙われることがあります。ついでにあの連中の動向を見てきますから、私が運搬護衛を行いますよ」
「あ、助かります」
楽が出来てこれ幸いと全てを薦野へ委ねた安穏侍森下備中。
「薦野」
「はっ」
「聞いての通り、宇佐宮でも騒動が起きた。事と次第では、国家大友を憎む者の数、うなぎ登りとなるだろう。よって一度、立花山城へ戻り、策を練り直す。正直に言えば、様子見をする、ということだ。輸送後に敵情視察が終わったら速やかに本城へ帰還せよ」
「承知いたしました。では早速」
「ところでだ」
振り返った薦野に、鑑連は続ける。
「そなたの言う通り、氏貞から誓紙を取っておいて正解だったかもしれんな」
薦野が無言で頭を下げ、顔を引いた時、ふと、備中は凶の気配を感じた。




