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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
413/505

第412衝 坦々の鑑連

 屋敷から鑑連が現れる。主人が大宮司妹と長く時を過ごすことはこれまでほとんど無かった。良い思案が浮かんでいればよいのだが。


 帰路の間、鑑連は無言であった。備中の目には、珍しくも何かを悩んでいるようにも見える。こんな時は話しかけない方が良い。主従は沈黙したまま、立花山城へ戻った。


 待機していたのか、薦野が近づいてきた。


「お帰りなさいませ」

「氏貞へ誓紙を求める件、速やかに動け」

「はい」


 するりとした流れに備中は驚いた。悩んでいるように見えたのだが、すでに心は決まっていたのかもしれない。この決定が宗像大宮司との間に亀裂をもたらさないことを祈るのみであったが、返事はすぐに来た。宗像郡へ赴いていた薦野が戻って曰く、


「殿、宗像大宮司殿、すぐに誓紙を差し出しました」

「秋月麻生の件、どう弁明していた」

「誘いはあったが、拒否で通した、と。天正七年に報告を行った通りとのことです」


 鑑連、当時その報告を受けた備中に少し視線を向けると、薦野が続ける。


「使者を城に上げたことについては、戦の礼儀を守ったのみ、とのことでしたが、いかがなものでしょうか。現在、殿が指揮を執っている以上、勝手な談義をすることそれ自体が利敵行為のように思えます。また、殿への報告を欠いており、こちらの弁明は敵情を深く知り得た後に行うつもりであった、ということ。少々苦しいのではありませんか」


 珍しく食い下がるような口調の薦野だが、寵愛深いこの武士でも、鑑連相手にはここまでが限界だろう。鑑連は云々、と深く頷いたのみで、それ以上の命令を出すことは無かった。まずは満足、という事なのだろう。備中の考えでは、大宮司妹はその任務を見事果たした。嗚呼ありがたや、と独り言ちる。


 と薦野は鑑連の前で平伏し、


「手切れの証を立てさせるべきと考えます」


 と強く、短く、歯切れよく進言した。これは情念が籠っている、と見た備中、鑑連の顔を覗き込む。そこまでの必要はあるまい、という顔であるが、


「この件、そなたが抑えた事案だ。氏貞相手にそこまで必要だとワシは思わないが、いいだろう。ただし、言うからには必ず証を立てさせねばならんぞ」

「ありがたき幸せ。では早速手配いたします」


 勢いよく廊下へ進み出た薦野。出会ったときはまだ二十代の若造だったが、鑑連を説得できるまでに成長した。とはいえ備中には、武蔵寺の温泉で最後に勝てばよい、と言い放った辛辣さを忘れることはできない。統虎の立花山城入り前に、無茶な事はしないでもらいたかった。


 数日後、吉報が届く。宗像勢が吉川に踏ん張っていた秋月勢の一掃に成功したのである。戦場で勝利したのは宗像大宮司の家臣たちであるが、


「まあ、家来どもを統率するのが統領の本分だからな」


 と宗像大宮司の戦果を称えた。続けて豊前から良い報告が入ってくる。


「と、殿。豊前からの報告では松山城に駐留している小倉勢が、馬ヶ岳勢に攻められた、とのこと。これは敵同士争う事態になっているという……」

「敵同士もそうだが、馬ヶ岳城主は秋月種実の弟だぞ。備中、その情報本当か?」

「フン。所詮、長野家に養子で入っただけのヤツだ。血を分けた田原右馬頭を見殺しにされて、兄弟仲に亀裂が入っているのだろう」


 秋月種実を取り巻く人々の数奇な運命を嘲笑する鑑連。殿ご自身もその養子を迎える直前なんですけど、とは絶対に言えない。


「何か言いたいことでもあるのかね、備中君」

「い、いえ。そんな……」


 心の中を見透かされたらしい。主人は続けて曰く、


「織田勢が因幡国を突破して、伯耆国で戦いになっているらしいからな。安芸勢の支配力に疎漏が見え始めてきたな」

「彦山での戦いも激しさを増しており、秋月種実としては見捨てることもできないはずです」

「氏貞には袖にされ、佐嘉勢は扱い難く、豊前では血を分けた弟たちが争っている。自分で火をつけた彦山の戦線への支援もしなくてはならない。首が回らんだろうな」

「と、殿」


 内田が手を着いて懇願する。


「秋月種実を戦場で倒すには、今が絶好の好機ではないでしょうか」

「ヤツは不利な戦場では常に後方で身を守っている。卑怯者と謗られようとも、それは堅守する。難しかろう」


 慎重な鑑連へ、内田がさらに進言する。最近も似たようなことがあったような気がする備中を余所に、内田の言葉が奮える。


「いいえ。先年、我々は嘉麻、穂波の秋月領を尽く焼き尽くしました。安芸勢や反乱軍同士の融通があるとしても、内実は厳しいはず。戦場で勝利した後、かつての如く、古処山城を攻め落としましょう!」

「あの時は万を超える兵力で山道を塞ぎ、攻め落としたのだ。今、ワシらが動員できる兵は五千が精々。それでは逃げられてしまうだろうよ」

「ヤツを古処山城から追う!それだけでも現状を大きく変えることになりはしませんか」


 確かにそれは一理あった。秋月種実には逃げ込む先として、要害古処山城がある。それを奪い取れば、生殺与奪は思いのままになるし、今のような影響力を振るうこともできなくなるだろう。だが、鑑連は内田よりも秋月種実を高く評価しているようである。曰く、


「確かにヤツは追い詰められている。だが、こういう時、何かをやるガキではある。黙って始末されることはあるまい」

「で、では打って出てくる可能性も」

「あり得るな。あの弁舌で、これまで多くの田舎者どもを操ってきたが、次は果たして誰かな」

「と、殿」


 鑑連の説得が上手くいかず肩を落とす内田であった。



 そして秋が冬となるや、鑑連の睨んだ通り、秋月種実が動いた。


「申し上げます。秋月勢、生葉郡に兵を送り込みました。問註所様より救援依頼です!」

「生葉郡だと、間違いないか」

「はい!」

「問註所の救援依頼はどの範囲まで飛んでいるか」

「まずは彦山の陣、その後本国豊後へ」

「ワシの所へはどう来たのだ」

「彦山陣中の吉弘隊から岩屋城を経由して」


 なるほど、と頷く鑑連である。この吉弘隊を指揮するのは鎮信の倅である。一瞬懐かしい顔になった鑑連だが、


「ヤツの目的は決まっている。彦山を囲んでいる義統軍の兵力を割かせるつもりだ。それはワカる。ワカるのだが」

「……」

「備中、何か陰謀めいたものを感じるか?」

「い、いいえ」


 それが秋月種実の苦境打開にどう繋がるかがワカらない、ということだろう。


「真意はワカらんが、ワシらも出陣の準備だ」

「はっ!」

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