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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
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第409衝 疑念の鑑連

 祝言の後、鑑連は鎮理父子に時間を与えていた。新年が始まるまで、統虎の岩屋城在城を許したのである。噂する戸次武士達曰く、


「殿もお優しいな」

「確かに、らしくない気がするね」

「義理とはいえ息子となる方を、無下にもできないさ」


 古参幹部ほど、そんな軽口を漏らすのだが、最古参の備中はもう一つ考えを進めるのだ。よって、


「いや、殿は統虎様に親孝行をさせてあげたいのだろう。殿は子が父に尽し、父が子を慈しむ美徳を重んじる方だよ、ああ見えて」


 という意見が聞こえてくると、人知れず頷くのである。婿養子。婿であり養子なのだ。鑑連も優れた若者の登城が楽しみでならないはずだ。一方、立花家督という地位を明け渡す誾千代御前の不機嫌は全く解消されていなかった。口さがない者などは、


「あれは持参金。誾千代様あっての立花家督だ。統虎様も大変だな」


と笑うのであった。



「申し上げます!薩摩勢、肥後水俣に侵入し人吉勢を撃破、これを軍門に降したとのことです!」


 肥後からの急使が城に飛び込んできた。甲斐相模守がもたらした情報であるが、


「薩摩勢、人吉勢に北上を命じております!すでに隈本、菊池、高瀬、山鹿には佐嘉勢に与した者どもひしめいております故、大きな戦いとなるおそれがあります」


 鑑連、使者に尋ねて曰く、


「それで、阿蘇勢はどうするのかね?」

「一戦に及ぶとのこと!」

「それは甲斐殿がそう言っているのかね?」

「はっ!」


 使者の威勢のいい返事を聞いた鑑連が顎を撫でて何かを考えていると、内田が割り込んでくる。


「らしくない。甲斐殿の如き辛辣屋なら、北肥後の佐嘉勢を島津勢にぶつけるのではないのか」


 すでに甲斐勢が佐嘉勢と通じていることを知らぬ者はいないが、内田の煽りを受けても使者は沈黙している。よく教育が行き届いており、一様に好印象を受ける戸次武士達。予定動作だが、場の空気に窘められる内田であった。鑑連、厳かに述べる。


「それで相模守殿はワシに援軍を求めている、ということかな?」


 使者は沈黙している。


「天正七年にはわざわざ肥後から筑前に来て頂いている。その貸を返せ、ということかね?」


 鑑連の声は低く響いて恐ろし気であるが、使者は沈黙を続けている。


「いいだろう。玉名郡のワシの領地から、武士を送ろう。と言っても数などたかが知れているがな」


 思わぬ即決に、顔を上げて喜色を示す使者。主人の気前の良さに驚く戸次武士一同だが、備中が思うに恩返しという事であれば致し方無しということなのだろう。それに、甲斐相模守の寄せる好意に鈍感ではなかった鑑連だった。


 だがこれで鑑連が肥後において所有する領地が危険に晒されることとなる。和睦中であるため、佐嘉勢も勝手なことはしないだろうが、肥後の造反者どもはワカらないのであった。これまで国家大友の忠実な協力者であった人吉勢が薩摩勢に降った以上、阿蘇大宮司も簡単に信用することは難しい。この状況で甲斐相模守との友誼を投捨てない鑑連を誰が非難できるだろうか。


 甲斐家の使者は感謝を示しつつ、肥後へ帰って行った。



 天正九年もすでに秋。この年は比較的にも戦争が下火になっており、その間、時の流れが早かった。しかし、備中の認識の仲では途端に時間の流れが重く震え始めていた。何とはなしに予感がしたのであるが、義統公の軍が豊前彦山を包囲するに至ったという知らせが届くや、自身の直覚に妙なる自信を持つのであった。


「しかし、義統公は何故彦山を囲んだのだろうか」

「確かに急な話だ。彦山座主は秋月の倅に娘を嫁がせているが、これはそれなりに前の話だろ?」

「吉利支丹宗門が関係しているのだろうか」


 謎が謎を呼ぶ彦山攻めであったが、小野甥が情報を持って戻ってきた。曰く、


「彦山の座主に息のかかった者を据える、という話は前からありましたが、この度、義統公は、豊前を安定させるために、是が非でも、とお考えであったようです。それが破綻したための戦いです」

「人選は?」

「土佐国主一条様の御嫡男四位殿」

「それは……」


 義統公の義弟に当たるこの人物は、土佐の謀反勢によってこの年に国を追放されたばかりであった。今や土佐勢は国家大友の敵で、敵の敵は味方の理論で行けば、彦山がこの人物を受け入れることができるはずもない。しかし、義統公は国家と義弟の安定を何とか通したかったに違いない。


「交渉を続けていたようですが、その使者が殺害されてしまったとのこと。もはや後には引けない、ということです」


 小野甥の話を聞くと止むを得ない事情があるようにも聞こえる。しかし、


「また、織田右府が高野聖を殺戮したという話があったように、あの手合いを手にかける心の敷居が低くなっているのかもしれません」


 神社仏閣との争いは、鑑連ならば有害なものとして断ずるだろう。これまで鑑連は宗教勢力と事を構えたことはない。故に、この戦いに合力しないのではないか……と思ったものの、鑑連と宗像大宮司のかつての争いを思い出す備中。


「殿も戦ったことはあったか……」


 それを治めるために血縁を用いようとした義統公は、もしかすると鑑連に倣ったのかもしれない。だが、交渉の使者が殺されてしまい、戦いが避けられなくなった。あるいは殺しの下手人は彦山側ではなく、秋月の手の者なのかもしれない。


 国家大友としては、彦山との戦いが早々に片付くことを期待するしかない。この報告をするために、鑑連の執務室へ向かう小野甥と備中。すると先に誰かが入っているようだが、


「何」


 鑑連が発した地を這うような低く腹に響く声が走った。


「その疑いが濃厚です」


 鑑連と話しているのは薦野のようだが、


「氏貞がワシを裏切っているだと?」


 彦山との戦争どころではない。筑前のこちら側でも不吉かつ物騒な臭いが漂う気配であった。

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