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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
408/505

第407衝 気晴の鑑連

「誾千代」


 立花山城に戻った鑑連は誾千代を呼び、婿の印象を述べ伝える。曰く、


「戦では申し分の無い働きをする」

「血筋も良く、そなたにとって名誉をもたらす相手だ」

「男ぶりについてだが、今は及第点。いずれ相貌良くなるだろう」


 娘には諧謔を込めた話し方をする鑑連だが、その心がどのような形になっているのか、備中にはワカらない。普段の鑑連の裏に見える、ひたすら娘に甘い父親の影、計り知れないものを感じなくもない。


 戯ける父親を前に、今年十三歳になる娘も笑顔を作っている。が、こちらはまだ幼い。父に大きく逆らった事の無い誾千代はこの時もその言葉に従っているが、この婿取りについて不承知であるのは間違いない。立花家督の地位を失うことが、彼女自身の地位の低下を意味する以上、やむを得ないのかもしれないが、権力に敏感な所は父親そっくりに育った、と備中は心に皮肉な笑みを浮かべる。ふと、鑑連の隣で品良く微笑む問註所御前の声が、虚しい響きに感じた。


「冬には統虎がこの城に入る」


 快然たる口調の鑑連は、将来のある自身の後継者が見つかったからだろう、終始ご機嫌であった。祝言の日も近い。



「備中」

「は、はい」

「都からの話、間違い無いか」

「お、恐らくは。博多の衆からも、同じ話が伝わっています」


 それは織田勢が紀伊国の高野山と紛争を起こし、領内の高野聖を尽く捕らえ斬首した、というものであった。


「比叡山、本願寺と続いて高野山か」

「き、紀州に向けて大軍勢が編成されるだろう、との報告です。安芸勢との戦いに影響があるかもしれません」

「現在、織田勢は二正面どころか四正面で戦っていたな」


 博多を経由して立花山城には数多くの情報が入ってくる。甲斐の武田家、越後の上杉家、安芸の毛利家、土佐の長宗我部家と目下激しく抗争中である。


「いくら織田右府と言えども、これ以上戦線を広げられるものか」

「そ、そうすると、安芸勢が盛り返し、佐嘉勢や秋月勢に影響があるかもしれません」

「ただでさえ騒がしい豊前でも騒動が増える。となると、ワシの手元に兵力は届かない、ということか」


 それはいずれにせよ怪しい、と考えている備中。言葉を濁して俯いた。


「ま、倅を質に取った以上、もう鎮理はワシの言うことに従う他あるまい。高橋勢はワシの与力となったようなものだ。ワシに鍵って言えば、天正六年よりも状況はよくなったというわけさ」

「は、はっ」

「しかし、織田勢の動きについて、よくよく注意しなければならんからな。忘れるなよ」


 しかし、数日後。


「申し上げます!鷲岳城が筑紫勢に強襲され、奪われました!」

「ええっ!わ、わし、わし」

「黙れ!一体大津留は何をしていた!」

「高橋隊に保護され、こちらへ向かっているとのこと!」

「鎮理?あのガキ、まだワシに何か隠していたのか!」


 憤懣爆発の鑑連である。そして大津留殿が立花山城へやって来た。


「戸次様。も、申し訳ありません」


 押し紙の如く平伏する敗城の主へ、鑑連は容赦無い。


「よくもワシの前に顔を出せたものだな」

「も、申し訳ございません。対処する間もなく、あっという間に城を包囲され……」

「貴様、抗戦もせずに城を明け渡したのか!」

「申し訳ありません!」

「し、死んだ者もいると言うご報告ですが」

「城を退去するときに筑紫兵により面白半分か、槍で突き殺された者などが……」

「うわ……」


 為す所なく弄ばれ全てを失ったということになる。大津留殿も面目が立つまい。隣に座る鎮理も押し黙っている。


「一戦も籠城もせず城を開け渡すとは言語道断!」

「は、はい!申し訳」

「言い訳してみろ」

「は、はい!申し訳」

「消え失せろ!」

「は、はい!」


 命令を幸いに大津留殿が退出した。怒れる仁王の如く震え立つ鑑連に、鎮理が述べる。


「異変に気がついた時には既に遅く、救援が適いませんでした。私の責任でもあります」

「筑紫勢。あのガキにできる仕事ではあるまい。佐嘉勢の和睦破りは明白である」

「今回、佐嘉の兵はおりませんでした」

「確認したのか」

「はい。佐嘉勢は、柳川平定に多少てこずっています。今、殿と事を構えるつもりはないはずです。先の虚報で誘き出した戦いについても、龍造寺山城守から諸将に対し苦言があったようなので」

「暗黙の了解もなかったと?」

「はい。筑紫勢の独断専攻でしょう。よって相手は筑紫広門のみ、奪い返すことは容易です。無論、佐嘉勢との関係は悪化するでしょうが」


 鑑連は黙っている。戦略的に考えているに違いない。高橋隊を従えた戸次隊による城の奪還戦が楽しみになる備中。


「既に荒平山の城が失われている今、あの城を取り戻す利点は」

「はい」

「無いな」


 ええっ、と妥協的な意見に落胆の備中。しかし、鎮理は同意して曰く、


「はい。今回は筑紫勢の独断が上手く行ったのみです。佐嘉勢が和睦を維持し続ける以上、鷲岳城に危険は無いとも評価できます。無論、佐嘉勢が敵に回れば、博多を守る城が無くなります」

「だが博多は既に焼けている」

「復旧は始まっていますが、しばらく博多に火をかけようと目論む者も居ないはずです」

「ではどうせよと?」

「筑紫勢との和睦が叶えば一番なのですが」

「それは、貴様個人の願望だろうが」


 鑑連の指摘はこうだろう。つまり、正室を通して鎮理の義弟に値する筑紫広門とできれば戦いたく無いという。が、鑑連と筑紫広門の関係は最悪であり、まず無理だ。備中の考えではその原因を作ったのは鑑連であるのだが。


 こうして、鑑連と鎮理は鷲岳城の奪還を見送った。しかし、柑子岳城、荒平山城に続いての拠点の失陥である。これが味方や敵の士気に影響を与えないはずがない、と不安が除けない備中であった。

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