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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
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第406話 遊戯の鑑連

 鑑連の娘と鎮理の嫡男にかかる縁組について、鑑連はニセ情報を流した。曰く、婿入りの儀式のため、鎮理父子が少数の供を連れて立花山城へ向かう、というものである。戸次家幹部連は眉をひそめて噂する。


「こんな見え見えの策に乗るかな?」

「乗らんだろ。なにより殿らしくない戦術だ」

「森下殿曰く、殿は遊んでやるつもり、ということだが……」


 と家中の評判は芳しくは無い。しかし、鑑連が予想した通り、敵はこの誤報につられて岩屋城周辺に出没し始めた。


「西に筑紫勢、原田勢、東に秋月勢が現れました!」

「まさか本当に」


 高橋家臣団は大いに驚いているが、すでに岩屋城へ入っていた鑑連、彼らを向いて嗤う。


「どうだ。ワシの考え通りだ。やはり、反乱軍どもは意地汚い」

「は、ははっ」

「クックックッ!」


 久々の嗤い声に、まず幸先は良さそうだ、と拳を握る鑑連。と、そこに鎮理父子がやってきた。


「戸次様。報告によると、筑紫勢や原田勢の中に、佐嘉武士の見知った顔があったとのこと」

「佐嘉の田舎者どもめ。ワシと直接戦う勇気は無いようだな」

「今、筑後を攻める佐嘉勢としては戦線の膠着は避けねばならないのでしょう。おい」


 鎮理が家来へ指示を出す。これは陽動でもあるため、今回鑑連は岩屋城へ兵を連れてきていない。戦うのは高橋勢となる。兵が配置につく。


「それにしても、毎度狙われて光栄だろう。鎮理」


 からかい気味に言い放つ鑑連に対し、鎮理は姿勢を正して述べる。曰く、


「連中は勇気を失った兵を追うことには長けていますが、それ以外優れた点は見当たりません。早速、追い散らして来るとしましょう」

「貴様が出るのか?」

「いいえ。私の名代として倅が出ます」

「ほう」


 鑑連は興味深いと言った面持ちで、鎮理の背後に控える青年に声をかける。


「統虎。出るのか」


 落ち着いた様子だ。鑑連が統虎の前に立つ。若者は平伏する。


「数え十五だったな」

「はい」

「これが初陣となるのかね」

「はい」

「些か遅いようだが、父が何を考えそうしたのか、ワシに述べてみろ」

「はい、申し上げます。初陣を勝利で飾る機会を与えて頂いたものと考えています」

「どうだ」

「倅の申します通りです」


 品よく静かな、良く似た者親子である様子。父に促され再度礼をした統虎は広間を出て戦場へ向かった。鑑連曰く、


「良く似ているな」


 鎮理、無言で頭を下げる。備中の考えでは、これは最大限の称賛である。鑑連には理想の父子像があるはずであった。


「この度、ワシにもついに倅が出来るわけだが、父親の目から見て、どのあたりに期待できそうかね?謙遜はいらん」

「はい、年長者に忠実ではあります」

「父親にもか」

「はい」

「ならば、誾千代と上手くやっていけるだろう」


 最近、立花家督の心が千々乱れていることを知っている備中、確かにあの若者と夫婦になれば、女子の本懐、面目も立つのであろう。


 窓から外を眺める鑑連。戦闘の声が聞こえ始めてきた。


「父親として倅に対し、特に言い含めていることはあるかね」


 少し考えた鎮理曰く、


「万事につけ恐れ過ぎることはない、と」

「例えばワシとか」

「はい」

「良い教えだ、クックックッ!」

「また、我が兄が日向より帰ってこなかった折、気を落としておりました」

「そうか」


 鑑連の表情にほんの僅か翳が差したようである。安芸勢との戦いを通して気脈を通わせていた鎮信の死は、鑑連にとっては大きな失望であったはずである。心情的にも、軍事的にも。だから、


「申し上げます。統虎様、果敢に打って出られ武勇をお示しです。敵は城の周りから退き始めました」


 高橋家臣団から歓声が上がる。それを横目に鑑連は嬉しそうであり、なにやらそわそわしているようだ。これは珍しい。攻勢に出た統虎の活躍もあってか戦いの音が城より遠ざかりつつあるが、鑑連はまだ上から戦場を凝視し続ける。曰く、


「あれは嫡男で長男だ。今回の婿入りの件について、思うところもあろうが」


 鎮理、これには少しも間を置かずに曰く、


「本人は気にしていないようです」

「本当にか」

「はい」

「全く?」

「はい」

「高橋の家を出るというのにか?」

「この家のことは弟に任せる気でいるようです」

「随分あっさりしているではないか。立花も高橋も裏切り謀反を為した家、どちらを継ごうが大した違いは無い、とでも思っているのだろうか」

「あるいはそういうこともあるのかもしれません」

「情に薄い気もするがな。父として、寂しさを感じないかね?」

「無論です。一方、この時世時節にそう構えるべき、と心に決めているのであれば、とても頼もしいのですが」


 実父の下から離れ、義父の下へ行くのだ。心寂しさを感じているに決まっている、と不幸な少年に同情し、また息子を養子に出さざるを得ない鎮理の境遇に涙が出そうになった備中。そして、かかる事態を誰よりも望んだ鑑連の業の深さに心痛めるのであった。


 その後、高橋隊が勝利を手に戻ってきた。今回、敵も本腰を入れた戦いではなかったものの、統虎は秋月隊の武将を討ち取る戦果を挙げたことが明らかになると、婿となる若者の活躍に、鑑連も満足するのであった。


「ワシの御膳立てあったればこそだな」


との自賛を添えることを忘れずに。そんな鑑連の前で恭しく平伏する統虎は、誰の目から見ても次代を担う期待の人材であった。こうして、鑑連主従は将来に向けた満足の行く見通しを土産に、立花山城へ帰還した。

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