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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
404/505

第403衝 涵養の鑑連

 国家大友の外の情報に敏感な小野甥が、新情報を携えてやってきた。


「一条殿のご嫡男土佐国主が伊予へ追放されたということです」

「一条の嫡男」


 誰だったか、という顔をした鑑連だが、備中は主人と呆けが全く無縁であることを良く知っている。小野甥も素知らぬ顔をして、鑑連の回答を待っている。しばしの沈黙後、舌打ちをした鑑連曰く、


「土佐の謀反勢の傀儡になっていたヤツか」

「はい」

「親父に続いてその倅も追放とは。土佐の謀反勢もなかなかやるではないか」


 国家大友は土佐へ派兵することは無かったが、支援していた宗家の親族が追放されている。日向の大敗前の出来事とは言え、土佐では政治的に敗北を喫していた。それでも、痛み分けには持ち込んでいた。


「土佐の謀反勢は織田勢と結びついて上手くやっていたようですが、近年その関係が急速に悪化している、という報告があります。一条殿のご嫡男のお立場については、義鎮公から織田右府へよしなに、という要望が通っていたはず。それがこの結果、というわけです」

「で、では、土佐勢と戦になるのかも……」


 筑後、肥後を失い、筑前、豊前で戦いが止まず、これで土佐勢とも戦になるなど、国家大友は耐えられないに違いない。悄然たる声を漏らした備中に対し、鑑連は冷たく言い放つ。


「で、誰が戦うんだ」

「えっ?そ、その……」

「今の国家大友に、土佐へ兵を送る余裕などあるか」


 へへ、と追従丸出しで微笑む備中だが、小野甥は冷たい。


「となると、総勢二十万とも称される織田勢による土佐攻めが、始まるかもしれませんな」

「二十万!」


 鑑連が扱える兵力の四十倍以上の数字に目がくらみそうだが、仮に国家大友にそれだけの兵力があれば、筑前どころか九州の平定すら可能だろう。


「その数、話半分ではあるまい。最近は甲斐の武田勢も防戦一方とのこと。東でも戦い、西でも戦えている以上、それを可能にしている何かがある」

「そ、その西で安芸勢と土佐の謀反勢同時に相手にすることは……」

「当然、可能でしょう」


 元来、織田信長という人物は尾張国の地方勢力の一つでしかなかったはずである。それがかくも強大になっている。鑑連に仕えて三十余年の備中には信じがたい世の展開である。だが、小野甥にとってはそうではないのか、大胆にも提案して曰く、


「幸い、義鎮公は織田右府とお親しいのですから、その線から国家大友の安泰を目指すべきではないでしょうか」

「援軍を要請する、ということか?」

「はい」

「その代償は?」

「織田右府の家臣になる、ということでしょう」

「クックックッ」


 鑑連、苦笑して曰く、


「仮に、織田勢がこのまま西へ進み、直ちに安芸勢を破り、遠路九州に到ったとしよう。そして、平定したとしよう。色々な事情から国家大友は消されるに違いないがな」


 国家大友が消される、そのようなことがあるのだろうか。思わず、不安な顔を小野甥へ向けてしまう備中。


「小野、貴様はそんな未来を望んでいるのか?」

「そうは限るまい、と考えますが」

「貴様の考えが甘いのさ」


 この件について、鑑連は議論をするつもりはないようだ。小野甥は大きく息を吸って曰く、


「では、この土佐の動きについては見送り、ということですね」


 鑑連の返事を聞く前に退出する小野甥の後ろ姿は元気がない。鑑連だって、さほど懲罰的には当たっていないが、両者の関係が冷えてきているのは明白なのだ。小野甥は誰もが評価する鑑連の知恵袋であるはずなのに。


「なんとかしないとな……」


 といって備中が相談する相手は内田しかいないが、


「無理だ」


とバッサリである。


「いや、でもなんとか殿の説得を」

「無理だよ」

「小野様は……」

「あいつもかなり頑固だぞ。無理無理」

「……」


 田原常陸の死と、その後の田原家の内乱の処理を見て、小野甥は鑑連を見限ってしまったのだろうか。この件について本人とも話をしたい備中だが、小野甥は立花山城の外で活動することも多く、そのきっかけを掴めないのであった。しかし、である。


「……こういうことを考える猶予はある。久々かな」


 天正九年のはじまりは、大きな戦も無く、穏やかであった。不安な要素は数知れず、という状況下にあっても、佐嘉勢と和睦を為した後の筑前の体制も整いつつあった。春には秋月勢との戦いが始まるが、後背の佐嘉勢の突出をある程度気にしなくてもよい戦いになる。誰もが戸次軍団の戦果が期待し、春の到来を待ち望んでいるのであった。

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