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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
402/505

第401衝 黙認の鑑連

 松の内が過ぎ、戸次家幹部連が再び活発に動き始める。判断を下す鑑連は、運ばれてくる情報を検分し、捌き進める。


「殿。次は、博多の衆が畿内での活動を強めている、という報告です。積極的に織田勢と誼を結んでいるようで……」

「神屋も島井も、ワシを殺したいほど憎んでいるだろうなあ。おい」

「は、はい」

「朝日長者の話を知っているか」

「は、はっ。左衛門から聞きました」

「そうか。噂の出所はともかくとして一つの真理を突いている。つまり、博多の連中は幸運だけでのし上がってきた、ということだ」


 容赦ない商売への目配りよりも幸運が上に来る、と言う鑑連の顔、口角が意地悪く上がっている。


「ヤツらは逆境にはすこぶる弱い。今回、佐嘉勢の放火によりそれが露呈されたわけだ。ま、件の茶器も無いのだ。しばらく放置して良いだろう」

「はい……」

「そうだ。楢柴とかいう茶碗の話、義鎮には」

「はっ。ご指示通り、伝えました」


 少しの茶目っ気を醸し出した鑑連は嗤って曰く、


「ヤツが茶器欲しさに、筑前へ兵を向ける可能性はあるかな」


 返答に困る備中の後ろから、小野甥曰く、


「何とも言えないのが辛いところですな」


 場が笑いに包まれた。


「最近、さすがの義鎮公も名物集めは控えているそうです」

「当然だな」

「ああそうではなく、茶器よりも熱中できるものがあり、そちらへ銭を投入しているだけです」


 小野甥の口調は挑戦的である。近年微妙に好戦的な小野甥に、その器量を高く評価する備中はハラハラが止まらない。他の幹部たちも黙っているが、鑑連はどう考えているのか。小野甥は続ける。


「吉利支丹関連ですね。臼杵に学寮檀林を造っているとのこと。完成は近いそうです」

「臼杵が吉利支丹宗門の総本山になりつつあるな」

「最近、吉利支丹宗門の動向に変化が見られます」

「というと?」

「日向の大敗以後、門徒獲得が思うように行かず、説教をぶって門徒を獲得するよりも、今の門徒集団の結束を強める方が良い、と。そういう指示がでていると」

「末期的だな」

「とも言えません。義鎮公が吉利支丹宗門を支持する以上、その結びつきから力を得ようとする者は必ず現れるからです」

「だから末期的、と言っているのだがな。セバスシォンを見ろ」

「それから、義鎮公の御三男も吉利支丹宗門に帰依した、ということです」

「これはもう、死ぬまで吉利支丹から離れんな」

「それは殿にも言えることです。セバスシォン公の指揮下には、吉利支丹の者が多いとのこと。豊前で戦が広がるのなら、筑前も無縁ではいられず、殿は殿なりのやり方で吉利支丹の軍団と付き合わねばなりません」


 小野甥の突っかかるような発言、ちょっとは控えて欲しい、と独り言ちる備中だが、あにはからんや、鑑連は憤慨しなかった。それどころか、何やら思案をしている様子である。しばらく無言の空気が続いた後、鑑連は話題を変えてきた。


「宗像大宮司殿は前に誓紙差し出しているが」


 それを受け取ったのは何を隠そう森下備中である、と鑑連は備中を見る。ドキリとする文系武士。


「知っての通り、そこに名を連ねた者が謀反を起こしている。今は見逃しているが、いずれ氏貞の責任を問わねばならん。備中どうだ」

「は、はい」


 鑑連の真意がワカらない備中。先日、挨拶に来た宗像大宮司と親しげに談笑していたのに、このようなことを言う。誓紙を受け取った身としてはやめておいてもらいたいし、利点も無い気がする。公式に、宗像大宮司は国家大友の味方であるし。


「……」


 仮に、宗像郡を制圧した場合の利点は何だろうか。分配できる所領が増える。兵力が増える。それだけではないか。


 そして、あの秋月種実なら、主人鑑連と宗像の仲違いを願っているはずである。


「おい、聞いているのか」

「は、はい。思案していました」

「で」

「げ、現状維持がよろしいかと」


 何となく騒つく広間。鑑連の方針をイマイチ、と言っているわけだから当然だろう。案の定、薦野が後ろから口出しする。


「しかし、裏切りがあれば懲罰をしなければならず、示しがつかないというのも、秩序の敵です」


 ごもっとも、と頷く幹部連。小野甥も黙っているし、どうやら備中の意見の賛同者はいない。当の鑑連は、


「ふん」


と鼻を鳴らしただけであった。


「……しかしながら」


 これまでずっと黙っていた由布が発言する。


「……鎮理様御嫡男と誾千代様の祝言、確実に履行されるようにしなければならないでしょう。今後の戦いを有利に進めるためにも」

「ああ、ワカっている」


 鑑連の視線の先には、誾千代の傅役が居る。曰く、


「統虎殿、夏にはこのお城へ、と先方と話し合っております」

「うん。そういうことだな」


 だがこの場に、誾千代は居ない。立花家の家督を継承したとは言え名ばかりの当主であり、実際の決定権は何もない。女の身である以上、会合に参加する資格もない。あの子は鑑連の道具でしかない、とその身の哀れを思わざるを得ない。父鑑連が優しくしているのがせめてもの救いだが、誾千代が鑑連の実子であれば、また違う今があったのだろうか、と考え胸がまた憐憫に染まる。


 近年の誾千代の不機嫌は、この理不尽を整理しきれていないからではないか。そこに鎮理の嫡男がやってくれば、名ばかりの地位すら失うことになる。誾千代も今年十三歳、鑑連の娘として、立花家督としてかしずかれて、成長したのだ。果たして鎮理の嫡男を受け入れることができるだろうか。


 この懸念は備中だけのものではない。この婚姻が容易ならざるものであると戸次家臣であれば誰もが予感をしている雰囲気があった。

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