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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
401/505

第400衝 思惟の鑑連

 年が明け、立花山城は恒例の年始参りを受け付ける。過去二年、その人数は減少する一方であり、


「備中」

「うん」

「来ないな」

「うん……」


 ついに無聊をかこつに至った対応者二人。内田も備中も、訪問者の余りの少なさに、暇を持て余していた。


 筑前はすでに、大友派、反大友派に分断されていたが、さらに佐嘉派の区分けが加わったことで、ほとんど人が来なくなった。無論、各勢力互いに牽制しあっている面もあるが、


「それにしても来ないな」


 天正六年の年始時点では、秋月、原田、筑紫、麻生といった面々は当主本人または代理を遣していたものだ。博多の衆も勢揃いだったが、被災した町の復興のためか、町年寄を一人送ってきただけ。隔世の感がある。


 もうロクに来ないだろ、と判断したらしい鑑連は、今年も律儀にちゃんとやってきた宗像大宮司と話し込んでいる。


 人の来ない手透きな受付で、無駄話が始まる。


「なあ備中、義鎮公の御三男が」

「その話、もう何回目だったっけ」

「……」

「……」

「なあなあ」

「……」

「朝日長者の話を知っているか」

「朝日長者……古い昔話の?」

「そう」


 その名の通り、裕福で贅沢三昧の暮らしを満喫していたその長者が、女房の料理を蹴っ飛ばしてひっくり返した事で天の罰を受け、最後は破滅した、傲慢慎むべし、という話だ。


「って殿に話した方がいいってこと?」

「違うよそうじゃない。この昔話の尾ひれネタを、最近噂で聞いたんだ」


 曰く、その長者はついに困窮し女房を離縁する。するとその女は博多の町へ行き、粗末な生活をしていた男と再婚をした。すると、その男はあっという間に大富豪になった、という結末だが、


「その男こそ、あの神屋だって」

「へええ。初めて聞いたよ」


 今回、博多の町が寄越した町年寄は神屋であった。ただし、まだ若く、生意気な方である。


「でもそんな話が流れるなんて、自分で言わせてるのかな」

「多分そうだな」

「そもそも、あの家は代々続いているのにね。矛盾してるよ」

「一族の争いもあるようだからワカらんが……しかし、この話に真意があったとして、どう思う?」


 同僚の問いかけに、備中少し考えて曰く、


「殿は最初の御正室を離縁しているから……」


 かつて豊後を去った入田の方の寂しげな微笑みを思い出した備中。その後を調べてみると、兄の援助によりとある尼寺で余生を過ごしているそうだが、


「殿の離縁の過去を想像させる嫌がらせかな」


 連想の先に元義弟殿がいる。すぐ東の犬鳴山を越えた地の代官をしているが、鑑連の心の距離ははるかに遠い。


「考えすぎかもしれないけれど」

「大丈夫。いつも通り考えすぎてくれ」

「左衛門……」

「突飛すぎてついていけない場合は無視するからさ」

「……」


 古い同僚にむかつきながらも、周囲に誰もいない、つまり鑑連がいないことを確認してから備中曰く、


「神屋殿が殿を裏切っていて、その仲間に入田殿を引き込んだ、とか」

「……」

「……」

「そりゃ飛躍しすぎかな」

「だ、だよね」

「第一、なんで入田殿が殿を裏切る」

「いや、ほら」

「確かに殿は入田殿を避けているが、経緯を考えれば仕方ないし」

「でも」

「それに入田殿が扱う兵は余りに少ない。いてもいなくても同じ、という程度だ」

「う、うーん」

「つまり、裏切っていたって大したことはない。ということは裏切らなさそうだがな」

「そ、そうかもしれないけど」

「そもそも、入田殿の娘は義鎮公の側室だ。神屋がいくら金があるからといって、義鎮公と天秤にかける相手じゃない」

「まあ……そうかな」


 ふふんと笑った内田、


「まあ参考にはなったよ。若い連中相手ではこういう楽しみがないからな」


 互いに五十路が近い内田と備中、今の言葉は身に染みる。


「見所のある若者はいる?」

「もちろんだ。といって、小野や薦野程濃いヤツは少ないがな」

「あの二人は別格か」


 薦野嫌いの内田も実力は認めている様子。


「しかし、我らも年食ったなあ」

「そうだね。左衛門なんて、もうお祖父様だもんね」

「そう言や備中、倅の調子はどうだ」

「上手くやってるみたい。筑前の水が合うのかな」


 鑑連の甥が、戸次本家当主の力を駆使して、豊後侍を筑前へ送り込んでくれた。大した数ではないが、戸次の身内がいるのは心強い。備中も、永禄の頃から話す機会も少なかった息子が近くにいる。


「ちゃんと将来を考えてやれよ。なんなら私に相談しろ」

「そうね」


 鑑連と宗像大宮司の話が終わったらしい。談笑しながら二人が出てくる。人質に取られている妹に会うためなのか、鑑連に与することを決めたからか、ともかく苦労の多いこの大宮司の協力は、今の鑑連にとって欠かせないものであるはずだ。


 だが、鑑連も古希が近い。仮に鑑連が死んだ時のことを考えれば、大宮司妹は宗像にお暇するのだろう。その時、果たして宗像大宮司はどうするのだろうか。鑑連という悪鬼が去り、妹を奪還した後は、公然と反大友の旗を掲げるのかもしれない。戸次家中では、宗像嫌いの薦野が強い力を持っていることもある。


 鑑連の次、それはすなわち鎮理とその息子になるのだろう。自身が進言し、取り結ばれた戸次家と吉弘家の縁が形になるのであれば、それは何ものにも変えがたい幸福であるはずで、長年悪鬼に仕えた甲斐があったというものだ、と独り頷く備中と、それを訝しげに眺める内田であった。


「備中、おい、おい」


 内田の声を聞いて周りを見ていると、鑑連と宗像大宮司が立っていた。しまった、と急いで平伏する備中。すると大宮司曰く、


「気にしないように。調子はどうですか」


 思わぬ声がけにびびる備中。はひっと妙な音が漏れる。


「は、はひっ。ありがたき幸せ、こ、好調です!」


 それはよかった、と品よく出口へ歩む大宮司の親切に備中安心するが、同時に鑑連の凝視が後頭部に刺さる痛みを感じるのであった。 


 ところで最近、鑑連が死んだ後のことを考えるようになった備中。隣の内田はもちろん、周りの同僚連中は想像もしていないようだから、比して自分の考えの冷たさにひんやりするのであった。

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