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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
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第39衝 宗像の鑑連

「謀反人は宗像氏貞!聞けば若干十四の若造だ!赤子の手をひねるよりも、気を使う事はない!裏切り者の首をはねてやれ!」


 筑前宗像郡への進軍中、博多の町を通る。人の往来、商人衆が構える屋敷の数、必要に応じて整備された辻、さすがは九州一の湊町であるのは誰もが知っての通り。その繁栄は府内よりも優れているが、町人の批判精神も同様のように備中には思える。集中して耳をすませば、聴こえる。


「最近、戦の数が増えたなあ。商品が売れて、結構なことだ」

「だが、この博多の町が燃えるような事になっては困る」

「豊後にせよ安芸にせよ、この町を攻めることは無いさ。自分の首を絞める事になるのだから」


 そう言い合い高笑いする博多の人間たち。こんな事を言っているようでは、その内に屋敷を焼かれるな、と備中、連中が気の毒になる。


 だが、この進軍の目的地である宗像宮は、この面従腹背を屁とも思わないすれっからしの博多衆の献金先でもある。裕福さでは、先の秋月家など比較にならないに違いない。主人鑑連の戦略は見立ての通りに進むだろうか、他の幹部連とは異なり、鑑連の能力に全幅の信頼を置けない森下備中は、通りかかった吉利支丹の僧と思しき一群に、わずかばかり献金をする。



 総大将たる戸次鑑連は坤の方角、つまり南西博多方面から宗像郡を攻める。一方の直方川を南に越える、すなわち艮の方角から迫る田北隊には急激なる事を命じている。ゆっくりと進軍する戸次隊に、筑前の衆は次々に恭順を願いでる。


 陣幕で鑑連の前にかしずく幹部連。常に場を支配するこの戦の総大将は、田北隊からの報告を手に、喜悦を浮かべる。


「田北隊は、遠賀郡の雑兵ともども南下中だ。これで、宗像郡の連中は、袋の鼠という事になる」


 何もかも順調だ、という風に、戸次叔父が声を上げる。


「宗像鎮氏殿の隊も士気高く、氏貞を葬った後の布石は完璧です」

「そうかそうか」


 老中衆の寄合ではなかなか結論に至るのが困難のようで、不機嫌になることも多かった鑑連も、いざ戦場に出て全てが順調であれば、表情が笑顔で満ちる。水を差すようでも、ここで作戦整理を兼ねて質問をするべきだ、と森下備中、愚行仕ったのだ。


「お、恐れながら」

「うむ」


 おお、機嫌が本当に良いようだ。では遠慮せずに、と備中心を開く。


「宗像郡の連中は、海に強いと自慢しているようです。そちらへ逃げられれば、追撃もままならなくなります。それをさせないためにも、必ず敵将氏貞殿を始末しなければなりません」

「愚問だな。海に出ても、上がる陸がなければどうしようもない。もはや宗像郡を除く筑前全域が、国家大友に従っているのだ。海に出ることも難しかろう」

「はっ、鎮氏殿も戦に勝てば、争いに敗れた大宮司分家の身分から、大宮司当主の地位へ昇格できます。殿への恩義も深めるに違いありません、とっと」


 みなまで言うな、と備中の饒舌を目と笑顔で抑えた鑑連。


「明日には立花山勢と合流をする。クックックッ!本当に簡単すぎる戦いだ。だが、油断を排除したこの戦略を立案したのはこの鑑連だぞ。みな忘れるな。義鎮公も、ワシをますます大切にせざるを得まい!」


 戸次弟が手を打つ。


「そう。豊後からいささか遠いためかそんなに意識しませんが、立花殿は大友血筋の家柄でしたな。ならば戸次の旗下で、勇敢に戦ってくれることでしょう」

「クックックッ!」



「おい備中」

「はっ」

「なんなんだ、あの男は」

「はっ……」


 立花山勢と合流した戸次隊。だが、鑑連の機嫌があまりよろしくない。隊を率いて馳せ参じた立花殿と会談してからずっとこの調子である。だがそれも無理ない、と思う備中。


「た、立花殿の雰囲気は博多の商人衆と似通ったものがあるような気が……」

「そう!ワシもそう感じたぞ!」


 こんなに強く主人鑑連が自分に同意するなど、近年稀に見る事象だ。さては相当うんざりしたのだろう。だが、宗像郡を攻略するに際し、絶対に協調せねばならない相手だ。同じ大友血筋の間柄でもある。


「備中、ヤツを評して言い表してみろ」

「えっ、あ、はっ。言い表す……」

「そうだよ。言葉を選んでな」


 つまりワシに代わって、ということか。んん、と咳払いして、備中曰く、


「さ、さよう……裕福な方なのでしょう。資産家であり、きらびやかな甲冑や気取った籠手等の装備からも、それは間違いなく、さすがの博多武士。開放的な気質で博多の衆と懇意であり、明国や朝鮮に関する知識にも詳しい博学家。その上、大友血筋の武士という誇りは捨てていない。ですが、さりとて豊後の事に関心が少なく……」


 かなり遠慮して発言した備中。だが、鑑連の表情は恐いまま。貴様、なに手を抜いているんだ?という表情である。遠くに雷鳴が聞こえた気がした備中、言い直す。


「はっ!大内時代の苦労を知らぬ豊後勢への蔑視、討伐に来た豊後勢への嫌悪、軍役負担の怒り、ああ、これまで好き勝手できたのに、遠くの上司がやってきてしまったか、という不満、本音のところ宗像家の反乱も筑前衆に任せてくれれば良かったのにでしゃばりやがって、と本音を隠しておべんちゃらを言わざるを得ない自分への失望。これらの結果として、氏が殿へ向ける陰険な目付き、猫のように曲がった背中、覇気のない表情、小さな声、以上が立花殿の人となりを表している現象ではないかと!」

「そうだ!その通りだ!よーし、備中よく言った!」


 悪口で喜ぶのか……と胸を痛める備中。立花殿は見たままがこの通りの人物であったワケではないが、主人鑑連がその人格に辟易したようなので、悪し様に述べるしかない。一応詫びをいれる。


「目上の方へのご無礼、お許しを」

「あんな下郎を目上と思わんで良い」


と実に手厳しい鑑連である。こうして戸次隊は、立花隊とのしっくり行かない合流の末、宗像氏貞の立て籠もるという亀山城に至った。

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