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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天文年間(〜1555)
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第3衝 根廻の鑑連

 それからの動きはあっという間であった。城に戻った鑑連は精力的に鷹狩りに出かけ、その至る所に現れる怪しげな影供に耳打ちを繰り返していた。これらが一つの陰謀に繋がっているだろう事は容易に想像できる。


 温泉以来、鑑連の近くに侍る森下備中は無論心配が尽きない。主人はとんでも無い事をやらかそうとしているのではないか、と。


「あーあ、こっちにまで迷惑が来なければいいが」


 主人鑑連は常に謀に想いを馳せているようである。部屋からは常に怪しげな声が聞こえてくる。


「日和見の臼杵は放っておこう。だが吉岡ジジイの言う事は聞いてやらねばならんだろうな。恨み持つ佐伯は手足だ、存分に使ってやろう……クックックッ」


 不穏な独り言であるが、我ら戸次だって大殿に恨みを持っているでしょう、だからこその陰謀でしょうが、と諌止する勇気が無く心苦しい備中であった。



「おい備中!」

「はっ」

「筆を持て」


 おや、今日は機嫌が良いかもしれない、と感じた森下備中。主人に限りその声の調子で心の様を感じ取る事ができるが、これは特殊技能というべきだろう、と密かに自賛する。だが、口述する鑑連に合わせて筆を走らせる森下備中の心はどんどん恐怖に彩られて行く。こ、この文章は……


 文面だけ見ればこれは完全に謀反である。それを勧める内容の書状だが、それによると既に相手もそれを主人に勧めているようである。それへの返答ということか。


「……候。吉岡様……どうじゃ」


 震える手に汗が滴り落ちるが、主人鑑連の専門家を自任する備中だ。右筆の仕事を全うするしかない。書状を書き上げ、震える手で文書を差し出す。


「はっ、ひっ」


 文章に目を通す鑑連。威勢衰えたとはいえ、名門大友家の分家筋である戸次家の当主であるからして、右筆を置こうが無論文盲ではなく、それどころか文章にはうるさいのだ。自分の文章力に自信がある備中は、書き直しを命じられると相手が鑑連であっても特に疲れが募る。このまま通ればいいな、と願いながら、鑑連の前で顔を下げ続ける。


「よかろう」


 ほっとする備中。


「こういうことは勢いが大事だからな。今回は描き直しは命じないとも。で、次だ」


 笑顔で顔を上げた備中にもう一つ書を致せ、との命令が下る。再び手に汗と筆を握る森下備中だが、今度こそ恐怖のあまり筆がピタリと止まった。


「どうした備中。止まってるぞ」


 動機が激しくなってきたが、なんとか声を絞り出す備中。


「殿、これはま、ましゃか……」


 すがるが如き備中の視線をプイと外して横を向いた鑑連は、


「貴様は文を書けばよろしい。下郎には関わりのないことだ」


 これが露見したら自分も間違いなく殺される。生きて逃れたとしても、豊後には居られないはず。そんな危険で人倫に外れた行為の片棒を担いで良いのだろうか。


 震える備中を見て、思うところを思い返したのだろうか、備中に背を向けて、鑑連は呟いた。


「人生、やったもん勝ちよ」


 ああ、逃げ出したらそれはそれで必ず殺されるだろうなあ、主人鑑連に、との苦い想いを噛み締めながら、再び筆を運びはじめる備中。恐怖に押されて思考が切り替わった。そうだ。自分には直接関わりはない。失敗した時、または明るみに出た時の責任は、主人と書面に名のある吉岡様がとってくれるだろうさ。そう考えると、自然と心が軽くなる。


 そんな下郎を訝し気に眺める鑑連は筆の気配を聴きながら、口述を始めるのであった。



 そして冬のある日。府内からの急報を携えた使者が飛び込んできた。ついに始まるか、鉢鉄を付け主人の命令を待つ備中だが、そこに鑑連の絶叫が聞こえてきた。


「速すぎるわ、馬鹿どもめ!」


 失敗したか?あるいは露見したか?備中の心臓が高鳴り出す中、鑑連の歩く音が聞こえてきた。それはまるで遠くに聞こえる雷のようであるが、掛け声も無く、備中控えの間の襖が轟音と共に開け放たれた。火花を散らすがごとくの眼をした鑑連が立っていた。


「兵は集まっているか!」

「へえっ?」


 情けない声が漏れてしまう備中。鑑連怒りの熱源の高まりを感じた備中、急いで軌道修正をする。


「はっ!集まっておりません!召集がまだにございます!」

「たわけ!」

「ぐあっ!」


 踏み付けられた備中。


「急いでかき集めろ!府内へ突入するぞ!」


 何がどうなっているかよくわからない備中。この主人は多少気を使ったような説明などほとんどしてくれないのだ。


 急ぎ叩き起こされた人々で鑑連の城館は大騒ぎとなった。それでも、兵を率いての出陣は為った。一同、何事かを求めて豊後国の中心府内へ疾る。

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