第398衝 焼跡の鑑連
「これは酷いな」
徹底して火を放たれた博多の町は、焦土と化していた。誰よりも先に現地に入った内田、鑑連へ報告して曰く、
「商人達の多くが屋敷を焼かれ、避難させる間も無く、家財商品火中で失った模様です。略奪もあったようです」
「それで、その佐嘉勢は」
「博多の炎上を確認した後、速やかに去ったとのことです」
「この町の連中の振る舞いが、佐嘉の統領の逆鱗に触れたのかな」
それが計画的なものか、衝動的なものなのか。いずれにせよ、急な事態である。
「増吟は?」
「保護しました。命に別状はありませんが、負傷しています。火傷も少々」
「柄にないことをしたのだな」
増吟は炎上する博多の町を走り回り、避難を呼びかけ、混乱を極めた民の避難を指揮するなど、踏みとどまった末の負傷だという。備中も破戒僧の思わぬ善行に、意外ではあるが称賛の思いが胸に宿る。
「回復次第、出頭させます」
「いや、ワシから見舞おう」
「殿……はっ」
主人の優しさを前に、内田は嬉しそうな顔をする。鑑連も、協力者の思いがけない美徳を前に胸を熱くしているのだろうか。余程困憊したのだろう、療養中の増吟は眠ったままだったが、見舞った鑑連曰く、
「この腐れ坊主はワシが与えた役割を全うした。それはつまり、佐嘉勢の違約ということである。何と言っても、増吟はワシと龍造寺の二人で承認した、この町の代官なのだからな」
「はい」
「肥前の野蛮人に、弁解させねばならん」
仇を取ってやる、というような鑑連の笑顔であった。
佐嘉勢が博多に放った火は、町のほぼ全域を覆ったようで、鑑連が博多に持つ邸宅も焼け落ちていた。その焼跡に陣を置き、復旧作業を指示する鑑連、ふと瓦礫から何やら器を拾い上げた。それは焼け焦げて変色しており、使えそうもない。
「備中、この器は博多のクズどもから贈られたものだが、なんでも義鎮が欲しがっている茶器に通ずる一つであるらしい」
義鎮公が渇望するという件の茶器の件である。鑑連は未だにこの任務を達成していない。
「かつて、鎮信が譲渡交渉に当たっていたが実現せず、ワシはそもそもやる気は無かったが、例えばだ
。その名器とやらを佐嘉の頭領が要求し、断られた腹いせに火を放った、という推理はあり得るだろうか」
「龍造寺山城守は、激しく張り詰めた人物という評判がありました。あ、あり得るのかもしれませんが……」
佐嘉の頭領が茶に親しむという話も聞かない。つまり、茶をこよなく愛する義鎮公とはまた違う姿勢であったということは、あるのだろう。
「博多のクソ生意気な連中を鞭打ちたい、という気持ち、ワシもワカるな」
そこに、博多商人がやって来た。今の発言、聞かれているが、全く気にしないのが主人鑑連、煤けた商人を一瞥するのみ。それを受け、内田が対応するが、
「ここはまだ、その方が来るところではない」
「へ、戸次伯耆守様にどうぞお取次ぎを」
哀れっぽい声を出した商人に縋られ、困って鑑連を見る内田。
「何の御用かな」
やけに他人行儀な鑑連である。
「お願いにございます。この町に火を放った龍造寺山城守に鉄槌を下してくださいますよう」
「伊藤屋」
内田が商人に手拭いを出す。旧知の仲なのだろうが、
「あ」
伊藤屋と呼ばれた男が煤を拭うと、備中にも見覚えのある顔が出てきた。この町の豪商の一人である。が、鑑連はにべも無い。
「鉄槌とは?」
「あの者、肥前と豊後の和睦に背き、このような狼藉を働きました。我ら大損害です」
「如何にも、如何にも」
また一人。ポツリポツリと、焼跡から抜け出てきたような顔の商人達がやってきた。
「戸次様、どうか、お願いいたします。我らの願いをお聞き届けください」
「この町でお預かりしていた宗麟様の持ち物も燃えてしまいました」
「佐嘉の無法者を罰するためであれば、我ら協力を厭いません」
博多商人の恨みがましい声が次々に上がる。それでも鑑連だって手厳しいのだ。
「和睦の後、佐嘉の頭領は生松原で茶会を開いた。この中で参加した者は?」
顔を見合わせる博多の衆。備中の知る限りでも、一人や二人ではないはずだった。
「そこでどのような事が話し合われたか、ワシは知らん。今回、放火前に何があったかもな。だが、その舌の根も乾かぬ内にこの始末」
鑑連の厳しい指摘に博多衆一様に俯いてしまうのであった。
「どう考えてもおかしい話に、貴様ら飛び付いたのだろうよ。自業自得と思え」




