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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
397/505

第396衝 通覧の鑑連

 岩屋城に帰還した戸次隊を出迎える鎮理。壮大な作戦も、完全成功まであと一歩の所で届かなかった。そして、完全成功でないのならば明らかな失敗である。鑑連の口からすそう伝えられると、


「次の機会の到来を待ちましょう。秋月勢が、しばらくこちら側に出てくることはできない程には痛めつけることに成功したのですから、この勝利を活かしていきたいものです」


 鎮理の言う通り、佐嘉勢との和睦が成立し、秋月勢を退けた今は、大友方の体勢を立て直す絶好の機会であると言えた。ようやく反撃の準備が整っていくとことを思えば、苦境にあって上々の成果が出たと言えた。


 鑑連は鎮理を連れ、岩屋城の広間へ進む。件の婿入りについて、話を進めるのだろう。呼ばれていない備中、内田を見つけ、秋月種実へあと僅かに迫った同僚の武勲を称えた。


「いつの間にかあんな技を身につけるとは。さすがだよ」

「だが、寸前で届かなかった。届かなかったということは、私の技能も所詮その程度ということだ」

「そんな。らしくないな」

「博多と今回、殺す機会は二度あったんだがな……」

「左衛門……」

「しかし、吹っ切れたよ。あそこまでやったのだ。秋月勢も何人も殺した。秋月と高橋鑑種、この両名のために死んだ倅も、私を許してくれる気がする」

「そうだよ。そうに決まってる」


 内田の心に触れ、少し湿っぽくなった空気が嫌で、その肩に警策を与えた備中。内田は微かに笑って一言、


「私もそろそろ引退かな」

「え」


 同僚の思わぬ一言に、自らの老いを実感する備中であった。



 秋月勢の今後の動きについて、小野甥と話をしたい備中だが、その姿が見当たらない。戦場で負傷したという話は聞いていない故、また鑑連の密命でいずこかへ出張しているのかもしれない。


 由布は軍勢整備のために忙しそうである。とりあえずの勝利を噛み締めるための相手がいない備中。一人ぼにゃりとしていると、


「備中殿」

「あ」


 見知った顔が近づいてきた。柴田弟である。


「久しぶりです。今日は宗麟様の使いで来ました」


 おお、出世したものだ、と旧来の知人の成功を嬉しく思う備中。


「戦の後で気が立っているかもしれませんが……」

「いつものことなら良いんですが」


 鑑連ネタで苦笑し合いながら、備中、柴田弟を案内する。鎮理もいる中、柴田弟は通された。


「田原右馬頭退治では活躍した、と聞いている」

「恐れ多いことです」

「セバスシォンの属僚になったそうだな」

「はっ」

「ワシが貴様に言ったこと、忘れてはいないな」

「はい、しっかりと」

「ならばいい」


 柴田弟の活躍は鑑連の耳に届いているのか、と大体同じ年代位の者の活躍に、少し胸がチリつく備中。


「本日参りましたのは、来年以後、国家大友の軍が豊前の奪還に乗り出す計画がある、ということを伝える為です」

「ほう」


 ようやくの反撃か。だがそれでも嬉しくなる。


「率いるのは」

「セバスシォン様です。田原民部様、朽網三河守様が副将として」

「あいつ、そんなに武勲をたてたのか」

「反乱は鎮圧いたしました」

「半年もかかったがな」

「……」

「ワシなら一ヶ月で落とせたがな」

「……」


 平伏して沈黙する柴田弟。どうやら対鑑連対策の技を身につけたようだ。


「それで」

「はい。豊前にも謀反勢多く、国境が騒がしくなることをまずお詫びして、ことある時には戸次様のご助力を頂きたい、というセバスシォン様からのお言葉でございます」

「ふーん」


 鑑連の反応は渋い。そもそも宗家の人間のくせに吉利支丹ということで、印象が悪いからだが、


「セバスシォン様は、常々筑前でご活躍の戸次様のことをお話しです」

「ふん」

「見事な用兵、武士の気迫、これ雷神の如し、と」

「ほう」

「情勢故に難しいけれど、教えを乞いたいものだ、とも」

「……」


 鑑連がピクピク反応している。柴田弟もその反応を伺っている様子。こいつ、こんなに人が悪かったかな、と旧来の知人の変貌を、訝しく眺める備中。そしてダメ押しだ。


「本当のことにございます。いつか、馬を並べて国家大友の敵を共になぎ払いたいと」

「……」

「時世故叶いませんが、この豊前の戦いで戸次伯耆守に近づけるのは幸い、と」

「……」

「公は、戸次様の過去の戦いの記録を、よく勉強しています」

「ま、勉強熱心なのは良いことだ」


 あ、心の鍵が開いた、と思った備中。案外チョロいが、これも老齢に入っているためだろうか、と心に寂しさを感じる備中。


「また、筑後生葉郡にて、問註所様のご一族が露骨な反抗を行なっていることもあり、こちらへも出兵の話があります」

「今回、岩屋城を攻めた一軍の中にもいた。先発を務めていたから、秋月種実に良いように使われているのだろう。士気も低かった。交渉で味方に引き戻すことはできないだろうか」


 穏健な意見の鎮理へ、柴田弟曰く、


「問註所家の家督争いが絡んでおり困難、と御老中の方々のご判断が為されたと聞いております」

「老中ね」


 フン、と鼻を鳴らす鑑連。


「おい、備中。いつものを出せ」

「はひっ?は、ははっ」


 ぼにゃりとしていた備中、懐から紙を取り出して、広間の真ん中に置くが、更新していないことを思い出し、バツが悪くなる。


 空席   筆頭不在

 田原親賢 前筆頭、義統公後見担当

 朽網鑑康 筑後、肥後担当

 橋爪鑑実 穴埋め担当

 木付鎮秀 穴埋め担当

 空席


「備中貴様」


 鑑連が凝視して来ると、縮こまるしかない備中。


「死人の名が残っている。最近、たるんどるぞ」

「はっ、申し訳ありません!」


 鎮理が静かに助け舟を出してくれる。


「いささか古いようですが、それ以外は今もこの通りでしょう」

「この面子を見ているだけで、何事が達成できるだろうか、とガッカリするわ」

「遅れながら、状況にも変化が生じています」

「なに」

「失礼」


 空席と田原民部の間に手を向けた柴田弟。


「現在、ここにセバスシォン様が入られること、内定しております」

「ほう」


 意外だ、という顔をする鑑連。


「決めたのは誰だ?」

「義統公と伺っております」

「それが事実であれば、良いがな」

「はい」


 深く頷く鎮理。大友宗家の兄弟の確執は乗り越えられたということなのだろう。


「柴田」

「はっ」

「ワシの言い付けを守ったな」


 柴田弟は平伏したまま、次の言葉を待つ。曰く、


「セバスシォンに武勲を立てさせて、兄弟の間を仲介する、という戦略は基本的に正しいだろう。それほど嫡男である義統と、次男であるセバスシォンの間には差がある」


 確かに、それが戦略であれば、兄弟二人だけでなく、大殿たる義鎮公も歓迎するだろう。公自身が、兄弟不仲に苦しみがないはずがないことは知り尽くしているだろうから。


 鑑連にしては穏やかな口調であり、鎮理も静かに頷いており、広間に良い空気が満ちる。が、


「気に食わないのは、これが吉利支丹門徒の策だろうということだ」


 鑑連がいつも通り、それを台無しにするのであった。

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