第393衝 勢子の鑑連
夏から秋への変化を感じる季節になる。引き続き、戸次隊は古処山の北に滞陣を続けていた。
「立花山城から、異常なしの連絡です。どうやら佐嘉勢は和睦を守るつもりではあるようで」
「あたり前だ。でなければ和睦にならん」
「いや、安芸勢と戦っていた時は、和睦破りが早かった。それよりはマシな相手なのだろう」
賑やかに語らう戸次武士たち。国家大友の支配力が一変して2回目の秋。軟弱な若武者たちもたくましくなってきた。彼らを見て、我が子を見るように嬉しく感じる備中。一方の我が子も、戸次弟の子に仕えて元気にやっているという。
「備中どうした。何をニヤニヤしている」
「さ、左衛門。い、いや、若い連中が育っているから、感慨深くって」
「良い身分じゃないか。お前、ほとんど教育してないだろう。連中を鍛えているのは私だからな」
「そ、そうね」
内田の性根は三十年以上前から不変であり、それもまた感慨深い。
「ところで増援が来るぞ」
「おお、本当に!」
「本国の鎮連様が戸次家の戦力をこちらに送ってくれるんだと」
「へえ……」
戸次弟の子も戸次家家督を継いで頑張っているようだ。もっとも、鑑連から恐怖の書状が届いたりして、頑張らざるを得ないのだろうが。
「大した数ではないらしいが、増援には違いない。それに同じ一門の武士だ」
「鑑方様も草葉の陰でお喜びになるね」
頷いた内田。ふと、二人して目の前の山を見る。かつてこの山の向こうの城で、戸次弟は戦死した。
「なあ備中」
「ん?」
「やはり、殺せるときに秋月を殺しておくべきだったんじゃないかな」
「う」
珍しく、内田が鑑連の方針に対して愚痴っている。しかし、無理もない。この山の向こうの戦いの前哨戦で、内田は息子を失っていた。
「どう思う」
同僚の率直な質問に、備中は静かに答える。
「……殺せる機会は他にもあったんだと思……うよ」
「……」
「それこそ、そ、その、十年前に義鎮公とかが助命したりしていたし……」
「……」
内田は無言である。その心を知る術を、備中は持っている。
「あ、殿」
「はっ!」
「……」
「……」
「違った」
「ちっ」
不機嫌になる内田。
「まああれだな。あれもこれも全て義鎮公のせいだな!」
その通り、とは言えない備中。鑑連自身にも責任が無いとは絶対に言えないからである。
二人が本陣に戻ってしばらくして、
「申し上げます。入田丹後守殿のお使者です」
元義弟殿の使者到来にビク、とする備中。どうも、この人物が関わると、鑑連が冷静でない様子だから、また何かあるのでは、と心配になる。案の定、
「備中。要件だけ聞いて来い」
「は、はい」
鑑連宛に来ているのに、使いっぱをさせられる哀しみまたは名誉を胸に、使者の応対をする。それによると、
「秋月討伐に、金生城の兵を送ります」
ということだった。また増援である。これは良い話、と鑑連へ持ち帰ってみると、
「不要だ」
の一言で片付けられてしまった。それを使者へ持ち帰る気の重い備中。ふと気になって後ろを振り替えると、そこに虹がかかっていた。雨も降らずその気配もないのに、不思議なことである。
「虹かあ……」
ふと備中、十数年前のことを思い出した。秋月攻めの直前に、今は亡き戸次叔父と、古処山に掛かる虹を見た。その後、夜須見山で悲惨に見舞われたが、鑑連は逆転することができた。しかし、それは鑑連の実力によるのだろうか、それとも天の廻りによる幸運でしかなかったのか。元義弟殿を頑なに受け入れない鑑連を見ていると、天道に尋ねたくなる備中。
無論、虹は尋ねる相手では無い。ただそこにかかっているだけなのだ。嘆息した備中、鑑連の指示通り元義弟殿の使者へ、その提案について丁重にお断りを申し入れた。備中は何となくだが、先ほどの虹はもう見えない気がした。
「も、申し上げます!岩屋城より早馬です!」
「来たか。備中、これより声を下げろよ」
「はっ!」
「おい」
「は、はい」
息を切らしてやってきた高橋武士が報告する。
「龍ヶ城で騒動が起こり、我が主人、その城主を誅滅いたしました!」
「な、なんと!」
「こら」
「は、はぃ……」
鑑連に睨まれて縮こまる備中。龍ヶ城城主とは鎮信率いる高橋家の筆頭家老であったはずで、驚きも大きかった。
「つまり、裏切り者は筆頭家老殿だったのですね」
内田が嫌悪の声を上げると、高橋武士は恥じたように俯いた。が、鑑連はむしろ身を乗り出して尋ねる。
「ここまでは秋月の命乞いの通りだ。それで?」
促された高橋武士、頷いてさらに曰く、
「これは限られた者しか知らないことですが、我が主人は裏切り者の嫡子と、すでに合意を交わしています。その合意とは、その嫡子が秋月を誘き寄せ、これを叩く、というものです」
「岩屋城で騒動が起こった、と虚報を流すわけか」
「しかし、あの慎重な秋月種実が、乗ってくるでしょうか」
「心配か?」
「……少々」
「乗らせるための秋月領蹂躙だ。心配ならもっと火をかけ、破壊することだ」
鑑連は内田の目をしっかりと見て伝えた。何だか、鑑連の内田に対する態度が丁重なものとなっており、なんとなく悔しい備中である。
「鎮理の考えはワカった。そして今の話は、ワシとこの二人、そしてもう一人しか知らん。安心して計略を進めるように」
「ありがとうございます、では!」
役目を果たした高橋武士は去っていった。そして鑑連は、
「鎮理らしい作戦だな。特に、裏切り者の息子を温存するところなどが」
甘っちょろいヤツ、と吐き捨てた鑑連だが、裏切り者の息子は、父を殺した相手に従うのである。よほど丁寧に説得されたに違いない。鑑連の顔もどことなく満足気である。
「秋月はこの計略について殿に漏らしました。だからこその筆頭家老の死、とまずは考えるはずです」
「その通りだ。やはり失敗した、と必ず考える」
「しかし、その倅が計略を引き継ぐ、と思わせることができるのであれば、話は変わってくるかもしれません。これは」
秋月種実を誘き寄せる目が出てきた、ということだった。
「由布。聞いての通りだ」
「……はい」
陣幕の影から、由布が出てきた。驚いて声もない備中。鑑連が言っていたもう一人とは、由布のことだった。薦野だとばかり思っていた備中には驚きであった。
「というわけで作戦を継続。秋月領を徹底的に蹂躙するぞ。岩屋城攻略に活路を見出さざるを得ない状況にしてやるのだ」




