第392衝 因業の鑑連
戸次隊は犬鳴山を越え、鞍手郡に入る。すでに薦野隊が吉川荘の秋月方と思しき拠点への攻撃を終えていた。薦野の攻撃は激しく、砦は破壊され、村は燃えていた。宗像領だからか、容赦することはない。鑑連に報告して曰く、
「殿、申し上げます。この辺りの敵の多くは殺すか捕らえるかしましたが、逃げた者もいます。ここから南に秋月勢の城があり、保護を求めて逃げ込んだようです」
「よくやった。後は由布や内田に任せるといい」
「はっ」
薦野が率いる隊は糟屋郡北部の土豪により形成されている。鑑連の傘下にはあるが、言ってみれば、外様である。それでいて、これまで多くの戦いで勝利を収めている。考えてみれば、鑑連が重宝するのも当然であった。今日の鑑連もやはり満足気である。
泰然自若の武士である由布はともかく、克伐怨欲たる内田などは負けられじと士気を大きく高めていた。
追撃開始の直前、宗像隊がやってきた。みれば宗像大宮司が隊を率いている。
「戸次殿」
「氏貞。遅かったな。この辺りの敵はすでに薙ぎ払った」
周囲を見廻す大宮司。燃え上がり、破壊された荘園を見て、顔色を変えていない。その表情から、耐えている、と感じる備中。誰だって、自分の領地を勝手に荒らされれば、怒りを覚えるはずである。
「安心するといい。裏切り者が逃げ込んだ城へ今まさに追撃を行う所だった」
「戸次殿。その役目、我ら宗像勢にお任せ頂きたい」
「ほう」
鑑連もある程度自制しているようだ。こういう時、顔を悪鬼の如く歪めるのが鑑連の常套手段だが、
「裏切り者とは言え、同胞だろう。心が痛むのではないかね」
「いえ。だからこそ、我らがやらねばならない」
「それに秋月勢の後詰がある」
「秋月種実は我らの敵。打ち破ってご覧に入れる」
腕を組んで考え込む鑑連。これはフリだろう。方針は決まっているはずだ。
「承知した。後のことはお任せする」
「感謝する。それでは」
宗像武士の号令とともに、前進を開始する宗像隊。戸次隊の武士たちと視線を交わす者もいるが、露骨に顔を背けたり、睨みつける者もいる。これは、博多で秋月種実が言い当てた通りなのだろうか。
「殿。追撃は宗像勢に任せるとして、我らも秋月方の地を奪い返す必要はあろうかと存じます」
「し、しかし」
備中、懸念を述べる。
「い、今の状況では、取ったり取られたりになるのではないでしょうか」
「さればこそ、取れる内に奪いましょう」
薦野の強い口調にたじろぐ備中。
「固められては不利になりますし、我らとて常にこの方面へ出陣できるわけではなし。それに宗像勢をして第二の秋月種実にすることは避けたいものです」
つまり、宗像勢が領地を広げる以上、大友方も負けていてはならない、ということだった。鑑連が占領した土地がそのまま鑑連のものになるわけでないのは薦野も承知しているはずだが、この方面に強いこの武将がこう主張する以上、備中には何も言えなかった。そして鑑連もそれに反対しない。
「よかろう。古処山が見える辺りまで、平らげるか」
常勝無敗の評判名高い鑑連の進軍に立ち塞がる者はいない。つまり、ほとんど戦うことなく、秋月種実が住まう古処山を北から望める地に至った。
「宗像勢も城を攻め落としたそうです。この騒動は我らの勝ちですね」
「うむ」
目に見える戦勝は伴わないが、まずは機嫌の悪くない鑑連。薦野の外連味たっぷりな発言に一々頷いている。備中はこれが薦野の偽装であれば、という怖い所まで想像を広げていた。
「備中」
「は、はい」
「今この時、秋月も向こうからワシらを見ているかもしれんな」
「は……」
「貴様も秋月を博多で殺しておけばよかったと考えているのか」
「え!」
話の急展開にビックリして返事が出来ない。薦野は目を伏せて動かない。この話に入る気は無い様だが。鑑連は続ける。
「あの時にヤツも言っていた通り、ワシ得意の戦場でヤツを始末できないからといって暗殺をしていたら、どうなっていたかな」
「い、いやその……」
「その効果は限定的だったろうよ。やはり、国家大友に対し真っ先に反逆したあの男は戦場で倒さなければ意味がない、気がした」
しかし、鑑連はこれまでそれに成功できていない。
「ヤツは決して危険な前線には出ない。裏で陰謀は張り巡らせることが性に合っているのだろうし、ヤツにしてみれば戦場で倒れることだけは避けなければならないからだろう。それでいて今、国家大友の動揺が続く以上、戦い続ければ領地は広がる。ワシらには
正直打つ手が無い」
「……」
「鎮理もその辺の事情は承知しているだろう。だから今回、秋月の始末はヤツに期待をしてみることとするつもりだ」
そして殺気だった様子の薦野の家来が戻り、自身の主人に報告して曰く、
「周囲の確認、終わりました」
「不服従その他逆らう者は?」
「古処山に近いのでそれなりに」
「では、秋月方の集落を燃せ。物資を奪い。見せしめにせよ。容赦するなよ。徹底して略奪し、歯向かうものは皆殺しだ」
「はっ」
「今日、この場にて戸次伯耆守様が督戦していることを忘れるなよ。日頃の我らの勇猛さを示すべし」
「はっ!」
薦野の家来は満足気に笑って、戦地へ戻って行く。薦野の凄まじい命令に震え上がる備中に、鑑連が補足して曰く、
「これで秋月も、後で隠れているばかりではいられなくなるだろう。恐怖に駆られた家来領民の求めに従って、前線に出て来ざるをえなくなるだろう。そこを狙う」
ややあって、あちこちで悲鳴や怒声が聞こえてきて、引かれる者多数である。戦場では常の風景だが、明確な意図をもって行われているとなると、感じ方も異なってくる。鑑連と薦野の合作たる修羅道を、備中は歓迎できないで眺めるしかなかった。




