第389衝 先見の鑑連
「貴様はまず弟、次いで倅の一人を高橋鑑種の養子として送り込んだ」
「毛利陸奥守殿の仲介で」
「その倅どもは、今は亡き田原常陸の娘の腹から生まれている」
「大友家の武士なら皆知っていることだろうと思う」
「貴様は田原のガキの伯父だ」
「その通りだ」
「最近、長男の正室に、彦山座主の娘を宛がったそうな」
「さすがに耳が早い」
「今や、貴様が采配できる領域の広さはかなりのもの。高橋鑑種や、田原常陸を超える。よって連中も時宜良くくたばったように見えてしまう」
「まさか、私が彼らを始末したとでも?」
「どうだね?」
「どちらも只のお人ではない。暗殺など不可能だ。第一、一人は義父ではないか」
自身の義父を始末した鑑連には、それが嘘っぽく聞こえるのかもしれない。
「だが、貴様は安芸の統領の薫陶を受けているからな。やってしまったのでは、とワシは考えているが」
「なんの証拠があろうか」
「二人の死によって最も利益を得たのは貴様だ。このまま国埼の反乱が成功すれば、国家大友の名門田原家は古処山の指示を受けることになる」
本来、田原右馬頭を犠牲の生贄にしようと考えていた鑑連に、この件で秋月を非難する資格はないようにも思えるが、
「まあ、実際に殺していても、言えんがな」
「私はなにもしていない」
「今、南では薩摩勢が、はるか畿内では織田勢が力を伸ばしている。特に貴様の恃む安芸勢は、織田勢の敵だ。豊後と安芸が和睦をすれば、貴様らは東の戦線へ送られる。かつての大内時代をなぞるようにな」
「そういうことも、あるかもしれないが」
「それを容認できない貴様らは、この筑前で火の手を上げ続けなければならない。となるとやはり、筑前の安定のため、貴様には死んでもらうか」
急に話を変えてきた鑑連、どうやら調子も乗って絶好調、今度は本気の様子だ。後ろに控える備中さえビリビリと痺れる圧力を放っている。
その命、風前の灯となった秋月種実、脂汗が滲んでおり、手や脇がぐっしょり濡れている。悪鬼鑑連の前に立つことがそれほどの負担であると、備中は納得する。
「どんな分野も攻める側優位だ。つまり、この世を支配するもの、それは力だ!」
「うっ」
秋月が退がった。
「私は筑紫広門の次の狙いについて知っている」
「ワシもだ。鷲ヶ岳城が目障りなのだろう」
さらに退がる秋月。土壁にもたれかかった。
「宗像家の微妙な情勢についても把握している」
「氏貞の地位が微妙なのは今に始まったことではない」
「肥後の阿蘇家が佐嘉勢と交渉をしているらしい」
「甲斐勢から報告を受けている」
目を固く瞑る秋月の顔から滝のように汗が流れ出ている。襟口から肩の辺りまで、こぼれ落ちた汗が実に重そうだ。
「ここまでだな」
鑑連が構えた。次の刹那、腕が雷の如く放たれた。
「岩屋城の家老が我々に内通している」
寸前で、鑑連の腕が止まった。
「貴様」
動悸激しく、息が乱れる秋月。引き付けを起こしているようにも見える。
「そんな、一瞬でバレる嘘ついてまで生きたいか」
「本当のことだ」
「どうだかな」
「いいとも。私がここで死ねば、裏切りは消えたように見えるだろうが、燻ったままとなる。岩屋城は南から筑前を守る要のはず。私だけでなく、佐嘉勢や筑紫勢とて狙っているのだ。調略が無かろうはずがない。ともかく調べてみることだ」
鑑連の腕が納まるか否かの瀬戸際で、秋月はさらに自説を強気に主張した。だが、自棄になっているわけではなさそうだ。
「もはや反大友の動きは一つの火ではない。日向での戦が最初に投じられた火であるのは間違いないが、数十年に渡る大友の弊歴に燃え広がっている。私一人を殺したとしてどうにもならん。決算の時が近づいているのだ」
結局、鑑連は秋月種実を生かしたまま、逃した。人質に取ることもなく。
「殿!」
血を吐くような無念の声を発する内田へ、鑑連は厳しくなく曰く、
「ワカっている」
内田は秋月との戦いで息子の一人を失っている。是が非でも、仇を討ちたかったに違いないし、それを期待していたはずであった。しかし、鑑連の中で感情よりも計算が勝った。
「内田。秋月の件、よく伝えた」
「……はっ」
「これより鎮理に会いに行く」
今さら復讐を果たしても、という判断も働いたのかもしれない。
筑前・岩屋城。広間。
「実はな、秋月種実と会ってきた」
「えっ」
「計らずも、博多のあばら屋でな」
「奇妙な巡り合わせのようで。して、首尾は」
「殺さなかった。それどころか、生かして逃してやった」
「それは、残念なことです」
「ところがそうでもないと感じているのだ。今後も秋月との戦いは続くだろうが、あれは戦ではワシには勝てん」
「……」
「言葉にし難いのだが、決定的な何かに欠けている。若く、頭脳は明晰で、野心にも不足してない。頭領としての風格も経験も十分だ。今の国家大友に巣食う老中の誰よりも、才能がある。それでも尚、な」
「今回、博多で戸次様と鉢合わせした。入博の危険を顧みず、ならば悟性が不足している、ということでしょうか」
「計算高いようで衝動には逆らえない。そんな印象だな」
「なるほど」
「鎮理、貴様はどうだろうか」
「ワカりません。仏の道とは、自分が何者なのか、を問い続けること、という話は耳にします」
「吉利支丹ならどうかな」
「デウスが決めてくれるのでしょう。その宗旨を聴く限りにおいて、ですが」
「今、国埼を攻めるセバスシォンは、どう考えているかな。あれも、仏の道について先に聞いているはずだ」
「ワカりかねます」
「ワカらんかね。多分こうだ。自分はもしかしたら無能なのかも。どうだ」
「……」
「すでに国埼で半年近くも陣を張っている。吉弘本家も駆り出されている通りだ」
「早期の決着を、期待しています」
「豊後は豊後とは言え、田原のガキを始末した余勢を駆ってこちらに出てきてもらわねば、ワシらも満足に動けない」
「はい」
「援軍が来ない以上、ワシらは筑前の勢力を固めなければならん」
「はい」
「鎮理、ワシの言っていることがワカるな」
「はい」
「答えは」
「お受けいたします」
「そうか」
「はい」
「これでこの筑前に大いなる力生まれるだろう。で、時期はいつにしようか」
「わが倅もまだ初陣に至っておりません。またこの困難な時期のことでもあります。あと一年、猶予を頂きたく存じます」
「一年?」
鑑連が鉄扇を広げた。
「貴様、ワシの話を聞いていなかったとは言わないよな」
「無論です。ですが義鎮公からの許可の話もあります」
「あんな無能者など」
「来年の夏までに、私が全て整えてご覧に入れます」
「整える?」
「はい。今の筑前に残された国家大友の権益を守る為には他に手が無い。このことを大友宗家の方々に納得して頂くのです。この祝言、祝福されねば、実質的な効果も薄まるものと考えます。いかがでしょうか」
鑑連、鉄扇を懐に収めて曰く、
「いいだろう。だがワシを欺こうとは思うなよ」
「はい」
「今回、ワシは秋月種実を生かしておくことが目下のワシの益になると判断した。鎮理、貴様の価値も続くと良いが」
「戸次様は筑前に踏ん張る大友方の希望です。お役に立てるよう、頑張ります」
「ふん。無口な若造が言うようになったわ!が、前にこの話をしたときとは違い、ワシは良い気分である。褒美をやろう」
ありがたき幸せ、と頭を下げた鎮理に、鑑連は近づき、声を低く曰く、
「この城に巣食う裏切り者の情報だ」
「えっ」
悪鬼はニヤリと笑う。
「これを奇貨として、活用してみせろ」
が、鎮理は淡々と返す。
「今、当城で裏切りは奇貨どころか、陳腐なものとなっています」
「なに」
「劣勢が続いているので、高橋家恩顧の者ほど、国家大友を見限りたいと願っているようです。無理もありませんが」
「で、貴様はそれを放置するのか」
「まさか」
「ほう」
あまり砕けた表情をしない鎮理。いつもの通り静かに、しかし常に無く確かな口調で曰く、
「これを利用して今の状態を打開します」




