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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
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第38衝 永禄の鑑連

 謀反人とされた秋月家を討伐した後、新たに大友家の領国となった筑前、豊前は一向に安定する気配を見せない。謀反の噂が絶えないのだ。この手の風評を鎮圧するのは無論、老中衆の役目でありその手腕にかかっているが、一向に改善されていない。


 故に、不機嫌な様子で戸次邸に帰宅する事の多くなった主人鑑連のため、世情の便りを多く集めて独自の分析を行う戸次家幹部達。それをまとめて、存案を献じようというワケだ。


「なぜ筑前豊前が落ち着かないか、存念を述べてみよ」


 戸次叔父が意見会を主催する。こんな時に率先して口火を切るのはいつも内田と決まっている。


「申し上げます。筑前豊前の領主たちは、元々大内家のための戦争に明け暮れておりました。すなわち兵力を備えています。南北朝合戦以来の伝統で、彼らは大内家に従っていましたが、その滅亡後、大友家に従うべき具体的な理由がないのではないでしょうか。その理由を埋めることができれば、彼らも従うでしょう」


 この饒舌ぶりに、幹部一同感心してため息を漏らす。さすがは近習筆頭だ、と。戸次弟が語る。


「内田の意見、確かにその通りかもしれないが、大友家に従うべき具体的な理由、とはどのように整えるべきか。連中が大内家に従った理由は、やはり筑前少弐家や肥後菊池家との争いの中から生まれたのだろう。が、既に両家は事実上滅んでいる。戦いを起こし、功績を与えることで手なづけるとなれば、敵は安芸勢という事になるしかない」


 内田が元気よく答える。


「大内家の東の旧領を確保した安芸勢は、しばしば資金不足に悩んでいるという噂もあります。これは、博多を失ったことが大きいという事です。この博多は大友家が抑えております。奪いに来る可能性は大きいのではないでしょうか」


 寡黙な由布が内田を嗜める。


「……かもしれないが、決まったワケではない。安芸勢は四国に展開しはじめているという話もある。戦いを煽るような噂に惑わされてはならない」

「私は可能性の話をしているのです」


 反論する内田に、おっと幹部一同驚く。隊を率いる近習筆頭として、偉そうになってきたな、と。少し空気が悪くなり始めたので、十時が主題を逸らす。


「まあ、筑前も豊前も従って日が浅いという事ではないかな。幾らかの不安定はむしろ自然な事。平和の中で時間が経てば、彼らも大友家のしきたりに慣れて落ち着くだろう」


 安東も同調する。


「そうだな。筑前博多には臼杵様が入り、豊前門司からは田北様がよく睨みを効かせているのだから、今必要なのは時間なのかもしれない」

「ふむふむ。そうだな、五年位あれば、みな慣れるのだろうが」


 戸次叔父、温和な意見に同調する。主人鑑連のお陰で戸次家の格も上がり、無理して戦に走らず、確保したものをじっくり収穫するのが最良だ、と考えているためだろう、と備中は考えた。だがそれは、主人鑑連の考えとは相容れないものだ、との感想も持った。特に発言する気はない森下備中だが、戸次叔父の意見に内田が反論を始めると、俄かにドキドキし始める。


「お言葉ですが、その五年をどのように確保するのでしょうか。今や、安芸勢の調略勢い激しく、筑前豊前が落ち着かないのは、安芸勢の悪意のせいでもあるはず」


 これは確かに事実である。安芸勢を統率する頭領毛利元就の辛辣奇抜な調略行動は、この頃西国はおろか天下にすら、その悪名を轟かせ始めていた。


「よってこれを改めるには、防長に攻め込む他は無し!攻撃こそ最大の防御なのです。殿もそのようにお考えのはず!」

「殿のお考えはそうだろう。だが、時に激しすぎる計画を諌める役目が、我らにはあるのではないかな」

「誰に何があるって?」


 刹那、幹部一同の動きが完全に止まった。鑑連の登場を予感するその声がいかなる影響力を持つものか、改めて再認した幹部連であったが、そこに鑑連はいなかった。騒然となる。


「なんだ今のは」

「あっ、備中!おまえか!」

「何!」


 鑑連の声を真似た備中が悪びれずに言い放つ。


「と、殿がいらっしゃれば仰るのでしょうなあ」


 ドキドキが止まらない幹部連。その声が鑑連にそっくりであったからだ。戸次弟が嗜める。


「心臓に悪い真似はもうよせよ」

「はっ」


 素直に返事をする備中であったが、詫びの為にも続けて語る。


「老中衆に席を持った殿はすでに国家大友の舵取りを行う正当な資格を得た、という事でしょう。殿のお考えがどこにあるか?例えば、先代義鑑様のなさり様に批判的なのが殿であり、義鎮公です。それは今の吉岡様も変わらないでしょう。仮に公の御側近の吉弘様がご老中衆に加われば、老中寄合の半分が戦争を肯定する方で占められます。という事は、お言葉ですが、止めても無駄、という事になりはしませんか」


 そう淀みなく語る森下備中を見て、常に寡黙なる由布は何か言葉を発しようとした。が、それを寸前でやめてしまった。普段から気弱で柔弱なはずの備中から、得体の知れない気配を感じたためだ。声なき声で曰く、


「……変わったな、強くなったのか」


 小野の戦死と佐伯紀伊守の追放が、備中を変えたのか。それだけではないだろう。主人鑑連の側でその姿を見続けて、感化されたに違いない。


 同じ様な事は、同席した幹部連みなが感じていた事でもあった。



 老中の新人事より前に、次なる出兵が決まった。筑前宗像郡の謀反に対して、総大将は再び戸次鑑連が務めることが発表された。

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