第387衝 豪鬼の鑑連
博多の辻を早足で強歩する鑑連一行。道中、内田は主人の耳へ進言を続ける。
「殿、秋月を斬りましょう」
「これは闇討ちではありません。殿は佐嘉勢と和睦をしたのであり、秋月とは何もない。そしてこの地、博多は国家大友の支配地です。首打たれたとして、当然のこと」
「秋月を斬れば、以後の筑前統治が楽になるはず。是が非でも、ここでヤツの命を奪いましょう。安見山で死んだ我ら同胞の仇です!」
極秘情報に従い活動中であるため、内田にしては小さな声で、だが幾度となく進言が続けられた。鑑連が首を縦に振らなかったためである。
珍しくも実に説得力を持つ内田の進言だが、すぐに秋月殺害を命じない鑑連の心情は如何なるものだろうか。備中は早足しながら考え続けるが、答えは出なかった。
博多の町を横断する形で早足で進むのだから、非常に目立ちそうだが、気づけば鑑連と共に進んでいるのは自分のみとなっていた備中。他の連中は分散して一箇所に集まるつもりなのだろう。そのうちに、櫛田宮の敷地に出た。
仏閣に比べると寂れており、見れば辻君らしき影があちこちに立っている。その中で悪鬼鑑連は実に目立つ。こんな様で闇討ちできるだろうか。
すでに内田や他の連中が配置についた気配だ。きっと、秋月種実が近くまで来ているのだろう。
すると鑑連、粗末な家屋の中に入る。備中にはどうみても、女郎屋にしか見えない。
急いで後を追うと、鑑連が啖呵をきっている。
「ワシの名前を言ってみろ」
主人の視線の先に男達がおり、その一人を凝視し続ける鑑連。年齢は小野甥と同じくらいか。ともかく、供も少なく、これが秋月種実ならここで斬り捨てれば、国家大友に安寧が訪れる。
鑑連の問いかけに、男は口を開いた。
「立花山城の戸次伯耆守鑑連だ」
「そうだ。良く知っているな。戸を閉めろ」
命が飛び、備中が閉めようとすると、外から戸が閉まった。内田が周りを包囲した。そして今、この家屋にいるのは自分と鑑連を除けば、四人の男たちである。
「なるほど。よく似ている。ワシが、総大将としてその首を打ってやった秋月親子にな」
殺気立つ男達。これはもう秋月の男達に違いない。そしてなんと、
「あれは弘治年間のことだったな、種実」
これが秋月種実か、と驚く備中。平和な頃の年始参り、秋月家だけは一度も当主を寄越さなかった。備中も見るのはこれが初めて……
「あ」
思い出した。目の前にいる男は、安見山の地獄から戸次叔父の亡骸を逃している時、迫ってきた秋月の追手の一人だ。あの時、当主自ら追ってきていたのか。
備中、一瞬秋月種実と目が合ったがこの状態。秋月も悪鬼鑑連から目を逸らすことは危険でしかなく、二人対峙する。が、鑑連が動いた。
「ひっ」
抜刀しようとした秋月武士の動きを、鑑連は急接近することで止めた。しかも、鑑連は秋月種実から視線を外していない。雑魚は眼中にない、と言わんばかりに、他の者を一切見ていない。
「この死に損ないめが!ワシが聞いているのだ。答えろ」
目が泳いでいた秋月種実、ばつが悪そうにして、口を開く。こじ開けられたと言った方がよいが、曰く、
「そうだ。弘治三年のことだ。だが、その仇は永禄十年にとった」
「ほう」
紛れも無く安見山の戦いのことだが、その指摘を投げられ、鑑連から殺気が飛ぶ。が、秋月は嗤った。
「私を斬れるか?私を殺せば、安芸の毛利家が動くぞ」
「もう動いているだろうが」
「裏でだ。表立ってはいない。そして未だ国埼の内乱は収束していない。安芸勢が表立って田原勢を支援すれば、面白いことになるだろう」
やはり、秋月種実は只者ではない。父兄の死後、苦労に苦労を重ねて今日の日を迎えているのだ。覚悟が違う様子だ。
「では、ここでワシを斬るかね」
「なに」
「ワシとこの下郎二人、貴様らは四人。千載一遇の好機だぞ。ワシが消えれば、筑前を切り取り次第できるかもしれん」
「いいや、斬らない」
「ほう、理由を言ってみろ」
「戸次伯耆守鑑連が消えるということは、佐嘉勢を押し止める者もまた消えるということだからだ」
「クックックッ!ワシについてその程度の価値は認めているわけか」
鑑連が嗤った。
「クックックッ、クックックッ」
低く、低く嗤う鑑連。備中が思うに、これは恐怖の予兆である。
「ワシを低くみおって、許さん。殺してやる」
鑑連がさらに前に出ると。鑑連に掣肘されていた武士がバタと倒れた。備中にも主人が何をやったかはワカらないが、残る秋月勢、三人とも身構えた。
「戸次伯耆守は鉄の扇で人を殴殺すると聞く!」
嗤った鑑連、鉄扇を備中へ押し付けて、
「下郎どもなど素手で十分だ」
そこからはあっという間であった。一人は鑑連に悪鬼の形相で睨まれて刀を落とし、さらに一人は勇敢にも刀を振るったが躱され、顔面を掌底打ちで迎撃されて地に沈んだ。これが古希も近い男の実力であった。
というのに秋月種実は刀を収め、なんと話を始める。
「待て」
「命乞いか。大したことのないガキめ」
「私を斬って、いや、斬ったとしよう」
「しようではない。斬るのだ」
「斬った後、どう宗像勢とやりあうのだ?」
「氏貞?関係ないだろうが」
悪鬼面の鑑連を前に、主張を為そうとする秋月種実は、肝が座っている、と備中感心する。
「関係ある。宗像郡には大友を憎む連中が大勢居る。ヤツらは不承不承戸次伯耆に従っているに過ぎん」
「今、氏貞は貴様らとも戦っている」
「大宮司とて全てを掌握しきれているわけではない。先般、直方川の左岸で騒動があったではないか」
「あのにゃおにゃおは貴様が仕組んだんだろうが」
「私は猫城の城主に書状を一通送っただけだ。隣人が何を考えているか、良くワカるからな。私が居るからこそ、戸次伯耆と宗像は親戚の縁を維持できるのだ。違うかね」
「違うな。それでは宗像を連れ、鞍手郡どころか、古処山まで火を放ちに行ってやる」
「やってみるがいい。あなたを殺したがっている筑紫広門が、意地でも背後を突くだろう。昨年あれだけ佐嘉勢に背後を狙われて、まだ懲りないのか。戸次伯耆守も大したことはない」
「このガキめ」
秋月の側はもはや絶体絶命にも見えるが、そうたやすく討ち取られるほど、この男は甘くはないのかもしれない。少なくとも、この丁々発止を鑑連が愉しみ始めているように、備中の目には映ったのであった。




