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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
388/505

第387衝 豪鬼の鑑連

 博多の辻を早足で強歩する鑑連一行。道中、内田は主人の耳へ進言を続ける。


「殿、秋月を斬りましょう」

「これは闇討ちではありません。殿は佐嘉勢と和睦をしたのであり、秋月とは何もない。そしてこの地、博多は国家大友の支配地です。首打たれたとして、当然のこと」

「秋月を斬れば、以後の筑前統治が楽になるはず。是が非でも、ここでヤツの命を奪いましょう。安見山で死んだ我ら同胞の仇です!」


 極秘情報に従い活動中であるため、内田にしては小さな声で、だが幾度となく進言が続けられた。鑑連が首を縦に振らなかったためである。


 珍しくも実に説得力を持つ内田の進言だが、すぐに秋月殺害を命じない鑑連の心情は如何なるものだろうか。備中は早足しながら考え続けるが、答えは出なかった。


 博多の町を横断する形で早足で進むのだから、非常に目立ちそうだが、気づけば鑑連と共に進んでいるのは自分のみとなっていた備中。他の連中は分散して一箇所に集まるつもりなのだろう。そのうちに、櫛田宮の敷地に出た。


 仏閣に比べると寂れており、見れば辻君らしき影があちこちに立っている。その中で悪鬼鑑連は実に目立つ。こんな様で闇討ちできるだろうか。


 すでに内田や他の連中が配置についた気配だ。きっと、秋月種実が近くまで来ているのだろう。


 すると鑑連、粗末な家屋の中に入る。備中にはどうみても、女郎屋にしか見えない。


 急いで後を追うと、鑑連が啖呵をきっている。


「ワシの名前を言ってみろ」


 主人の視線の先に男達がおり、その一人を凝視し続ける鑑連。年齢は小野甥と同じくらいか。ともかく、供も少なく、これが秋月種実ならここで斬り捨てれば、国家大友に安寧が訪れる。


 鑑連の問いかけに、男は口を開いた。


「立花山城の戸次伯耆守鑑連だ」

「そうだ。良く知っているな。戸を閉めろ」


 命が飛び、備中が閉めようとすると、外から戸が閉まった。内田が周りを包囲した。そして今、この家屋にいるのは自分と鑑連を除けば、四人の男たちである。


「なるほど。よく似ている。ワシが、総大将としてその首を打ってやった秋月親子にな」


 殺気立つ男達。これはもう秋月の男達に違いない。そしてなんと、


「あれは弘治年間のことだったな、種実」


 これが秋月種実か、と驚く備中。平和な頃の年始参り、秋月家だけは一度も当主を寄越さなかった。備中も見るのはこれが初めて……


「あ」


 思い出した。目の前にいる男は、安見山の地獄から戸次叔父の亡骸を逃している時、迫ってきた秋月の追手の一人だ。あの時、当主自ら追ってきていたのか。


 備中、一瞬秋月種実と目が合ったがこの状態。秋月も悪鬼鑑連から目を逸らすことは危険でしかなく、二人対峙する。が、鑑連が動いた。


「ひっ」


 抜刀しようとした秋月武士の動きを、鑑連は急接近することで止めた。しかも、鑑連は秋月種実から視線を外していない。雑魚は眼中にない、と言わんばかりに、他の者を一切見ていない。


「この死に損ないめが!ワシが聞いているのだ。答えろ」


 目が泳いでいた秋月種実、ばつが悪そうにして、口を開く。こじ開けられたと言った方がよいが、曰く、


「そうだ。弘治三年のことだ。だが、その仇は永禄十年にとった」

「ほう」


 紛れも無く安見山の戦いのことだが、その指摘を投げられ、鑑連から殺気が飛ぶ。が、秋月は嗤った。


「私を斬れるか?私を殺せば、安芸の毛利家が動くぞ」

「もう動いているだろうが」

「裏でだ。表立ってはいない。そして未だ国埼の内乱は収束していない。安芸勢が表立って田原勢を支援すれば、面白いことになるだろう」


 やはり、秋月種実は只者ではない。父兄の死後、苦労に苦労を重ねて今日の日を迎えているのだ。覚悟が違う様子だ。


「では、ここでワシを斬るかね」

「なに」

「ワシとこの下郎二人、貴様らは四人。千載一遇の好機だぞ。ワシが消えれば、筑前を切り取り次第できるかもしれん」

「いいや、斬らない」

「ほう、理由を言ってみろ」

「戸次伯耆守鑑連が消えるということは、佐嘉勢を押し止める者もまた消えるということだからだ」

「クックックッ!ワシについてその程度の価値は認めているわけか」


 鑑連が嗤った。


「クックックッ、クックックッ」


 低く、低く嗤う鑑連。備中が思うに、これは恐怖の予兆である。


「ワシを低くみおって、許さん。殺してやる」


 鑑連がさらに前に出ると。鑑連に掣肘されていた武士がバタと倒れた。備中にも主人が何をやったかはワカらないが、残る秋月勢、三人とも身構えた。


「戸次伯耆守は鉄の扇で人を殴殺すると聞く!」


 嗤った鑑連、鉄扇を備中へ押し付けて、


「下郎どもなど素手で十分だ」


 そこからはあっという間であった。一人は鑑連に悪鬼の形相で睨まれて刀を落とし、さらに一人は勇敢にも刀を振るったが躱され、顔面を掌底打ちで迎撃されて地に沈んだ。これが古希も近い男の実力であった。


 というのに秋月種実は刀を収め、なんと話を始める。


「待て」

「命乞いか。大したことのないガキめ」

「私を斬って、いや、斬ったとしよう」

「しようではない。斬るのだ」

「斬った後、どう宗像勢とやりあうのだ?」

「氏貞?関係ないだろうが」


 悪鬼面の鑑連を前に、主張を為そうとする秋月種実は、肝が座っている、と備中感心する。


「関係ある。宗像郡には大友を憎む連中が大勢居る。ヤツらは不承不承戸次伯耆に従っているに過ぎん」

「今、氏貞は貴様らとも戦っている」

「大宮司とて全てを掌握しきれているわけではない。先般、直方川の左岸で騒動があったではないか」

「あのにゃおにゃおは貴様が仕組んだんだろうが」

「私は猫城の城主に書状を一通送っただけだ。隣人が何を考えているか、良くワカるからな。私が居るからこそ、戸次伯耆と宗像は親戚の縁を維持できるのだ。違うかね」

「違うな。それでは宗像を連れ、鞍手郡どころか、古処山まで火を放ちに行ってやる」

「やってみるがいい。あなたを殺したがっている筑紫広門が、意地でも背後を突くだろう。昨年あれだけ佐嘉勢に背後を狙われて、まだ懲りないのか。戸次伯耆守も大したことはない」

「このガキめ」


 秋月の側はもはや絶体絶命にも見えるが、そうたやすく討ち取られるほど、この男は甘くはないのかもしれない。少なくとも、この丁々発止を鑑連が愉しみ始めているように、備中の目には映ったのであった。

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