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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
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第384衝 久々の鑑連

「鷹取山城の城主が動き出しました」

「反乱軍の動きは」

「特にありません」


 使命を果たせてホッと一安心の備中である。しかし、何かが気にかかっている。薦野が言うには、


「鷹取山勢が取り付いた猫城はさして大きな城ではありません。この戦いを期に秋月勢から離れ元鞘に収まれば重畳ですな。宗像大宮司に恩を売ることにもなります」

「そうだな。備中」

「は、はい」

「反乱軍どもの動きを調べろ、すぐにだ」

「しょ、承知しました」


 備中、鞍手郡に人を遣り情報を調べ、戻ってきた者から確認をして、報告をする。


「依然、動きありません!」

「そうか」


 鑑連がそわそわしている。それを見た薦野が、備中に尋ねる。


「香春岳城の秋月弟の動きも無しですか」

「く、ち、鞍手郡の方面へは、ありません」

「国東の戦いも、田原勢が固く篭城しているため、しばらくは動き無しです。誰もが慎重になっているようですね」


 引き続き落ち着かない様子の鑑連。居心地が悪そうだが、この不自然な様子からピンときた備中。話を動かしてみる。


「さ、佐嘉勢も筑後攻略に手間取っているとのこと」

「だからなんだ」

「今、殿が出陣すれば、さぞかし注目を集めるのだろうな、と……」

「備中貴様」


 怖い顔で睨みつけてくる鑑連だが、


「薦野。ワシが宗像の謀反勢を攻めた場合、世間は何と言うと思うかね」

「宗像大宮司殿に良き事なされた、と」


 即答する薦野がにこやかにしている。何か嘘臭さを感じた備中。薦野は鑑連の出陣を望んでいないのかもしれない。


「ここまで氏貞はワシに歯向かう気配がない。これからはワカらんが」


 と言った鑑連、少し考えた後、備中を見てニヤリと笑った。


「よし。ワシも鷹取山勢を支援しよう。そういう話だったろ。備中」

「は、はい」

「ただし、佐嘉勢への抑えもあるから少数で行く。薦野の隊で行くぞ」

「承知しました」


 引き続きにこやかな薦野。その柔らかい表情から、小野甥の爽やかさとは異質のものを感じる備中であった。



 裏切り者の城を攻めることについて、鑑連は宗像大宮司には伝えている。しかし、ここは大宮司に配慮して、宗像郡ではなく犬鳴峠を通過して、鞍手郡の道を行く。道中の主従。


「と、殿。若宮荘が近いですね」

「ああ」

「入田殿が」

「それがどうした」

「い、いや。猫城の裏切りを伝えてくれたのは入田殿だったなあ、と」

「だからなんだ」

「そ、その。て、手勢に加えられては……」

「備中」

「は、はい」

「今の提案、二度とするな」

「あ……」

「返事は」

「あ、あの……」

「おい」

「しょ、承知いたしました」


 断崖絶壁を思わせる鑑連の拒絶は大きかった。


 若宮への道を通過するとき、ふと風が吹き、飛んできた汚らしい布が備中の顔にかかった。それを振り払ったのち、備中は前に見た虹暈の光を見失っていた。



 筑前国・鞍手郡・猫城(現、中間市)


「森」

「は、はい」


 鷹取山城主が鑑連に平身低頭する。


「陣を置いているだけで、不熱心のようだな」

「い、いえ。そのようなことは……」


 鑑連の機嫌は悪い。


「猫城城主の裏切りの件、老中朽網の線から明らかになったことだ。ワシから宗像大宮司にも伝えてある。攻めるに際し、なんの躊躇がいる」

「ちゅ、躊躇など。そのようなことは……」


 この城主のへいこらを見ていると、ふと自分を見るようで胸が痛いが、ふとした時に見せるその視線は正気を保っているように、備中には見えた。


「城は陥落させずともよい。降伏させればいいのだ。その為にワシが来た」

「じょ、情報によると猫城への援軍が用意されているとかで……」

「援軍。どこからのだ」

「いやその、いやあその……」


 中々言い出さない。備中、心でにゃあにゃあ言いながら、耳を澄ませていると驚きの応えが。


「む、宗像大宮司殿……です」

「ほう」


 実は宗像大宮司が敵に回っているとすれば、これまでの協調関係は全て偽りだったことになる。が、どうも信じ難い。鑑連も今の意見を採用するつもりは無いようだ。


「まあとにかく攻めてみることだ。薦野」

「はっ」


 薦野が陣を出て行った。攻撃を開始するのだろう。


「森。そなたの隊はワシの指示で動いてもらおう」

「は……」


 備中の知る限り、この人物にこれまで大きな功績はない。鷲ヶ岳の大津留殿のように、義鎮公に直任された城主の一人である。よって、鑑連に動かされたことも、鑑連に命じられることも、我慢ならないところを忍んで耐えている様子である。使者役だった備中の顔も見ない。不愉快でいっぱいなのだろう。



 猫城攻撃が始まった。薦野隊が城の裏側へ周り、鷹取山勢が側面を攻める。鑑連は直方川寄りの地に陣を置き、それを悠々と眺めているような形となった。


 猫城は小さな城だが攻めにくい地形なのか、三日経っても城攻は覚束ない様子であった。が、鑑連は泰然としている。付き合いが長くなると、ワカることもある。鑑連は明かさないが、この城を力で落とすことは目的では無さそうだ。


 翌日、鑑連は本陣の兵を城攻に参加させた。本陣はスカスカになる。すると、


「申し上げます!宗像方面より敵です!敵援軍と思われます!」

「敵の旗指物は見たか」

「はい!一つ柏、宗像勢のものです!」

「仕込み臭いな。全て想定通りだからワシはここを動かんぞ。よってワシの隊は攻撃を継続せよ」


 強気な鑑連の下に、鷹取山城主が戻ってきて曰く、


「敵の援軍です!危険です!陣地を変えましょう!」

「やかましい!」

「ぐわっ」


 鑑連の喝撃をまともに受けて、吹き飛んだ。


「今、貴様の隊を指揮しているのはワシだ!移動撤退など許さん!」

「し、しかし!」

「まあ見ていろ」


 鑑連の視線に従って戦場を見ると、鑑連がどう指示したのか、薦野隊が宗像方面からの増援隊の進路と退路をあっという間に抑えていた。敵の方が数は多いはずなのに、である。


「す、すごい」

「昨年来、薦野は鞍手郡で暴れ回っているからな。威名が出来上がっている。そしてワシが来ているのだ。連中の士気など吹き飛ぶしかあるまい!クックックッ!」


 堪らず敵増援が下がっていく姿を背景に、鑑連の笑声を久方ぶりに耳にし、感無量の備中であった。



 数日後、猫城は降伏した。が、鑑連は降伏を告げる使者に対して、


「当地の処理は宗像大宮司がやる」


として、自身の家来を置かずに引き揚げを宣言。戸次勢はもちろん、謀反側も損害の少ない、鑑連の圧勝で終わった戦いとなった。


「クックックッ」


 鑑種の本領発揮とも言える電撃作戦だったが、


「大宮司殿は謀反人を処断しなかったようです。城主は入れ替えたようですが」


 と薦野は不服そうである。


「遠島、所領召上がせいぜいとは。氏貞の限界が見えたな」

「し、しかし。両家の仲は深まったのだと、存じます。こ、こちら宗像大宮司様からの御礼状です」


 自分の甘さを自覚しつつ、冷酷な二人に食い下がる備中を見て、鑑連は苦笑するだけであった。



 天正八年も春が過ぎ、夏がやって来た。

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