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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
383/505

第382衝 出抜の鑑連

 鑑連が発した檄文の続き、それは田北大和守の潔白と、敵の罠の存在について強く警鐘を鳴らすものであり、


「あの田北大和守が謀反だなんて、あり得ないと思ってたよ」

「よく言うよ。戸次伯耆守を敵に回すのが怖いだけだろ」

「まあまあ。豊後の大物たちは、軒並み田北大和守擁護に回っている。私もそうするつもりだ」


 という流れに落ち着いていたという。一方で、


「だが、田北は持ち場を離れ逃走した。裏切り謀反が無実でもこれは言い訳できんぞ」

「早く出頭させねば。田北の行方を探れ」

「それにしても今回は大友宗家の方々が兵を率いているからね。落とし所が何処になるか」


 と、事態の根本的解決は未達であった。


「……以上が小野様からのご連絡です」

「それで、小野は義鎮らの説得に至ったのか」

「い、いえ。中々難しいようで。義統公は府内におり、親……セバスシォン公は国東郡で戦闘中、依然義鎮公は津久見を動かないので、たらい回しにされてしまっていると」

「ワシが何の為に豊後のクズどもに書を送ったかワカるな」

「は、はい」

「なら言ってみろ」

「あ、圧力をかける為、かと」

「違う!」

「ひっ」

「圧力をかけさせる為、だ!小野のケツを鞭打て!義鎮の口から田北放免の宣言を出させろ、と伝えておけ!」


 鑑連も真剣だ。豊前方面の安定は鑑連にとっての死活問題。仮に豊前方面がさらに乱れた場合、兵力のさらなる分散が避けられなくなる。そうなれば筑前防衛はさらに不利となる。


 備中の発する言葉の鞭はやんわりしたものであったが、形を使い分け、小野甥は日々情報を送ってきてくれる。


「申し上げます!田北大和守様、豊後本領の地に戻っていたとのこと!」


 この紛争は回避できるか、と備中安堵の笑みを浮かべるが、


「しかしながら、現在こちら筑前へ向かって移動中とのことです!」

「こ、こちら。こ、この筑前へ?」

「はい!」

「もしや」


 と鑑連曰く、


「ワシを頼りにこちらに向かっているのか」


 あちこちに送りつけられた鑑連の書により、田北大和守は、自身を擁護してくれるのは鑑連しかない、と考えたのかもしれない。しかし、下郎としては万に一つが心配になる。


「だ、大丈夫でしょうか。田北様が筑前に入り、殿まで裏切りの汚名を被ることは……」


 が、鑑連は断言する。


「無いな。義鎮にしても倅どもにしても、そんな度胸は無い」

「で、ですよね」

「また、秋月がワシを罠に嵌めるにしても、ワシは寝返りや裏切り謀反を必要としない。それは万人が知っているだろうよ」

「で、ですよね!」

「だが、面白くはあるまい。特に義鎮はな」

「で、ですよね……」


 田北大和守が立花山城へ逃げてきて、鑑連は彼をどう遇するだろうか。秋月勢の謀略を差し引いても、その復帰には、義鎮公との交渉が必要になるだろう。許されないかもしれない。備中の心を読み取ったらしい鑑連曰く、


「その時はワシの幕僚として使ってやる。またそれも悪い話ではない」


 鑑連の評価は芳しいようである。人の正邪に敏感な鑑連が言うのだから、きっと悪い人物ではないのだろう。備中も家来として、鑑連の下に有能な武士が聚合していく未来を想像し、戸次家への帰属意識の高まりを強く意識するのであった。



 が、事態は急速に悪化する。情報発信のためなら費用を惜しまない小野甥、さらに書を送りて曰く、


「田北大和守、秋月種実の古処山城を目指して逃亡中、との噂が府内で盛んになっています……と、殿」

「昨日の今日でこれか」

「……」

「義鎮め。ワシと同じ結論に至ったか?」


 それはつまり、最悪田北大和守を自分が使う、と鑑連が考えたように、田原常陸領と一緒に田北領を奪えば一石二鳥、という考えに義鎮公が至った、ということだろう。


「小野様によると、田北様、ご一家を引き連れての逃避行とのことです」

「速水郡の領地が接収された時に、田北の家人が斬られたらしいからな。せめて家族は救おうということなのだろう。だが」


 となると、どうしても足が遅くなる。


「田北を保護する兵を出すか」

「し、しかし追手もある中では……」


 最悪、豊後国内で、もう一つの内紛が発生してしまうかもしれない、と不安の備中。ならば、と鑑連、


「土地勘もある問註所にやらせよう。すぐに使者を送れ」

「はい!」


 同じ国家大友の武士の命を救うために手を尽くす鑑連について考えて、備中はこの時ほど清廉な名誉を胸に覚えたことはないかもしれない。やはり、同じ仲間なのだから、良い関係にあって然るべきなのだ。


 これまで同僚との良好な関係構築を怠ってきた鑑連が、今、困窮している者に手を差し伸べている。それが私利私欲から出たとしても、備中には明るい材料に思えてならない。


「申し上げます。岩屋城からのお使者です」

「通せ」


 鎮理からの使者によると、鑑連の許可さえあれば、田北大和守を救うために岩屋城から騎兵を出す、ということである。


「鎮理なら上手くやるかもな。よし、認める。急いで手配せよ」


 使者は喜んで城に戻っていく。


「そういえば去年だったか、鎮理と田北は、鎮信の子を守るに際して協力し合っていたな」

「だからこそ見捨てることができないのでしょう」

「義鎮さえ余計なことをしなければ、こんな面倒にはならんのだがな」



 それから数日後、問註所家へ送った使者が戻って速報を伝えた。曰く、


「田北大和守様、追討を受け、お亡くなりになりました」

「……」


 事態の急展開に備中は言葉が出ない。


「確かか」

「はい。日田郡にて、討ち取られた、とのことです」

「誰が田北を始末した」

「朽網隊によって」

「あの老いぼれイヌめ!田北は自分の嫁の実家ではないか!」


 鑑連が顔に無念を滲ませる。備中が思うに何が無念かと言えば、鑑連の努力が全て無駄に終わったということであろう。


 天正六年の日向攻め以降、次々に人を失っていく国家大友は何かに呪われているのだろうか。あるいは反吉利支丹勢が指摘する天罰なのかもしれない。心にそんな感情が立った備中、問註所家の使者の表情にも、同じ感情の色を見た気がした。


 そして、立花殿が死んだときも感じた思いが、口を突いて出た。


「同国人殺しをやめられない国家大友に、明日はあるのだろうか」

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