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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
381/505

第380衝 泥縄の鑑連

 鑑連の檄文が功を奏したのか、それとも期が熟したに過ぎないのか、ともかくも国東半島で戦いが始まった。筑前の大友方はみな不安でいっぱいだ。


「田原家の謀反、噂じゃなかったんだな」

「本国豊後で内乱とは。一体どうなっている」

「前途多難も極まれりだな。あちこち敵だらけだ」


 もう少し事情に通じている者たちの噂話はこう。


「親家公もといセバスシォン公が総大将だと言うぜ」

「正式な田原宗家の家督として、出陣したらしい」

「田原殿養子御も、これまでか」


 そして幹部連の話。


「さすが殿だな。あの檄文に胸打たれぬ者無し、と言ったとこか」

「しかし、集まったのは万に少し届かぬ兵力だとのこと」

「大友宗家が攻めるのだ。田原家も大友血筋の家、幾人かは宗家に降伏するだろうさ。だろ、備中」

「そ、そうだね」


 檄文の効果かは不明だが、ともかく鑑連は大友宗家に助力を為したことになる。代償として何を得ることができるか、備中の関心はそこにあった。


 それよりも、備中が気にかかるのは、田原常陸と行動した永禄のあの日、共に過ごした田原武士たちが哀れこんな騒動に放り込まれたこと。多々良川で鉄砲隊を率いて来てくれた、あの田原武士はどうするのだろうか。小野甥が帰ってきた。


「戻りました」

「おお小野。ご苦労だな」

「早良郡の騒動は治ったか」

「大した騒動ではありませんでした。それより、豊後で内戦が始まったとか」

「うん、まあ、な」


 改めて内戦、と聞くと高揚も鎮む。内で争い合ってばかりの時代に、国家大友が逆戻りしてしまっているかのようであるから。


 広間に鑑連がやってきた。平服する幹部連。特に、久々に鑑連が主導権を発揮したと思っている内田の動きはキビキビしている。曰く、


「さすがは殿。書状一つで軍隊を動かすとは」

「クックックッ」


 ご機嫌である。久しぶりだ。佐嘉勢の問題は片付いていないのに、これでいいのか、と独り言ちる備中。同じ気持ちなのか、まだ甲冑姿の小野甥曰く、


「こんなことが可能なのであれば、もっと早くから、本国豊後の兵力を筑前へお呼び寄せになればよかったのでは?」

「それができたら苦労せんわ。今回、義鎮も義統もセバスシォンも、誰もが戦争を望んでいたからこそなのだからな。ワシはきっかけを与えてやったに過ぎん」

「身内同士の争いとなってしまいましたが」

「義鎮には早々にケリをつける責任がある」


 当然、戦いが早く終われば、傷口は小さくて済む。備中の狙いとしては、国東半島に集まった兵力の内、いくらかを筑前へ融通させることにある、と備中は見ている。


「総大将はセバスシォンということだが、まあ名義だけだ。実質的な指揮は田北大和が務めるしかあるまい」

「それはどうでしょうか、豊前の戦線を放置することはできません」

「こうなった以上、田原のガキが恃みとするのは実家しかない。実家の実家は秋月家。田北が現状を維持するだけで、田原のガキは保たない」


 それならばこちらの戦線に問題はないだろう。が、小野甥、さらに話を進める。


「ところで、肥後でも戦争が始まりそうな気配です」

「なんだと」

「近年、肥後では親薩摩となる潮流著しく、国内を二分するほどになっております」

「肥後の早生者どもが」


 吐き捨てた鑑連。


「長い時間をかけて菊池家を裏切ったものどもが相争うか。見苦しいことだが、志賀は何をしている」

「お父君の方で?」


 小野甥の生意気を前に、鑑連悪鬼面になる。


「薩摩派退治を阿蘇大宮司家に依頼したということです」

「そうではない。実質肥後を預かる者として、戦場に出ないのか、ということだ」

「全てを阿蘇家に任せて、御自身は国東の戦線へ向かわれたそうです」

「あの野郎」

「志賀前安房守様はなるようにしかならないとお考えのはずです。それとも、殿の檄文の効果ですかな」


 物事は表裏一体、と笑う小野甥。爽やかさも相まって冷笑的である。鑑連と志賀前安房守は仲が良いのか悪いのか、よくワカらない備中であった。


 だが、佐賀勢が筑後を侵食している今、肥後のみ維持したところでどうにもならないのほ間違いない。志賀前安房守という人物の切り替えの速さに、少し感心する備中、


「あ」


 ふと、冬の冷たい風が広間を吹き抜ける気配を感じた。風と共に心が静まる。


 天正八年に入り、多少は事態が好転した、と見ることができていた。宗像勢は国家大友方であることを明らかにし、秋月勢との戦いを開始していたし、佐嘉勢は筑後攻略に手間取っていた。全ての裏で動いているだろう安芸勢は、東から攻めてくる織田勢相手に苦戦を強いられ、劣勢であった。となると、彼ら安芸勢の代理人である秋月種実の動きも鈍くなる。


 田原常陸が世を去ったこと、その養子が攻められていることも、国家大友が再び力を結集するための礎とする、と鑑連のように割り切ることが出来れば、そこから得るものもあるだろう。この頃鑑連は家来へ良く言っていた。


「喪ったものを数えるな。残されたものを活かせ。昨年喪ったものも、いずれ取り戻せば良い」


 見れば、今もそう言っている。筑前に限れば、小田部殿、柑子岳城を喪失した。捲土重来をと言えば、


「ワシは敗れてはおらん!」


 と鑑連は憤慨するだろうが、国家大友のそれはこれから始まるのだと言えた。鑑連の表情から、そう信じることができたのだった。


 使者が走りやってきて、


「申し上げます!田北大和守様、ご謀反にございます!」


 という続報が届くまでは。

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