第379衝 檄文の鑑連
鑑連の執務室にて、主従は向かい合った。鉄扇を取り出して良い音を鳴らした鑑連、鋭く息を吐いた。
「備中。これから豊後の連中に向けた文書を作成する。気合を集中させ、書を認めろ」
「は、はい!」
ビシ、と筆を構えた備中。口述が始まった。
「一つ。ワシは今、鎮理らを従え、実力を持ってこの筑前を維持している。此度田原の養子の謀反が確実となった。これを退治する旨知らされ、方々に書を発するものである」
「え!」
田原右馬頭の謀反は確定ではないはず。そこまでの知らせはどこからも来ていない。こんな事を書いて良いのだろうか。が、鑑連の目は超真剣である。迷いの影などあるはずもなし。下郎としては従うのみである。
「一つ。妖怪ジジイと鑑理が死んでから、国家大友には良いところがまるでない。あの二人も能無しに近かったが、今の連中はそれより酷い。クズどもからさえも数多噂される程に落ちぶれ、秋月種実のような死に損ないにすら舐めたマネを許している。これは吉利支丹に現を抜かす義鎮にこそ原因がある。反省して、、古来よりの宗門に立ち返り、天の声に従って道を進まねば、罰当たりと笑われ続けるに違いないのだ」
鑑連節全開だが、そのままに認める事など鑑連は望んでいないはず。森下備中、苛烈を極める鑑連の言葉を、意味を維持しつつ、聞くに堪えられる内容に換えていく。吉岡、吉弘への言及についても、良き思い出を胸に抱きつつ。
「一つ。家督についてだが、教育が良くなかったのか、素質を気取っているのか、ともかく徳を持って政を行っている、と噂になっている。耳触りは良いが、これは青二才に許される行為ではない。徳による振る舞いは極めて高度なものなのだ。その行いに誤りがあり、日々繰り返される見栄っ張りで甘い対応を取れば、裏切り謀反が続くは必定。よって、ワシら責任ある立場を有する者どもは、諫言せねばならん。遠慮無く、容赦無く。この書状は貴様ら腰抜けを罰する鞭と思え」
鑑連の口調がいよいよ激しさを増し、聞く者に痺れを伴うものになってきた。
「一つ。豊後武士であれば、直ちに田原の養子を攻めるべし。市井の者は口々に宣う。全ては奈多のガキの過ぎた振る舞いのせいである、田原常陸が気の毒だった、と。愚か者!」
いきなりの大声量にびっくりして、膝の上に筆を落としてしまった備中。急いで拾て所定の位置に戻る。発雷の度に、筆が震える。
「この後に及んでは攻めなければならん。戦え、火をかけろ、全て奪いされ!これは罰である!それが全てに優先する!田原の養子が逆心は明白!裏切り者は皆殺し!皆殺しだ!徳治を衒って裏切り者を救ったとして、国家大友に何の利益があるだろうか!まして、田原の兵は手強い。楽に勝てる相手ではない!相手に考える間を与えず、速攻で倒すべし!」
備中にはようやく理解できた。これは決起を促す書である。確かに、豊後の奥地にはまだ兵が温存されている。それをこの期に引き出そう、というつもりなのだろう。
「一つ!府内と田原の城は菡萏の海を挟んで目と鼻の先。よもや大友家督が府内を離れ、敵から離れることはあるまいが、府内を出てより敵地に近づくならば、家族家来どもをみな引き連れて威風堂々と行くべし。国家大友の家督はとかく戦さ場から遠い。悪しき伝統である。必要なのは、目前で敵を臨み、ガンガン命令を発することだ。戦え!とな。大友家督が父親と同じような振る舞いをしてはならん。つまり、曖昧かつ気まぐれ臆病な誤魔化しに走るは、必敗の策!それは日向にて顕れただろうが!もうそれで十分だ!繰り返してはならん!」
備中の腹が鳴った。鑑連の威圧に、腸と胃がどうにかなりそうであった。
「一つ!志賀の親父の方について。先般、誰の差し金か、ワシから援軍の肥後勢を取り上げやがったな。何か、悪い噂でも聞いたのか。クックックッ!いずれ、その首根っこを押さえて尋問してやろうかと思っているが、この国家の危機だ。反省してワシに協力するというのなら許してやっても良い」
やはり肥後勢を取り上げられた事を根に持っている、と安心した備中。恨みは絶対に忘れないのが主人鑑連その人である。備中はふと、あの明るい肥後武者を思い出した。あの人物がいるときは、楽しかった。
「一つ!田原のガキを始末しろ!」
繰り返しか、と思う備中だが、
「吉利支丹の神が何と言っているかは知らんが、当地箱崎の占いによると、速攻が大吉と出た!よってワシは家督に進言する!早く攻め込むのだ、と!吉利支丹の貧乏神から離れる好機を天が与えてくれている!クックックッ、貴様らが大好きな天の徴だ!」
と微妙に異なる内容である。なるほど、鑑連が吉利支丹、というか宗門についてどう思っているのか、これほどワカりやすく表せる言葉はないな、と感心する備中。勢いも乗り、筆がさらさら進んでいく。
「一つ!家督の側近が名ばかり老中どもの讒言で失脚した旨、伝わってきている。大友血筋の武士どもが、同じ大友血筋の足を引っ張る。いいねえ、壮観である。ワシが家督の近くにいることができれば、こんな間抜けな人事は許さんのだがな!第一、戦に勝てない老中に何の価値があるか。全員クビにしたほうがいい」
本国の混乱ぶりを知らせる話は数多ある。それを含める以上、現在府内や臼杵といった中心に居ない層に訴えかける面もあるに違いない。次はその極付だった。
「一つ。ワシの甥へ伝える。鎮連よ、ワシに恥をかかすなよ。貴様は本国豊後における戸次勢の頭。当然この書を叩きつける先の一人だが、田原攻めに躊躇すれば、甥だろうが許さん。覚悟しておけ」
この条について、鑑連の声が静かに変わった。休松の戦いで命を落とした亡き弟を思い出しているのだろうか。ただし、鑑連の鼓舞に対して、同じく戸次一門の長が立ち上がらなければ片手落ちにもなる。備中には、これが最も鑑連の思いが込められた条に感じられた。
「最後に。短いがこの書を読んで反省した者は直ちにワシ宛に返書を認めること」
鑑連が言葉を結んですぐ、備中は筆を放り投げ、書を鑑連に捧げた。受け取った鑑連は、凄まじい速さで目を走らせ、校了を出した。直ちに近習衆が集められ、檄文は筆写されていく。その日の内に、立花山城から走り出た十数騎、勢い良く本国豊後へ向かっていった。




