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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
377/505

第376衝 垂範の鑑連

 冬のある日、唐突に幹部連を集めた鑑連曰く、


「許斐山城を攻める」


 それはつまり、宗像大宮司領に侵攻する、ということである。大宮司の妹を側室、というより人質にとっているのに、その必要が生じたということか。


「この城が、秋月や麻生らと繋がっていたことが確定的になったのでな。懲罰をくれてやらねばならん」

「殿」


 小野甥が前に出る。


「佐嘉勢との戦いにおいて、大宮司殿はずっと殿を支援しています。よって、貴重なお味方を失うようなことは避けねばなりません」

「それもワカっている。だが、氏貞の家来がワシに逆らうということは、氏貞自身にも背くということだ。放置することはできまい。よって、氏貞には事前に伝えてある」

「じ、事前に」


 いくら言うことを聞かない家来とは言え、事前に伝えれば仏心が生まれるものではないか。


「クックックッ、ワシは本当に慈悲深いな。氏貞が家来の身を案じる前に、許斐山城を攻める」

「つまり、奇襲ですね」

「すでに、薦野が配置についている。ワシらはその後詰めだが、時間をかけ多くの兵を用意する必要はない。これより直ちに出発する」


 武士とは行住坐臥生きるか死ぬか、とは良く言うが、それはこう言うことだなあ、と無心に呟く備中。文系武士だが、鑑連に従い出陣する。


 が、鑑連が許斐山城に着く前に、城攻めは終わっていた。城主は逃げ去ったが、


「薦野、良くやった」

「殿、ありがとうございます」


 夏以来に見た薦野は精悍さが増している。殺しても死なない人物とはこの者を言うのだろうな、と独り言ちる備中。


「城主は生かしたままです。大宮司殿の下へ逃げました」

「予定どおりだな」


 幹部連を振り返った鑑連曰く、


「これまで氏貞はワシらを裏切らなかったが、今後はワカらん。その性根を計る良い機会でもある」

「つ、つまり許斐山城主をどう処するか、で大宮司様の本心が知れる、ということですか」

「そうだ」


 自信満々に言い放つと言うことから、鑑連は、宗像大宮司が裏切るとは露とも思っていないはずだ。しかし、こんなことをしてもよいのだろうか、という罪悪感に似た気持ちが備中の胸に起こってくる。妹まで人質に差し出しているのに、兄の苦悩を思えば胸が痛くなる。


「さて、この許斐山城だが、薦野」

「はっ」

「この度、遠賀の麻生勢を追い、鞍手郡を引き締め直した功績は大である。よってこの城、そなたに任せるしかあるまい」

「はっ!ありがたき幸せにございます!」


 大宮司の言うことを聞かない家来を追ったのなら、大宮司に返すのが筋な気もするが、鑑連がそう決めた以上、それで確定だろう。



 だが、事態の主導権を、鑑連はまだ握れているのだろう。正月、立花山城を宗像大宮司が訪れ、大宮司曰く、許斐山城主を遠島に処した、と鑑連へ直接報告し、鑑連は頷いてその処置を承認した。


「当方確認によれば、秋月種実の家来が許斐山城に入っていた、ということだ」

「はい。聞き及んでおります」

「これは明白な裏切り行為である。大宮司殿、そう思わないかね」

「はい。申し訳ないことです」


 本当に申し訳なさそうに、鑑連と向かい合う宗像大宮司だが、鑑連自身はこの件を追及するつもりはないようだ。


「許斐山城主だが、聞けばこれまでも宗像家に逆らうことも一度や二度ではないという。こういう不平勢力は徹底的に叩くべきだ、とワシは思う。なんならワシの力を貸しても良い」


 鑑連は宗像郡を我が物にして、今後の戦を有利に進めるつもりだろうか。しかし、


「無論、氏貞殿が欲するのであればだがな」


 宗像郡は力のある土地。鑑連単独での平定など、今は現実的ではないはずである。


「恐れ多いことですが、国家大友の力、いずれ恃むことあるかもしれません」


 宗像大宮司は礼節だけでなく現実を弁えている。安芸勢の支援により、佐嘉勢、秋月勢が暴れまわろうと、すぐ近くに鑑連がいる以上、今、逆らうことは破滅に繋がると承知しているようだ。鑑連と宗像大宮司家が全面戦争に突入すれば、取り返しのつかないことになるだろうから。


「その国家大友の力だが」

「はい」

「若宮の地に新たな者がやってくる。入田丹後守という」

「入田丹後守」


 さすが宗像大宮司。入田という名を聞いて、頭の中で国家大友の歴史を再確認したようである。


「そう。国家大友、先々代の頃の罪人の倅だ。この度、復帰が許されることとなった」


 鑑連自身、その決定に一切関わっていないが、そんなことは口にはできない。


「それにしても」

「はい」

「松の内にこの城を訪れてくれる者も少なくなった」

「……」

「氏貞」

「……はい」


 なんと、宗像大宮司にこの呼び方。妹が側室となっているとは言え、ありえないのではないか。備中はハラハラが止まらない。大宮司自身も不愉快千万のはずだ。


「ワシはそなたには悪いようにはせんつもりだ。謀反人どもとの戦いにより、宗像家の声望を伸ばしたいというのであれば、助力は惜しまん」

「はい」

「許斐山の城はワシが抑えることとなったが、周辺の農村は返す。そなたの為に」

「ご温情、感謝いたします」

「以後もよろしく頼む」


 備中、今度は主人鑑連のこの台詞に驚愕である。あの主人鑑連が人に物を頼むなんて、それこそありえない話である。


「では」


 宗像兄妹のために面談の場を設けた鑑連。大宮司妹が呼ばれ、その間に戸次、宗像の家来衆は席を外す。


 顔を上げ、立ち上がった備中、ふと宗像大宮司と目が合った。その時に感じた色は、備中が心配する程、懸念や屈辱に揺れてなく、むしろ淡々としているものであった。


・12月、肥後勢の幾人か、薩摩勢へ接近(城、名和)

・田原親貫、不穏な動き。安芸勢と同盟

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