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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
376/505

第375衝 流浪の鑑連

 鑑連との話を終えた門番を麓まで送る備中。


「お、お疲れ様でした」

「いや、ついてた。まさかあの戸次様とあんなに話が出来るとは、思いもしなかったから」


 と門番は嬉しそうに興奮冷めやらない。


「昨年の日向では大変だったようですね」

「本当に、酷かったよ。士気とか戦略とか色々あるんだろうが、薩摩勢は強かった。私も先代をみすみす死なせてしまったし、吉岡家はボロボロだよ」

「そう言えば、あ、兄君はお元気ですか」

「ああ、相変わらず」

「日向攻めの前に、府内でお世話になりまして」

「おお、それは何よりだ」


 その折、門番兄は門番の信仰に対し、露骨に嫌悪を示したが、この弟はそうではなかった。


「幸い、兄は日向へは行かなかったんだ。それでも、一度に多くの人が死んだ吉岡家の為に奔走して、大変だったようだが」


 この兄弟の苦労の程が忍ばれる。戸次家勤めで良かった、との境地にたどり着く備中。ここで言を弄して曰く、


「あ、兄君も吉利支丹とお親しいのですか」

「どうして?」


 しまった。聞き方を間違えた。備中は焦り、


「い、いやそ、その。府内では吉利支丹に対して辛辣でいらしたので」


 と、さらに文脈怪しい質問になってしまう。それでも門番は苦笑いしつつも答えてくれる。


「なんだ、知ってるくせに。その通り。信仰の話では我ら兄弟意見が合わないんだ」

「な、なるほど」

「永禄の頃はこんなことは無かったんだ。私が吉利支丹を信仰しても、お前も流行を追うね、と笑われる程度だったのに」

「そうなんですか……」

「先程戸次様にはああ言ったけど、あの方の言う通り、吉利支丹宗門には他の人に警戒される何かがあるんだろうなあ」


 意外に冷静な門番の精神状態に、ちょっと驚いた備中。鑑連との面談時は吉利支丹を代表して、気負っていたのかもしれない。


「備中殿はどう思う?」

「そ、そうですね」


 かつて信仰を問題にしたことすら無い備中。少し考えてよくワカらず、思ったままを適当に答える。


「き、吉利支丹は人を良き容に導くとのことで……」

「うん、そうだ」

「同じようなことを禅宗も言っていますから、まあ、そ、その、仲良くやれればと思います……」

「そうか」


 最も、鑑連なら同じようなことを目指しているからこそ、諍いが生じるのだ、とでも言いそうである。


「あ、ただ義鎮公が新しい世を創られる、というのは、なんだか凄く壮大なものを感じました」

「いや、私が思っているだけだよ。宗麟様の言行から、そう感じる節があるんだ。もっとも、それが門徒達の願いでもあるけどね」

「それだけ多くの方々が願うとは、凄いですね。新しい世を創るということは、戦だけが全てでは、という気がします。もちろん、戦になれば勝たなければいけないのでしょうが」

「さて、それはどうかな」

「えっ?」

「つまりこう言うことだよ」


 門番は備中から目を外し、空を見上げて曰く、


「我々吉利支丹門徒は、とどのつまりデウス様のために死ねれば本望なんだ。だから、英雄的な出来事があればさらによし」


 よく理解できない備中。その時、過去の記憶を辿り、言葉が口を突いて出る。


「……神の恩寵に気づき、良き生き方をすること」

「おや」

「えーと、神は良き魂を評価し、死後、安寧と愛とを……ええと」

「備中殿、吉利支丹宗門を知ってるじゃないか。さすが戸次様の側近だ」

「い、いや。前に、末次屋という商人が連れてきた南蛮人が、殿の前で話したことをちょっと覚えておりまして」

「末次屋か。色々言う人もいるが、あの方は立派な吉利支丹だよ。それにしても、いやあ、素質があるよ備中殿。吉利支丹に興味ないかね」


 門番の声と目が輝いてきた。が、この話は、末次屋が鑑連に泣かされた、というオチがある。そこまで話をすると、


「ま、まあ。さすが戸次様だね」


 と苦笑するしかない門番であった。


「私も吉利支丹のはしくれ、デウス様の教えが広まればよいと常々思っている。興味があれば、いつでも声をかけてくれ。宗麟様のお言葉ではないが、民草のためではなく、門徒のための世界ならとっくに完成しているのだ。居心地が悪いということはない」

「そうなんですね」

「ああ。学ぶ場所も、修練所も、そして、信仰が試される時も」


 どことなく遠い目となる門番。二人はしばらく無言で歩く。吉利支丹宗門であることも、色々あって大変そうだ、と思う備中の視線に気が付いた門番、軽く笑う。


「と言っても、なかなかピンと来ないかな」

「い、いやまあ」


 その後、信仰の話はそこそこに道を進む二人。当初出会ってからもう二十数年経っているが、戸次家と吉岡家に仕えた、という共通の思いから、話題は絶えない。素直な談笑から相性の良さを自覚し、その縁に感謝する備中であった。


 そんな相手について今更ながら、本日初めてその名を知った森下備中。山を下りきり、頭を下げた。


「柴田殿、どうぞお元気で」

「ありがとう。筑前は特に大変だろうけど、お互い元気にまた再会しよう」


 吉利支丹の人間とも親しくなれるのだ。国家大友分裂の理由が、吉利支丹にのみあるとは必ずしも言えない気がしてきた備中。やはり義鎮公の君主としての振る舞いに問題があるのか、などと考えつつ岩屋城内へ戻るのであった。季節もすでに晩秋。辛く苦しい天正七年も終わりが見えてきた。



 冬が近づくに従い、反乱軍の動向も収束に向かい始めていた。束の間のものであったとしても、戦い尽くしの大友方にとってはようやく到来した冬である。鎮理は、鑑連と佐嘉勢の和睦を、鑑連は誾千代の婿取りを願いつつ、未だそのどちらも結実を見ていない。が、意の強い鑑連はそれで十分と考えたのか、とりあえずそれ以上催促することなく、立花山城へ帰還するのであった。

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