第374衝 審問の鑑連
「ところでだ。吉利支丹」
と、急に切り出してきた鑑連。この門番が十字の仕草を為すことを知っていたかはワカらないが、
「その後の吉利支丹宗門の動向について吐け」
「は、吐けとは」
「日向の敗戦は吉利支丹宗門のせいで起こったことだ、という風聞がある。当然知っているな、吉利支丹」
「……」
門番は顔を伏せた。非難される側なのだから当然知っているだろうが、それは承服しかねる、という気骨ある姿勢だ。鑑連はフン、と鼻を鳴らした。
「ワシが思うに、真偽など今更どうでも良い。だが、吉利支丹を憎む風潮が広がるとともに、吉利支丹宗門の結束も固くなっていると聞く。比してな」
「そ、それは」
「事実、義鎮やその家族は未だに宗旨替えをしていない。聞く限り、距離を置いているのは義統くらいかな。伴天連どもにしても、まだ豊後から逃げ出さず踏ん張っている。それがまた、反感を煽っている」
「……」
「貴様を吉利支丹だろう。だから、この宗徒どもが何を考えているのか、聞かせてもらう。義鎮は元より、貴様ら吉利支丹はかくも惨めな状態になっているのに、何故宗旨替えをしないのか」
黙って座り続けている鎮理も感心があるのだろう。ジッと門番を見据えた。そしてこの吉利支丹はゆっくりと顔を上げ、堂々と口を開いた。その目には希望が漲っているようにも見えた。
「戸次様ご指摘の通り、我らかくも惨めな状態に到ったからこそ、守らなければならないものがあるのです」
「それは、信仰と言うものか」
「はい。今、国家大友の周囲は敵ばかり。都を制した織田右府が、我ら吉利支丹に親しいと言う話は広く聞こえて来るものの、都は遠く、吉利支丹は宗麟様……フランシスコ様の下に集まる他無いのです」
悲壮な口調であったが清々しさを感じる。これまで名も知らなかった門番の見えざる面に、備中は感銘を受ける。
「さらに国家大友においても吉利支丹を憎悪する者数多く存在します。この危機的状況において、我らどうして我ら自身を見捨てることなどできましょうか」
感動的な口調であるが、鑑連には効果は無いだろう。
「吉利支丹はここ数十年の短い期間に出現した新興宗教だ。そもそもからして、吉利支丹が現れさえしなければ、国家大友の分裂は避けられたのではないかな」
「お言葉ですが、戦争と内戦ばかりであった国家大友は常に分裂していた、とも言えます。日向攻め前は、数年来の平和な時期でした。吉利支丹宗門と親交を深められた、フランシスコ様のお力によるのではないでしょうか」
「クックックッ。吉利支丹でいみじくも知恵ある者はみなそう言う。では、分裂の度合いが深まった、と言い直そう。吉利支丹を批判する意見には、国家大友を守るため、国家を本来あるべき姿へと戻さねばならない、というのがある。それが主君の務めではないか、とな。しかし、義鎮は頑なであり、吉利支丹宗門から離れようとしない。何故だろうか」
「誰しも心に渇きを覚えているものです。徳による国家運営に資した、ということ以外では、フランシスコ様の渇きを癒したのが吉利支丹宗門であった、としか、私には言いようがございません」
「ならば貴様はどうだ?」
備中思うに、この問答において、鑑連の口調は極めて普通である。博多で偽伴天連と会談をした時と同じに。
「ワシの記憶では、貴様はかなり前から吉利支丹宗門であったはず。宗門の善し悪しを知り尽くしているだろうが」
しかも鑑連は、この門番のことをしっかり覚えていたようだ。こんなカマ掛け、人の悪さも通常通りである。
「申し上げます。己の未熟を知り、人を良い容に導く吉利支丹宗門の教えが、私には深く納得できたからでございます。伴天連殿は遥か遠方より、その教えを広める為だけに豊後に来たのです。彼らの勇敢さは武士に匹敵し、さらに高僧を凌駕する多くの知識を備えている。彼らこそ真の勇者です。確かに日向の敗北はありましたが、これは吉利支丹宗門の敗北でなく、国家大友の敗北です」
「伴天連らの勇敢無謀はワシも認める。だが、その存在が国家大友を分裂させ、そのため戦場で不覚を取り、貴様の主人は死んだのではないか」
「戸次様は分裂と仰いますが、それは吉利支丹とそうでない者、の分裂ではありません。吉利支丹と、吉利支丹を攻撃する者とへの選別なのです」
「選別。選別したのは誰かね?」
「デウスです」
「ワシは吉利支丹では無いし、貴様らを弾圧したことも無いぞ」
「はい。戸次様はこれまで吉利支丹に対してご好意を示されたと、考えています」
「そんなことはしておらんがな」
「我ら博多の伴天連様から伺っております。弾圧をしない方はみなお味方です」
「なんとも強引な論法だ」
苦笑する鑑連だが、吉利支丹宗門の中で、鑑連が口の端に上ることがあるようで、備中はその内容が気になってしまう。
「吉岡家先代の死は、吉利支丹宗門とは関わりないことです。信仰とは別に、薩摩勢は精強でした」
「そうか」
鑑連は国家と信仰を巡る件ではそれ以上の追撃はせず、話を変える。
「先ほども話に出た織田右府だが、吉利支丹に親切ではあるが自身が吉利支丹ではないと聞くが」
「はい。私もそう伺っております」
「伴天連からか?」
「はい。伴天連様は直接会ったことがあるそうです」
「ならば間違いないこととして、義鎮と比較してみろ」
「フランシスコ様と織田右府ですか」
「色々言われる織田右府だが、主君としての正しい振る舞いを十分に心得ているからこその吉利支丹との付き合いでは無いだろうか。付かず離れず。しかるに義鎮はどうだ。高い地位にありながら己の心の問題を優先して、家臣領民を蔑ろにしている、とも言えるだろう」
「畿内はまだ吉利支丹門徒の数も少なく、とるに足らないものだからでしょう」
「ほう、そんなに違うのか」
「はい。日本ではこの豊後が一番です。そしてだからこそ、フランシスコ様は新しい世を創設したいのだと私は考えます」
「それが日向攻めだろ?なら、日向の敗戦は吉利支丹と関わりが無い、という貴様の意見は間違っているということになる」
門番はまだ何かを言いたそうにしていたが、平伏して口を閉ざした。鑑連との宗論は避けたいようだった。門番の悟性に敬意を示したかのように、鑑連は述べる。
「ワシは義鎮を、あれが幼少の時からよく知っているが、大それたことを考えられるような男ではない。怠惰で粗雑で、本来もっと軽薄な男なのだ。それが」
「恐れながら、それは戸次様がフランシスコ様のことをよくご存じでは無いのだと私は考えます」
「そうかな?」
「私の知るフランシスコ様は、分け隔て無く優しい、思いやり深い方です。また、大きな理想もお持ちです」
「そうか」
少し、鑑連の顔が寂しげになったように、備中には見えた。
「貴様にワシの意見を述べよう。世の言う通り、吉利支丹宗門の存在が国家大友の分裂を深めた。これは間違いない。なにせ貴様らは諸事につけ、批判的だからな。そりゃ反感も買う。ワシにはそれが良くワカる」
「はい……」
その場の全員の視線が備中に向かった。うっかり返事をしてしまったためである。鑑連は続ける。
「なんにせよ今、義鎮の倅ども分裂している。貴様らから離れる者と、より貴様らに喰い込む者だ。家督は義統が継いだが、義鎮が吉利支丹から離れぬ今、セバスシォンにも芽が残っている……かもしれない、ということになる」
鑑連指摘の通り、国家大友はさらに分裂する危険性を孕んでいる。
「貴様は今、吉岡の下とは言え大友宗家の近くで働いているのだろう。それであれば、長男次男の諍いを知らないはずがない。それでも、吉利支丹が国家大友の分裂の原因でない、と言えるのか」
門番は黙っているが、何かを考えているようでもある。
「聞け」
「はい」
「聞いているのか」
「は、はい」
平服する門番に、鑑連は恐ろしげな声をだす。
「貴様の言う通り、ワシはこれまで吉利支丹を邪険に扱ったことはない。邪険には思っていたがな」
「はい」
「だが、もしもいたずらに分裂を進ませワシの邪魔立てをするに至った場合、ワシは吉利支丹にとって最大の敵になるぞ」
「は、はい!」
迫力に押され、額突く門番。彼には、鑑連に対する心的外傷がある。それが呼び起こされたのかもしれない。
「必ず吉利支丹全員をインヘルノへ叩き落としてくれる」
地獄を意味する南蛮語を吐いた鑑連を、驚いた風に見上げた門番。
「宗家の兄弟不仲がこれ以上進まないよう、上手く取り持て。ワシとの友誼を望むのなら、それが絶対の条件だ」
「しょ、承知いたいました」
希望を与えられた門番は姿勢を正して、述べた。
「危機にある国家大友を支えるため粉骨すること、ご兄弟和解のために務めることを誓います」




