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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
372/505

第371衝 朗景の鑑連

 鑑連の諮問を受けた時になぜそう回答したか、備中自身も心の整理が付いていた訳ではない。相手が田原右馬頭ならば、大幅な兵力の増強が見込めたし、小野甥が言うように反乱諸将の誰かが相手であれば、筑前の防衛の役に立っただろう。岩屋城の吉弘一門ではどちらも見込めない。


 では、得るものもあるとして、それは何か、である。先代の鑑理は義鎮公の妹を正室とし、鎮理はその子である。よって、この婚姻で戸次家は宗家と深く繋がることになる。こういった結縁を有難がる鑑連ではないが、義鎮公と鑑連の間がぎこちない中で、これは大きな利点になるかもしれなかった。つまり、鑑連から宗家への歩み寄り、と見なされれば最良の結果であろう。


「備中、岩屋城へ行くぞ」

「う、内田が破れましたか?」

「クックックッ、内田も指揮の経験を積んでいる。そう簡単には敗北はしない。そうではなく、誾千代の婿取りの件だ」

「も、もう話を進めるのですね」


 呆れ顔の鑑連である。


「話を進めるも何も、鎮理の承諾を得ていないだろうが」

「あ、ああ、た、確かに」


 鎮理もすっかり鑑連の家来になった気分でいた備中である。だが、断られることはあるまいと思う。


「で、では傅役殿を呼んで参ります」

「いや、まずは意向の確認をする。それからだな」


 ということは、難色を示されたり、断られることも考えているのであろうか。鑑連にしては慎重であるように見える。



 出発の用意をする備中、ふと視線を感じて、周囲を見ると、誰か廊下の遠くからこちらを視ている。誾千代だ。


「御前……」


 備中、近づき平伏しようとするが、視界から外れた次の瞬間、誾千代は身を翻して足早に去っていった。


「あ」


 これまでこのようなことがなかった備中。胸に寂しさを覚える。だが、婿取りを歓迎していない、という誾千代の意思表示ではないか。彼女は女であるが紛れもなく立花家督なのであるが、その実態は鑑連無しには維持され得ないということを、幼い身ながら思い知らされたのではないか。普段、かしずく家来たちも、所詮誾千代の後ろに鑑連を見ているだけであるのだから。


 誾千代について考えるとき、常に増吟が脳裏に浮かんでいた備中だが、この時はそうではなかった。むしろ、戦争と権力に翻弄される少女の心中を、案じるのみであった。


「備中、遅いぞ」

「し、失礼しました。用意整いました」

「なんだその面は」

「え、えっ」

「ガキに泣かれたような顔だ」


 嫌に鋭い鑑連である。


「そうだ備中。貴様の倅だが、藤北から筑前に呼び寄せろ」

「は、はっ?」

「一人でも多くの兵が欲しい」

「はっ。し、しかし倅は鎮連様にお仕えして……」

「鎮連にはワシから行っておく。速やかに呼び寄せろ」


 これは断ることはできない、と観念した備中。


「しょ、承知しました」

「だいたい貴様は息子の将来を考えているのか。ワシの下で経験を積ませた方がいいに決まっている」

「は、はい」

「それにもはや豊後は安全な地ではないのだ。何処にいても、危ない時は危ない」


 図星を突かれ、またもドキリとさせられる備中であった。


「倅を案じる気持ちもワカらんではないがな」



 岩屋城表。


 今回、秋月勢は岩屋城、豊満山城の南に位置する小さな山に陣取っている。急ぎ鷲ヶ岳城から戻ってきた鎮理、城外の陣にて迎撃を指揮している。両軍膠着しているが、共に軍勢の乱れはない。ずっと戦い続けているのにどちらも大したもの、と備中感心する。


 鑑連はずかずかと陣に入ると、真っ直ぐ鎮理も含め諸将を蹴散らして、たぶん鎮理ようの床几にどっかと腰を下ろした。


「これは戸次様」

「秋月の相手は楽だろう。引いたり逃げたりばかりだからな」

「はい。とは言え、情報によると、豊前にて本国からの援軍を破ったということです。油断はしないつもりです」


 鑑連は、事態を嘲弄するように鼻を鳴らした。


「破れたのは朽網の隊だ。老いぼれた武将が堕落した兵を率いていた。誰でも勝てる」


 同意せずに頭を下げる鎮理。どうやら鑑連節の復調は伝わったと見える。と、高橋武士らは鑑連と鎮理を残し、スッと陣から出ていった。見事な配慮だが、今度は備中の居心地が悪い。


「膠着しているようだが」

「はい」

「内田の隊もいる。使って活躍させてやれ」


 鎮理は少しの間黙った。鑑連がここに来た以上、戸次武士を指揮するのは鑑連なのでは、と思っているのだろうか。


「鎮理」

「はい」

「隠さずに言ってやる。当方は追い詰められている」

「はい」

「すでに西の防衛戦は機能していない。この城を抜かれては、いよいよ最終局面に至るということになる」

「はい」

「無論、ワカっているな」

「はい。この山には古の城跡もあります。今も昔も守りに適しているということでしょう」


 鑑連の後ろで初めて知った、という顔をした備中に、


「かつて当国が大陸と戦った頃の名残ということだ」


と補足を入れてくれる鎮理。再度、鑑連に頭を下げて述べる。


「地の利を活かし、力を尽くします」

「守れて当然なのだ。そう考えると、お前には大きな功績がまだ無い」


 おや、今日は誾千代の婿取りの相談に来たはずなのに、と備中は緊張を高めていく。


「ここに地の利を見出したのは裏切り者高橋鑑種の功績であって、貴様のものではない」

「はい。無論、承知しております」

「ならば秋月勢をとっとと追い払って来い」

「承知しました。一つ、お願いがございます」

「うん」

「一時的に、内田殿の隊をお貸しください」

「何故だね」

「消極に徹した展開をしているので」

「それはワシの配下を詰っているのかね」

「いいえ。そうせよ、という戸次様の指示が出ていると考えますが」


 鋭い。その通りである。が、鑑連返して曰く、


「何故、ワシがそういう指示を出したと考える」

「恐らくですが、私を試す為ではないかと」


 鎮理にしては踏み込んできた。鑑連もそう感じたのだろう、途端、悪鬼面になる。


「今更、貴様の何を試すというのだ」

「それを今、考えております」


 やはり鎮理は静かなようでいて勘が鋭い。普段攻勢大好きな鑑連が内田を控えさせたことから、何かを感じ取ったに違いない。無論、問われて答える鑑連ではない。


「禅問答をしている猶予はあるまい。とりあえず敵を蹴散らして来い。後ろの心配はするな」

「承知しました。では一時、この城の守りはお任せいたします」


 鎮理が陣を出た後、鑑連は呟いた。


「やり難い奴め。鎮信の素直さが懐かしい」


 鑑連らしからぬ優しい口調である。悪鬼の追憶に触れ、なんとも癒されるのであった。



 その後、鎮理率いる高橋隊は、内田隊の助け無く秋月勢を山から易々と追い払い、小康を得ることに成功した。

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