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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
363/505

第362衝 逸失の鑑連

「殿は相変わらず殿だなあ」


 鑑連の気力胆力には感心するしかないが、逆に言えばそれ程の力を持ちながらも、この筑前の地にて苦しんでいる。


「人間きっと才能だけでは立ち行かず、足りないものは補って行かなきゃならないんだろうけど……」


 通常、それは友人であったり、理解のある君主に当たるはずだが、鑑連にとって心が通っていたと言えない事もない吉弘鑑理と鎮信は世を去ってしまった。君主の線は明らかに望み薄だ。


 ふと、日向で大敗したのならそれを覆すだけの勝利を得ればいい、という誰かの発言を思い出した備中。国家大友においてはそれを為し得るのは、鑑連か田原常陸しかいないだろう。ここ早良郡にて佐嘉勢を徹底的に撃退できれば、潮目も変わるはず。鑑連の奮闘に期待するしかない。


 しかし。


「ああ……」


 一度は崩れたように見えた日足の旗指物が続々と出現する。次第に、山一面を日足が埋め尽くすに至った。鑑連は杏葉を示さずに小田部隊を助けにいったから、遠目では勢力の程が見えない。


 平野を荒平山に向かって進む集団が見えた。目を凝らしてみると、小田部の隊のようである。が、数は数十人程度で、みなボロボロになり、落ち武者のようでもあった。打ち減らされたのだろう。そして、彼らを追う佐嘉武士の集団がいた。


「ま、まずい」

「森下殿!」


 後続が到着した。徒士勢ばかりであり、なにより由布がいない。見たところ、高橋隊のようだ。


「我ら先駆けてきました。さらに後ろに、後続の本隊が」

「あ、荒平城へ急いで下さい!」

「戸次様はそちらですか」

「い、いいえ!し、しかし指示が!お、小田部殿が危険なのです!」


 鑑連一番の下郎近習が言う言葉には定評がある、という顔で、その高橋武士は備中の言葉を容れてくれた。高らかに杏葉の旗を掲げて、戦場へ向かっていった。そう言えば、義鎮公の甥でもある鎮理を戴く高橋家は、大友家の家紋の使用が許されていたのだ、と頼もしい感情が胸に灯った。



 未だ、鑑連直属隊の姿が見えない備中は心配で仕方がない。思えば、この峠にての己の役割は完了している。ならば、と備中は馬に飛び乗り、主人を追って荒平山の南の山に向かっていった。



 そこは、地獄が現出したかのような戦場であった。木が乱立する鬱蒼とした森。目には横たわる死体ばかりが映る。そして林奥には、それ以上の佐嘉武士がひしめいているように見える。佐嘉勢を率いる龍造寺隆信とは、これ程までの軍勢を動かす程の大身なのか、と今更ながら肝を冷やす備中である。


 数に劣る大友方は尚武を頼りに負けじと奮闘していた。内田も、小野甥も、例の肥後武士も槍を奮っていた。


 林の中では誰もが下馬して戦うしか無いが、鑑連は一人乗馬したままお好みの鉄砲ではなく弓を構え、次々に矢を放っていた。鎧や面の隙間から、首や顔に矢を奔らせている。還暦を過ぎてもなお、さすがの武芸百般。伊達ではない。だが、長時間は持たないだろう。


 自分が鑑連の下に到達できたのだから、この林からの脱出路は確保されている。備中、馬を降りて鑑連の下に走る。


「殿!」

「備中、高橋隊は荒平山に向かったか!」

「ははい!」


 鑑連、備中を振り向かず矢を放ち続ける。矢の向かう先で悲鳴が聞こえた。


「小田部のクソマヌケどもは城から逃してやったぞ!」

「はい!」

「このワシがな!」

「み、見ました!さすが殿です!しかし、追撃を受けているようでした!」

「ワカっている!佐嘉の連中は数が多くてな!後続連中に期待するしかない!」


 生き残った小田部隊を逃す事には成功したが、敵の追撃までは抑えきれなかったようだ。その時、誰かが叫んだ。


「ふせろ!」


 備中の目の前を矢がかすめて行った。佐嘉兵が大友方の右側から矢弾を放っているようだ。地面に落ちた石が跳ね返り、備中の脛をこれまたかすめた。足下を見た刹那、頭上を矢が通り抜けていく。


 大友方は包囲されようとしている?と心臓がキュッと痛くなる備中。それにどうやら敵は、鑑連を狙っているようだ。確かに、林の中で一人馬上にいるのだから目立つに違いなく、


「あそこに戸次伯耆守がうっばい!」

「奴ば倒せばおいたちの勝ちばい!」

「狙うばい狙うばい!」


 と田舎者丸出しの喧騒が。鑑連の側にいては危険だ。しかし、主人に背を見せればもっと危険だ。すると鑑連、槍を大回転させ、当たるを恐れてみな距離をおく。逃げ遅れた備中以外は。周囲から家来を遠ざけると同時に、矢が集中して飛んでくるも、鑑連は軽蔑するような冷たい顔で全て払いおとした。


「ああっ!」

「よろいすっ」

「わいたー」


 佐嘉兵は、鑑連の勇武に驚愕しているようだ。動揺した佐嘉武士の悲鳴の嘆き声が響くも、


「ふーけもんが!放て!早よ放て!」


 第二射より先に鑑連の動きが奔った。巧みに馬を操り敵弓隊に近付くと、槍を隊長らしき武者の顔に突き刺し、上手に捩りを利かせたのだろうか、妙な音の後、穂先に佐嘉武士の顔半分がぶら下がっていた。悪鬼現出。備中思うに、これぞ鑑連の真の姿であった。


「わいたー」

「どがんしょ!」

「ああああいたこらしもた!」


 言葉の理解は怪しいが、ともかくも佐嘉勢恐れをなし、隊を乱して逃げていく。半包囲される危機は去ったようである。だが、勝負はついていない。


「まっといたちょこ!いたちょこ!」

「がんばらんば!」

「なん様んごて」


 肥前語を理解できなくても、佐嘉勢が頑張っている声が聞こえてくる。敵はまだやる気だ。ふと見ると、戦場に似つかわしくないようだが、人集りが出来ている。その中心では一対一の対決が行われており、小野甥が槍を振るっていた。強靭な敵に苦戦している様子で、その佐嘉武者挑発して曰く、


「こんつーつらつーしたんが。はよこんね。せからしかばってんが。ごいごいおいが相手になっけん」


 何を言っているか豊後人には難解だが、ともかく大胆かつ不敵なその振舞い、佐嘉兵どもを沸かせている。どうにも小野甥に不利な形勢だ。備中、助力を、と脇の刀に手を掛けた瞬間、佐嘉武者と小野甥の激しい衝突を見て、気力が萎える。だが、小野甥を認めた鑑連、瞬時に何かを投げた。それが佐嘉武者の肩に刺さったようで、対決が止まった。


「う、打根……はー!戸次伯耆みたんなかばい!」


 小野甥の動きも止まった次の瞬間、大きな破裂音が響き、佐嘉武者の頭がスイカのように吹き飛んだ。佐嘉兵の歓声は悲鳴に変わる。鑑連、煙を吐く小筒を片手に、小野甥を鋭く叱った。


「口先ばかりのイヌが!立て!」

「!」


 鑑連と小野甥の間に一瞬殺気が漂うも、自身の役割を忘れなていない備中、声を上げる。


「ととと殿!今ので佐嘉勢が怯んでいます!小田部隊を救うには、こ、こここここしかありません!」


 事実その通りであった。小野甥から視線を外した鑑連、手にした小筒に目にも止まらぬ早さで何かをすると、再び佐嘉勢に向けて構えた。曰く、


「放てるブツがある者、みなこの方角へ放て!」


 その後の銃声とともに、弓矢や鉄砲が放たれた。備中も石を拾って投げる。佐嘉勢の前進は止まった。


「これより荒平山へ助太刀に行く!全員続け!」


 真っ先に北へ向かって馬を走らせる鑑連に、気合も乗って絶好調の大友方がみな付いて行く。士気を取り戻した様子の小野甥も続いた。備中も、戦場に取り残される前に急いで馬に飛び乗って鑑連を追う。



 荒平山の麓。その林の中には死体やら木に刺さった矢弾やら戦いの跡が残っていた。戦場を離脱した小田部隊は追撃されていたが、日足紋を身に付けた死体が転がっている。後続の高橋隊はこの辺りで交戦したのだろう。


 城表に迎撃の陣を敷かせた鑑連は、屍を道標に後を追う。


 ややあって、先から笑顔で走り寄ってくる幾人かの男たちがいた。口々に何か叫んでいる。


「がっぺよ!がっぺよ!」

「敵将ば討ち取ったばい!小田部勢ば仕留めたばい!」

「こいで侍大将間違いなかよ!」


 それは喜びに満ち溢れた無邪気な声であり、事の真正を如何なく伝えていた。対して鑑連は、珍しく顔を引き攣らせ、色を損なっていた。

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