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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
361/505

第360衝 切迫の鑑連

 救援の礼を述べに、鎮理がやって来た。鑑連の言う通り、このやりとりは何度目かな、と思わないでもない備中。


「戸次様、ありがとうございました」

「鎮理、ワシの援軍ばかりを頼っているようだが」

「そのようなことは。しかし、心強きものを感じます」

「敵と対峙する気概を失ったか」

「いいえ」

「言い訳してみろ」

「筑紫勢、秋月勢どちらも数だけは多く、これに佐嘉勢が加わると手に負えなくなる事もある為」

「ならば今が攻め頃ではないか」

「はい。戸次様と共に追撃を致したく」


 顔を不快に歪めた鑑連、さらに曰く、


「ふん、秋月は貴様を攻めるには躊躇しないようだ。が、このワシ相手ではそうはいかん」

「はい。敵が戸次様を恐れ、積極的な攻勢に出られない内に、敵を追撃するべきと考えます」


 鎮理は追撃の準備に掛かるために歩き出す。が、その言葉が障った様子の鑑連、言葉で留める。


「ワシを恐れている内に、とは?」


 ゆっくりと振り返った鎮理は、厳かに述べる。


「敵はいずれ戸次様に慣れるでしょうから」


 備中が主人の顔を見ると、そこには能面のような顔があった。恐ろしさに心臓がきゅっとなる備中、相手の振る舞いから、一つの確信を得た。あまり自分を前面に出さない鎮理だが、確固たる意見を持っている。そしてそれを、鎮理なりに有効と思える形で述べ伝えている。鑑連の言う通り、確信を持ってやっている。確かに、兄の鎮信とは性質が違うようだった。


 それ以上は何も言わずに追撃に向かった鎮理とその隊を、鑑連は見送った。鎮理の言葉に鑑連が動きを止めたこともあったが、何より配下の無益な消耗は避けねばならなかった。鎮理がやるというのなら、任せればよい、という心境だろう。宝満山城南の隘地で秋月勢を追い、痛めつけた鎮理は、その日のうちに帰還した。



 観世音寺の陣。戦から戻った鎮理は、改めて鑑連に報告と礼を述べに来た。鑑連は鎮理を食事に誘い、備中に人払いを命じた。


 部屋の外で待機する備中。鑑連と鎮理の話し声が聞こえて来る。耳を澄ませて集中する。


「ああ、あれだ。山伏どもは」

「はい」 

「彦山は胎蔵界、宝満山は金剛界と見做しているという。当然知っているな」

「はい」

「修験道を進む者は、そこで現世に決して現れない天啓を感じ取り、悟性を身につけるのだという」

「はい」

「秋月種実は天啓に触れたと思うか?」

「いいえ」

「何故かね」

「天啓を識ったにしては、その振る舞いは正々堂々たるものではない為。人に裏切り謀反を唆すものばかりです」

「では、今、都を支配する織田右府の振る舞いと比較してどうかね」

「小物でしょう」

「無論そうだが、大物になるかもしれない。上座郡のたかだか一土豪が、今や筑前と豊前の半分近くに強い影響を振るうに至っている。織田右府の歩んだ道と違うところがあるかな」

「ここは都からは遠い九州です。獲った獲られたの行く末が絞られていない以上、何者も織田右府のようには振舞えないでしょう」

「我らが国家大友の指導者殿に聞かせたいものだ。機会を設けて諌言するといい」

「はい」

「その義鎮の尻拭うワシらとしては、何とかして秋月種実を始末せねばならんが、ヤツはいつも最前線にまでは出てこない。どうか」

「はい。戦場には出ますが、決して討死しない戦術を徹底しています。それで家来がついて来るのですから、秋月勢の結束は固いのでしょう」

「以後もそうだろう。よって、秋月を殺すことは半ば諦めねばならん。その上でだ」

「和睦ですね」


 いや、違う、と独り言ちる備中。案の定、


「ワシはそんな事を言ったか」

「本国から兵が到着しない以上は、他に手がありません」

「戦い続けて時間を稼ぐという手もあるではないか」

「その結果、遠賀郡からも博多の財を狙って不埒者が来るに到りました。権威の保持のためには、戦いは極力減らす事、肝要です」

「ふむ」

「今、肥後から援軍が来ていますが、その後増援の話は志賀様からはありましたか」

「親父の方か、倅の方か」

「前安房守様の方です」

「ワシは部下どもには、増援に期待するなと言っている」

「それは、志賀様の力不足故でしょうか。それとも肥後人の心が移ろうためでしょうか」

「言うまでも無い事だ」

「肥後では、志賀様と阿蘇家の方々が秩序の維持に苦労されている、と聞きます。逆説的なようですが、肥後から援軍を引っ張るには、何処かで誰かが大きな勝利を得るしかありません」

「ほう」

「しかしながらそれは困難です。よって、秋月との和睦、考えるべきです」

「佐嘉勢との和睦は」

「無論、そちらもです」


 これについては備中も同感である。そして、困難が横たわっている事も事実であり、鑑連から見える風景は、自分や鎮理から見えるものとはまた異なっているのかもしれない。その為、推進する気になれないのだとしたら。


「話を秋月に戻します。この場合、仲介は縁者である田原常陸様を置いて他にはありますまい」

「戻るどころか、一歩進んだ話だ。田原常陸からの援軍があれば、事態の打開になる、とワシの下郎どもも言っているが」

「田原常陸様は、宗麟様と一つの約定を交わしたそうです」

「それは」

「親家公に、田原本家を継がせる、という」

「親家?」

「ああ、セバスシォン公です」

「なんだと」

「田原常陸様はご承知されたということです」

「ワシは知らんぞ」

「田原常陸様のお考えはどこにあるのでしょうか。娘婿である秋月種実を取るのか、それとも君臣の道を全うしたいのか、田原民部様を破滅させたいだけなのか、明確ではありません」

「まて。ヤツが養子にとったガキの事を忘れているぞ」

「相続はさせない決意されたのでしょう」

「クックックッ」

「?」


 戸越しだが、久々に鑑連の嗤声を聞いた備中。胸がスカッとする。


「鎮理、貴様は田原常陸介という男をワカっていないな。不出来でやかましい次男坊に田原本家を継がせる、というのは義鎮の願望だろう。田原常陸にとって義鎮は渋い相手だ。そんな願望を素直に容れる筈がない」

「これは宗麟様だけでなく、親家公からも聞いた話です」

「単純なヤツめ。田原常陸は不承知に違いない。貴様は騙されているだけだ」

「……」

「そうだろうが」

「なるほど」

「それを考えれば、秋月との和睦に田原常陸を用いるなど、義鎮は許さんだろうよ。それに、ワシは効果も期待できんと考える。先般、田原常陸は秋月と組んだ高橋鑑種に一杯食わされたばかりだ。いくら相手が娘婿だからと言って、そんな屈辱に甘んじるほど落ちぶれてはいないはず。矜持の固まりのようなヤツだからなあ」

「そうかもしれません」

「かもではない。貴様は義鎮に騙されたのだ」

「宗麟様はそのような方では」

「騙されるマヌケは欲深いからだと相場が決まっている。貴様は鎮信よりも欲深いようだな」

「そのようなことは」

「貴様はどうか知らんが、秋月は筑前統一の志を立てているはずだ」

「彼にとって、それが国家大友への復讐よりも優先することとは思えませんが」

「筑前を統一すれば、国家大友に復讐した事と同じになるだろうが。それに統一するまでもなく、今のまま国家大友の力を削ぎ続ければ、豊後は周辺から袋叩きにされ、滅亡するかもしれん。それを考えていない筈がない。クックックッ」


 鑑連がまた嗤った。


「実に清々しい話だ。義鎮といい秋月種実といい浅ましき欲ボケどもは相応の報いを受けるべきなのだ」

「戸次様、それは」

「貴様もだぞ、鎮理」

「私も」

「このワシが、佐嘉勢や秋月との和睦を強いられる事を望んでいるだろうが」

「それは私の考えに関わら」

「鎮理!」

「はっ」

「鎮理貴様、ワシの目を見ろ!」

「はっ」


 鑑連の怒声が轟き、戸板がぐらぐら揺れだした。中で修羅場が繰り広げられる気配であるが、その時、肉を打つ鈍い音が奔り、ビクッと動揺してしまう備中。


「鎮理、立花山城の南を死守しろ!死んでも死守するのだ!貴様は鎮信の弟。だから貴様がワシを当てにするのは良い。許してやる。しかし、ワシを舐めることは許さん!」


 父鑑理に続き、その子も鑑連の洗礼を受けている。いたたまれなくなる備中だが、国家大友はそれほどまでに追い詰められているのだろう。


「貴様聞こえているのか!」

「……はっ」

「いいか、本国豊後の吉弘一門の事を捨てろ!この筑前防衛に命をかけるのだ!以後、勝手な真似は許さん。ワシの命に背けば鎮信の弟だろうとその時は、斬る」

「はっ!」


 鎮理の強い返事の後、静寂が訪れた。食事の音だけが小さく聞こえるのであった。

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