第359衝 一遍の鑑連
高祖城攻略を中断した大友方が立花山城方面へ急行すると、今まさに博多を襲撃する気配を見せる集団を発見した。報告にあった遠賀勢その他だが、一見して大友方よりも数が多い。それでも鑑連曰く、
「数は多いが統制が取れていない。このまま襲撃するぞ」
「と、殿。城の包囲に取り掛かっている者共もいるようですが」
先に城を奪われて敵に籠られては安芸勢を囲んだ時のように苦戦する懸念があったが、
「あの中にワシの前に立てるほどの者はいない。迂闊にもやって来た知恵足らずばかりだ。蛮勇だけでワシに勝つつもりか!虱潰しにしろ!」
大喝し、また先陣を切って早駈る鑑連であった。鑑連に引っ張られた大友方は敵を次々に打ち倒し、立花山表で集結していた敵集団を強打、四散させることに成功した。この武士たちは鑑連との戦いに慣れていなかったのだろう、次々に死骸を晒していく蛮勇の徒。武勲とは縁が無い備中にとって感心するしかない疲れ知らずの武士達を支えるものは戦場の勝利なのだろうが、それでもだんだんと流す血の量が増えてきおり、不吉を感じる森下備中であった。
大友方は、四散した敗残兵を、鑑連の命令通りに虱潰しにしていく。博多の秩序を維持するためにこれは避けては通れないことでもあるが、どうしても時間を要してしまう。よって、残して来た高祖城奪取は先送りにするしかないのであった。
晩夏の博多表、立花山付近から敵を排除した鑑連は、永禄年間に安芸勢と対峙した多々良川の水辺を前に確認しなければならない事があった。すなわち、敵の陣容である。
「報告せよ。麻生勢、豊前の原田勢の他には誰がいたか」
「すでに全員追い払い、追撃中ですが、高鳥居と丸山の城付近に鞍手郡の兵が」
「遠賀郡、鞍手郡に秋月種実の手が伸びているのは間違いないようです」
高鳥居城と丸山城は立花山城から僅か四里程度しか離れていない。この辺りを狙った敵の意図は、立花山城と岩屋城の分断であることは明らかだ。安芸勢の代理人である秋月種実の戦略眼は、曇ってはいないようである。
「殿」
鑑連の近くにやって来た薦野、声を潜めて報告する。
「すでに麻生勢は引き始めておりますが、やはり宗像家の者が手引を行っていた様子です」
立花山城の北と東を領する宗像大宮司が裏切っているとなると、鑑連の行動はさらに制限されてしまう。だが、宗像大宮司は裏切っていない、という考えを備中は鑑連に示し、それが容れられている。
「その家来とは誰だ」
「許斐、占部ら重臣層です。この連中が当方に弓を構える姿を、幾人も目撃しています」
「備中」
「は、はっ」
「氏貞に文書を送れ。乱世故に家来どもの統制を抜かりなく行うべし、とな」
「は、はい」
薦野は何も言わずに下がったが、裏切り謀反が続く中、実際に、宗像大宮司が敵に与しているのかいないのか、備中にも判別は出来なくなっている。宗像領の隣に育った薦野にしかワカらない感覚も存在するのだろうか、とさらに自信が無くなる備中。とりあえず鑑連は大宮司の忠節を信じている様子なので、それに縋る気持ちになった。
「薦野」
「はい」
「氏貞の意向がどこにあるかは別として、今回敵の通り道となった鞍手郡を放置することもできん。ワシの代理として現地に入り、情勢を調査しろ」
「承知しました」
「調査の結果、そなたが必要と判断すれば氏貞の家来どもと戦っても良い。千人いれば足りるか」
「はい。十分にございます」
「では行け」
薦野が出ていくと、小野甥がまだ戻っていない事を思い出す備中。小野甥は襲われた補給部隊をまとめ、柑子岳城へ補給を行っているはずである。当初は本当に必要か定かでない補給であったが、鑑連がかくも東奔西走を強いられる以上、確実に行って置かねばならないだろう。
薦野を送り出した鑑連は何か次の一手を考えているはずだが、それがなんであるかに想像を進めてみる備中。と言っても、もはや本国より援軍を引っ張ってくる意外、打つ手はないのだ。誇りと見栄の狭間で苦しんでいるのだろうが、決心が着くことを期待するしかない。由布がやって来た。
「……鎮理様より、秋月勢が攻めてきたため救援を乞う、とのことです」
「あいつめ、またか」
鑑連がうんざりした顔をする。確かに、鎮理から鑑連への要請は頻度が多いし遠慮が無い。兄の鎮信よりいい性格をしている、とは鑑連の評だが、
「まさかワシを良いように使っているのではないだろうな。考えてみればヤツは義鎮の甥だし、義統の従兄弟ということになる。ワシを下に見ているのだとすれば」
不穏な事を言い始めた鑑連を宥める備中。
「と、殿。鎮理様はそのような悪辣な方ではないと思いますが……」
「どうかな。ヤツはワシを佐嘉勢と和睦させたがっている」
「そ、それは……」
「ワシを疲弊させて、それを実現しようと目論んでいるのであれば」
鑑連は言葉を溜めているようだ。そうであれば絶対に許さん、という強い決意をビリビリに感じる備中であった。
それでも救援要請に応えて岩屋城まで行くしかない鑑連である。だが、さすがにこの夏、戦い抜いて来た兵を休めなければならない。物資の補充と休息、並びに立花山城の防衛を由布に委ね、あくまで救援として僅かな兵のみで岩屋城に至った。相変わらず、秋月勢は観世音寺前を攻めている。が、
「ぎょ、杏葉紋。来たぞ!」
「戸次伯耆がもう来た!遠賀勢をもう破ったのか」
「下がれ。突出するな!距離を取るんだ」
秋月武士の驚きの声が聞こえて、多少は気を良くしたのか、鑑連は無言で手を振るい、前進を命じる。若武者には休みを与え、熟練者を中心に編成しているため、敵に与える印象もより濃いものとなる。鑑連に恐れを為した秋月勢は、戦わずして観世音寺前から引いていった。




