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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
弘治年間(〜1558)
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第35衝 執念の鑑連

「叛徒の居城は豊後……」


 豊後勢が裏切りを?


 まさか、という顔をした一同に鑑連一喝。


「……豊後栂牟礼城!」


 驚愕する幹部連。都度、閃が走る。


「佐伯紀伊守が!」


 戸次叔父の閃。


「佐伯殿ご謀反!」


 戸次弟の閃。


「まさか、あの佐伯殿とは!」


 これは内田の閃。


 空から自分を見る別の視線があるとするならば、これはさぞ劇的な場面に違いない、などとブツブツ独り言ちる備中。


 嬉しげな鑑連が使者を呼んだ。すると、高笑いが聞こえてくる。この癪に触る笑い声。もう間違いない。現れたのは久しぶりの怪僧石宗であった。


「此度、この重要な情報を臼杵より伝えてくれたのはこちら石宗殿だ。仔細を説明して頂こう」

「はっはっはっ!お任せあれ」


 佇まいを正した石宗。義鎮公からの書状を読み上げ始めた。それによると、


一つ、佐伯紀伊守、先の小原遠江の反乱に際して、小原、本庄、中村らの使者と密かにやり取りを繰り返していた事。そしてその事を老中衆の誰にも報告せずこれを怠った事。裏切りの罪、明白である。


一つ、それは大永年間に起こりし事の恨みを未だに抱き続けている事に起因するのだという事。武士にあるまじき恨みがましき不遜、明白である。


一つ、そのために府内の市街戦で、義鎮公救援を装った事。駆けつけが遅れた事実から、漁夫の利を狙ったその逆心、明白である。


一つ、以下の証言者たちが佐伯の不穏なるを認めている事。戸次伯耆守、臼杵安房守、吉岡越前守。いずれも大友に忠実な位高き老中達であり、その言葉は重要である。


「……以上です」


 この告発、特に四項目を聞き幹部連は皆、佐伯の事など忘れてしまったかのようであった。


「と、殿」


 感極まった様に言葉を詰まらせる戸次叔父。少々嘘くさく感じるほどだが、


「兄上……ようございましたなあ。遂に、ご老中衆のお一人と……」


 戸次弟が口火を切る。幹部一同、平伏する。


「殿!おめでとうございます!」


 本当は喜びで感情を爆発させたいのだろうが、鑑連は衝動に耐え、平然を装う。


「ああ、うん。まあ、ワ、ワシはすでに四十四である。むしろ遅すぎたくらいではないかな、クックックッ、ククッ」


 後ろ髪を掻く手が震えている。笑いもどこかぎこちない。足もガクガクだ。どうやら鑑連も、この老中就任は知らなかったようだ。蛇蝎狡猾な主人にしては珍しいこともあるものだと、森下備中は意外に思った。だが、ついに老中職に到達したのだ。備中にも喜びの感情が湧いた。不思議なくらいに。


「おお、そうだ。ワ、ワシの老中就任最初の仕事が、佐伯討伐となる、そうだろう、石宗殿」


 なにやら畏まって、石宗へ丁重な言葉をかける俗物な鑑連。この猿芝居に付き合うのは石宗の本量というもの。それが同意の声か笑い声かは、誰にもしかとはワカらないが、


「ははっ!義鎮公は小原の反乱以降、佐伯紀伊守の動向を気に病んでおいででした。彼の者の正邪を詳らかにする事ができるのは、ご老中衆の中で最も若く、最も力のある鑑連殿しかおりますまい!」


 ああ出た出たこの諂い、とげんなりな備中だが、この言葉によりひまわりの如き笑顔を呈したのは主人鑑連。


「で、あるな。クックックッ!者共。まだ軍はこの地に集結しているのだ。この機を逃してはならん!足の速い隊を優先して佐伯領へ向けるぞ。佐伯紀伊を捕らえるのだ!それが叶わぬ時は生死は問わん!行くぞ!」

「応!」


 石宗の扇動と鑑連出世の熱気に押された幹部連、みな心に引っかかるものはあったが、一斉に同意の号令で応じたのである。備中のみは、しくじれば老中就任もご破算だしねえ、と皮肉な感想を胸に宿していたのであったが。


 加えてこうも思ったのだ。肥後攻めの時に抱いた屈辱と恨みを、今になって晴らすとは、主人鑑連の恨みはどんな大木よりも根深いのだったようなのだなあ、と。



 こうして佐伯紀伊守惟教は、肥後攻めで鑑連より買った憎しみのツケを哀れ払わざるを得なくなった。紀伊守の心情的な同情者である森下備中としては、心苦しい事であった。

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