第357衝 逆襲の鑑連
謀反勢と連合してる佐嘉勢に対処するために早良郡へ向かう道中、鑑連の下に木付殿の使者が到達。
「殿。柑子岳城の木付殿より、長期の籠城に備えた兵糧物資補給の相談です」
「不足してはいないはずだ」
「仰る通り目立った不足は無いはずです。が、この春、殿の援軍は柑子岳には至りませんでした」
「正月は助けてやったはずだがな」
「よって、最悪を想定しているのだと思います」
筑前の最西部で味方からは突き上げられ、敵には日々攻め掛けられ、独り奮闘しているだろう木付殿の苦労を思うと胸が切なくなる備中。鑑連も同感だ、とはとても思えないが、
「補給してやるか」
と仏のような言葉が出てきた。決めれば何事も速い鑑連は早速補給部隊の編成を指示する。と、小野甥が苦言を呈する。曰く、
「殿、手勢が少なくはありませんか」
「これで良い。物資を入れるだけだ」
「原田勢を叩いたとはいえ、殲滅には至っておりません。それに、佐嘉勢の支援があるのです。回復力もあるものと見做すべきではないでしょうか」
小野甥曰く、護衛の兵をもっとつけて、ということだが、
「これ以上兵を割けば、こちらが不利になる」
「なら補給をやめましょう」
いつもながら小野甥は思い切った思考力の持ち主だ。
「柑子岳城が切迫していないのであれば、敢えてやることもありますまい」
「もういい」
「しかし殿」
「黙れ」
もう決めたことだ、と小野甥を突っぱねた鑑連である。主従の慣いに従い、それ以上の諌言は控えた小野甥だが、口論でも並ぶものなき鑑連らしからぬ態度である。黙れ、などと発言を禁じるとは。
小野甥が心配な備中、慰める為に言葉を寄せるが、爽やか侍はいつもどおりである。むしろ、
「備中殿。殿の様子がおかしいですね」
「や、やはり」
「はは、みな思っている通りですか。なにやら焦っているようですが」
「この戦いの行末に確信が持てないからだと……」
「しかし、それはかつての安芸勢との戦いでも同様でしょう。何かもっと違う原因があるのか……」
言葉には出せないが、例えば老いもあり得るのだろうか。鑑連も古希が近い年齢だ。無論、あの人も老いたのだ、と一言で表すのは容易い。
「使える手勢が少ない、多少は当てにできる味方も少ない、去年の今頃は薩摩攻めを考えていたのにそれが霧散し志望も少ない……」
一つの理由だけではない数多くの障壁が鑑連を追い詰めているのだろう。難しい表情になった備中を見て小野甥は、少し笑ったようだ。
「さすが備中殿。良くワカっていらっしゃる」
「し、しかし我らではどうにもならない問題です……殿ご自身でもどうにもならないのかもしれませんが」
「殿ご自身ならやりようはあるとは思いますが。問題はそこまで踏み切れるか、でしょう」
「そ、それは……つ、つまり」
「国家大友にも、田原常陸殿、田北大和殿と充実した軍団はあるのですから、連携できるか、です。例え誰かの風下に立つことになろうと」
「……」
小野甥はそういうと自身の隊に戻って行った。鑑連にとって、主君ですらない誰かの下で働く、それが最も困難な事なのは間違いのないところであった。
早良郡で散発する小競り合いに対して、鑑連は配下の将兵をほぼ完全に統制下において、有利に戦っている。小田部勢も、大津留勢も、肥後勢も、敵を殺しながら脊振の山へ追い払うことに成功しつつあった。が、
「申し上げます!柑子岳城に送りし補給隊、原田勢の奇襲を受け、逃走しています!」
鑑連は目を丸くして訊ねる。
「場所はどこだ」
「長垂山を越えた先の辺りです!」
「原田勢と言ったが」
「原田だけでなく佐嘉の兵も含まれています!」
「クソ」
小野甥の心配が的中したことになる。だが、鑑連には言い訳している時間もない。補給部隊であっても鑑連が敗れたとなれば、柑子岳城兵の士気に関わる。
「敵を迎撃する!用意を急げ!」
「と、殿!お待ちください!この早良郡の守りのために、兵は残さねばなりません!」
鑑連の口の中で言葉が詰まった音がした。二の句を告げない鑑連を初めて見たような気がした森下備中。鑑連の精神力の低調は明らかであるようだった。と、そこに、薦野が前に出る。
「殿。この戦線は私が責任をもってお預かりします。一切の心配なく、長垂山へお向かい下さい」
勇将の勇敢な言葉に、鑑連は感謝しているようである。不埒な備中は、薦野の如才なさを斜めに見たくなるが、苦境に立つ主人を助けるのは、家来の務めでもある。そう思えば、この勇気は称えられてしかるべきであろう。
「薦野。この戦線は任せよう。多くの兵は残してはやれんが、守り切るのだ」
「はっ!」
大友方の陣営にも、力の張が戻ってきたようであった。
北に急行する鑑連軍団に、続々と新たな知らせが入ってくる。
「すでに長垂山は突破されています!」
「では山のこちら側で、敵を捉えるぞ」
「補給部隊は生の松原に逃げ込みました!至急救援を!」
「今度は立場が逆か!ならば逃がさんぞ」
「原田勢を率いるのは、原田入道です!」
「ヤツめ!死にたいようだが良い度胸だ!望みを叶えてやろう!」
戦場に近づくにつれて、鑑連の士気も上がっていく。昨年末から鑑連が忌避している締まりのない戦とはならない勢いがあった。
生の松原の前を本陣に、大友方に向かってくる集団がいた。三つ引両と日足紋の旗指物が混然としており、原田・佐嘉の武士が混成しているとワカる。
「見ろ!敵は逃げる気が無い様子だ!つまりは武勲名声は勇気胆力次第である!」
馬上の鑑連は、愛刀千鳥を抜いて、そう声を張り上げた。さらに、
「久々にまともな戦ができそうだ、と佐嘉侍に礼を述べに行く!前へ!」
先陣を切って疾走する鑑連を追って、内田や小野甥も続く。鑑連に心酔している節のある甲斐相模守も負けていない。それを見た若き武士達は、遅れをとるまじと食らいついていく。それでいて、全体の統率は由布が抜かりなく采配しているのだ。敵が逃げない以上、この戦いの勝利は見えた、と備中は確信した。
大中小と数多くの衝突を繰り返し、睨み合いを重ねてきた事による鬱憤は双方に溜まっていたものと見え、最初の衝突で蹴散らされた原田勢・佐嘉勢だが、なかなかの踏ん張りを見せる。しかし結局は、西への逃走を開始した。それを見た鑑連、血に染まった愛刀千鳥を敵勢へ振り向けて叫んだ。
「此度は逃がさん!高祖城まで敵を追う!」
そこに、小野甥が前に出て曰く、
「殿、補給部隊の収容は私にお任せください」
後背の安全を一手に引き受けた薦野にこの小野甥、そして伝統的戸次武士の行動が良く繋がっていた。小さく頷いた鑑連は、生の松原の戦場を小野甥に委ね、追撃を開始した。
原田勢を支える佐嘉武士が集団としての機能を喪失すると、もはや行く手を遮る者は死を覚悟して躍り出てくる単発原田武士のみ。彼らには命がけ、捨て鉢の危険はあっても、士気が高まり勢いに乗る大友方の敵では無かった。怡土の山塊をぐるりと疾走した鑑連は、高祖城の前に陣を張ることに成功、そのまま包囲の構えに入った。
鑑連の直前の不調が嘘のような快進撃であった。




