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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
356/505

第355衝 清水の鑑連

 岩屋城への行軍中、内田が近寄って来て曰く、


「殿は大丈夫かな」

「えっ」

「何か様子が変なような」

「う、うーん」

「落ち込んでいるのだろうか」


 自己中鈍感野郎の内田ですら気がつくのだとすれば一大事である。他の将兵にも鑑連の士気低下が伝われば、勝てる戦にも勝てなくなるかもしれない。


「あいつのせいじゃないか」

「あいつ?」

「肥後野郎だよ」


 確かに、肥後武士はこの行軍中も、鑑連の近くにて色々話かけている。鑑連も、数少ない援軍を邪険にしたりはせず、愛想笑い的な顔をしているように見えなくもない。


「ヤツめ。たった五百の援軍ででかい顔しやがって」

「でも、今の状況では大きな数だよ」

「あれが家老の倅でなければ、イジめてやるんだがな」

「逆にイジめられて、泣かされるよ……でも、ここから遠い肥後人なら、何も心配ないよ」

「だといいけどな」


 歳をとってもなお血の気の多い同僚に対して、苦笑する備中であった。



 岩屋城に近づいた大友勢は、観世音寺付近で、高橋隊と小競り合いを展開する敵隊を目撃する。


「殿。秋月勢です。筑紫勢と佐嘉勢はまだ来ておりません」

「ワシらが姿を現した以上、みな逃げるだろうよ」


 鑑連は何やら投げやりな口調である。


「途中、怪しげな騎馬もいましたから、引く算段は整えているでしょう。あの攻撃も、単なる示威行為でしょう」


 肥後武士、鑑連と戸次武士の会話にいつの間にか入り込んで曰く、


「十年程前の夜須見山以後、秋月勢は逃げる相手を追ったり放火略奪以外の能を無くしたようですからね」

「ふん」


 備中は少し感心する。肥後武士の軽口に鑑連が笑ったのだ。内田が心配する程に元気が無い鑑連だが、この二人は以外に相性が合うのかもしれなかった。


 鑑連が見立ての通り、秋月勢は早速引き始めた。どうやら勝てる戦い以外は無理をしない様子だが、やはりそれは戸次隊にとって容易ならざる相手である、ということでしかないはずだ。


 早速、援軍の礼を述べに来た岩屋城の鎮理だが、鑑連は素っ気無く話をする。


「佐嘉勢が筑前に入った」

「はい。伺いました」


 鎮理も沈着というか、騒がしい人物ではないため、淡々と話が進んでいく。


「秋月は退いたが、筑紫勢と佐嘉勢と合流して力攻めを試みるだろう。この岩屋城を攻め落とせば、博多まで遮るものはほとんど無いからだ」

「はい」

「数日前、ワシは原田勢に勝利したが、早良郡はまだ落ち着いておらん。よって小田部を支援するためにも、岩屋城ばかりに兵力を割くことができん。よって鎮理、この一帯は是が非でも守り抜いてもらわねばならん」

「はい」

「背を見せなければ、秋月種実は追ってこない。筑紫もそうだろう。が、佐嘉勢にだけは警戒を解くな。なにせ数が多いからな」

「はい」

「それで、本国から兵が来る気配は?」

「ございません。日向で死んだ者が余りに多く、動揺する豊後豊前を押さえるので精一杯とのこと。宗麟様より、奮闘を期待する、と書状を頂きました」


 鑑連の眉間がピクリとした。そのような書状を、鑑連はまだ受けていないからだろうか。それとも、この事態を招いた張本人が何を言うか、という反発なのか。


「戸次様」

「うん」

「佐嘉勢は二正面作戦を敢行する、と私は考えています」

「柑子岳城とか」

「はい」

「すでに敢行していると思うがな」

「ああ……言い直します。では、三正面作戦です」

「三」


 顔を見合わせ合う一同を余所に、鎮理は解説する。


「柑子岳城、荒平山城、そしてこの岩屋城。この三つです」


 短い時間だが、無言が広がった。ふと見ると、鑑連の目に力が戻ってきていた。


「この岩屋城攻めすら、陽動か」

「はい」

「ワシを引き付けるためか」

「はい」

「根拠は」

「調べさせましたところ、佐嘉勢は秋月、筑紫、原田と連携して、かなり活発に物資人間を動かしています」

「どの程度か」

「頭領龍造寺隆信が多数の家臣から借入を行う程に」

「借入」

「佐嘉勢にとって、失敗すれば頭領龍造寺隆信の地位すら吹き飛ぶかもしれない挑戦でしょう」


 確かに、家来に借金をすれば、後が怖い。しくじれば見向きもされなくなるし、謀反が起きるかもしれない。備中己に置き換えてみると、鑑連から借入の申し込みがあったとして、恐ろしくて断れるはずがない。


「佐嘉の貧乏人どもに、掻き集めたとしてもそんな資財があるとは思えんが」

「博多の商人が噛んでいます。現在、博多を抑える年寄衆に反発する者たち、同時に戸次様にも敵対する者どもです」


 平和な商人の町でも、そういった闘争があるのか、と床下で聞いた商人衆の談合を思い出し、驚きつつも納得の備中。


「今、佐嘉勢は、まず確実に柑子岳城を奪う、という目的の為に全力を傾けているように思います。これに対処しなければなりませんが……」


 鎮理もそれ以上の発言はしなかった。佐嘉勢に対処するための兵力が足りないということはみなワカっているためである。きっと義鎮公に近い鎮理も、本国へ援軍の要請はしているのだ。それでいて、満足の支援が無い以上、現場の責任者でしかない鑑連には、権限を超えた対処が求められるはずであった。しかし、


「まさか鎮理。ワシに佐嘉の貧乏人どもと和睦せよ、とでも言うつもりではないよな」


 鎮理は無言でいる。


「元亀の頃、佐嘉を囲んだ折に龍造寺を殺すこともできたのだ。貴様も戦列していたあの時!義鎮の輝かしきヘマがそれを阻んだだけだ!」


 鎮理は黙っている。


「佐嘉勢など恐るるに足らん!」


 それはつまり、筑前の大友方は数的不利そのままに戦い、勝たねばならないということだった。大津留、小田部、鎮理を統率下に治めつつある鑑連だが、この考えについては頑なであるように見えた。備中だけではなく、他の将も同様ではないか。


 兄に比べて沈着な鎮理が鑑連を前に口を閉ざしていると、伝令がやって来た。


「申し上げます!天拝山方面から、敵が現れました!数は七、八千!」

「陽動だとしても、蹴散らしてくれる!」


 立ち上がった鑑連、鎮理をビシ!と指差す。傍らの備中、その姿に瞠目する。


「鎮理。ワシは決して裏切り者どもを許さん。そして以後和睦を口にする者も許さん!よくよく覚えておけ!」


 小さく頭を下げた鎮理は陣を出ていった後、備中は吉弘兄弟について考えてみる。人間味あふれる兄鎮信は素直かつ熱血であったため、鑑連との相性はそもそも良かった。その鎮信との線が断たれた今、鑑連が弟鎮理と関係を築くことは有意なはずだが、


「何を考えているかいまいちワカらないという人物は……」


 それは小野甥に代表されるが、二人が日々展開しているように、鎮理も鑑連との衝突は避けられないのだろう。だが漢森下備中、それでもこの両者は互いの不足を補い合わねばならず、きっとそうすることになるだろう、と確信をしていた。鎮理を差す主人鑑連の指先に、奇瑞が見えた気がしたからである。

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