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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
355/505

第354衝 屈辱の鑑連

 生の松原から立花山城方面へ急行する大友方諸将。博多の手前で佐嘉勢五千を捕捉し、これを襲撃した。もっとも、激戦には至らない。由布曰く、


「……連中は逃げにかかっている」

「やはり、陽動なのですね」

「……我らはそれが陽動と知りながらも、放置は許されない」

「し、辛辣な作戦ですね」


 ひとしきり大暴れした内田も、二人を認めると近づいてきて、毒を吐く。


「あの肥後者、曲者だぞ」

「えっ?ど、どうして」

「敵が逃げにかかる事を承知で、先駆けを買ってでたに決まってる」

「そ、そうかなあ」

「だって、もう博多で寛いでいやがるんだぜ」

「ひ、肥後の人には楽しい場所だからじゃ……」

「備中、お前ヤツに騙されるなよ」


 プリプリと去っていく内田を見て微笑ましい気持ちになった備中。隣の由布も少し笑っていた。その笑みは、内田は今と昔とで清々しいほど変わらない、という共通の思い出に由来する。


 佐嘉勢五千は守りを固めつつ後退し、日が暮れる頃には来た道を撤退し、大友方にそれを見届けさせた。この間に原田勢は本拠地へ逃げ戻ったろう、敵に戦略目標を遂げられた、と誰もが喪失した勝利の余韻を懐かしむのであった。



 筑前国、博多郊外。


「岩屋城の鎮理から援軍要請だ。毎度お馴染みの秋月、筑紫連合軍が攻め寄せて来たという事だが、今回は佐嘉勢が堂々と加わっている事が少し異なる」


 苦々しい顔になる戸次家幹部連。曰く、


「もはや隠蓑は不要、ということか。返り討ちにしてくれる」

「肥前の有馬、大村などに決起を呼びかけましょう!」

「無駄だよ。すでに、肥前の多くが佐嘉に従っているって。肥前全体が敵に回ったとも言える。やはり兵力が……」


 それ以上は口にする勇気のない幹部連であった。と、肥後武士が口を開く。


「佐嘉者が通った後には草も残らない、という言葉がある」

「そ、それは」

「何もかも奪っていくということですかな、貧乏だから!あっはっは!」


 どうも沈黙が苦手なのか、下らない事も平気で発言するこの人物、内田の言うように全面的位信頼するには至らないのかもしれない、とその軽薄さにちょっと引く備中であった。しかし、客人には配慮が必要なのだろう、そんな不作法を成敗したりはしない鑑連であった。


「佐嘉勢はまだ主体ではない。まだな」


 いずれ、と言う事だろう。


「結束していても、秋月と筑紫が互いに競り合う存在なのは変わりがない。敵の連携それ自体は弱いから、撃破は容易だ。だが、今回は数が多い。敵は観世音寺を押さえに来るだろう」


 鑑連の予測に反応する肥後武士。


「観世音寺、ですか。そう言えば、肥後からこちらに来る道中に耳にした気がします」

「……岩屋城を攻める格好の場所です」


 肥後人への観光案内に露骨なうんざり顔の内田だが、鑑連への追従か、補足を入れる。


「敵は放火略奪だけでなく、観世音寺の占拠を目指す。そうすれば、岩屋城の攻略に一歩も二歩も近づくのだ」


 備中、ふと疑問が口から付いて出る。


「し、しかし鎮理様はどうして宝満山城ではなく、岩屋城を本拠にしているのでしょうか。我らが高橋鑑種を包囲した時、これが岩屋城であればもっと楽だったはず」

「そりゃ、岩屋城は筑前の南の入り口にあるからな」

「……それに、城を出撃して何事かをするには山深い宝満山は向いていない」


 内田と由布を向いて、備中は至った確信を述べる。それは、


「で、では、鎮理様は攻撃的な戦略を指向しているのですね。今以上、上手く連携できれば、殿の役に立つのでは、と思うのですが……」


というものだ。


 ただでさえ反乱側に対して兵が足りない鑑連である。大津留、小田部は傘下に入れたが、鎮理もそのように遇する事が、国家大友の安寧に繋がるのではないか。これは、東奔西走する将兵に共通した思いでもあった。


 鑑連は鼻息を吹いただけでそれ以上の言及がない。よって諸将も、次があるのかないのか、様子見となり場は静寂に包まれる。最近こういう事が多いな、と備中が訝しんでいると、


「ま、戸次様ほど有名な武将になると、どんな調略をしても?世間が勝手に深読みしてくれますから、結果的に主導権が回ってくることにもなります。いや、羨ましい限り!」


と肥後武士が静寂を追いやるのも定番であった。そんな追従に背を押されたわけではないだろうが、鑑連は生の松原戦直後の冷静さを取り戻した様子であった。


「敵を追う。そして、秩序を取り戻すぞ」


 博多を堂々と南下する際、鑑連は整列の徹底と規律を諸将に求めた。反乱の対処のため右往左往しているが如き印象を、筑前の民草へ与えないためだろう、と主人の労苦の程を思わずにはいられない森下備中であった。


 さらに言えば、そんな配慮が欠かせない事態に追いやられた不甲斐ない事実に対する屈辱も。

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