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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
353/505

第352衝 制勝の鑑連

 原田勢迎撃のために出陣する鑑連の目に、原田の騎馬集団が映った。


「肥後勢を突破してきた連中だな。皆殺しにする!続け!」


 先頭を切って馬を駆けさせる鑑連に遅れまじと食らいつく戸次武士たち。鑑連は誰よりも速く小筒、槍と繰り出して、あっという間に敵を突き落とした。武士たるもの、この様を見て士気が上がらぬはずがない。この時に補足された原田武士は、鑑連の言の通りに皆殺しにされた。


 さらに進むと、原田勢と肥後勢の激闘が繰り広げられていた。村が燃え、煙が上がっていた。


「は、原田勢と肥後勢、どちらが上げたものでしょうか」

「どちらでも構わん。幸い肥後勢はまだ全滅していない。離脱もしていない。助けてやるとしよう。全員密集しろ!敵を割るぞ!」


 これが御年六十七歳の人間の戦振りとは、実際に見なければ信じられないだろう。鑑連を尖端に戦場を真っ二つに貫いた戸次隊は勢いに勝った。押されに押された原田勢は数に勝る利を活かすために再集結を図るが、寡兵を率いる以上自らも最前線で槍を振るい小筒をぶっ放すほか無しと判断した鑑連の度胸が、戦場での経験の少ない若武者らを勇気づける。彼らは稚拙ながらも勇猛果敢に戦い、多勢の撃剣に怯まず、最前線で踏み留まり続けた。


 すると体勢を立て直した肥後勢が、戦線に戻ってくる。進撃を止められた困惑に加え、次の時局は原田武士に決定的な動揺を与えるに至った。最初に松原に踏み入った内田隊がこの戦場に駆け付けたのである。内田は大声を張り上げて士気を鼓舞する。


「この山門村を敵の墓場にしろ!」


 戸次隊の増援を前に気弱になったのか、原田勢が逃げにかかる。


「殿!」

「原田入道を逃がすなよ!必ず首刎ねるのだ!」


 鑑連の戦略目標は、原田勢を徹底して叩く事、この戦いの元凶である原田入道を始末することにある。どちらも達成することができれば、西筑前を完全に屈服させることに成功する。血刀舞い、弓鉄砲飛び交う戦場に必死についてきている備中は、佐嘉勢が出てくる前に何とか鑑連の望みが達成されれば、と神仏に祈るのであった。



「原田入道を探せ!」

「必ずいるはずだ!見つけ次第、首を刎ねよ!」

「この戦乱の元凶を生かして帰すな!」


 すでに原田勢は総崩れとなり、戸次武士らは血眼になって原田入道を探している。立花山城の年始の挨拶で見た原田殿は、品の良い人物だったが、鑑連が評して知謀武勇、抜群ということだ。確かに、始末することができれば大金星である。


 ふと、備中は戦場を疾風のように走り廻る薦野を見た。内田に続いて戦場に到着した彼もまた、原田入道の顔を見知っている。自ら隊を引き連れてよくよく探しているようだが、首尾は良くないようだ。配下へ話しかけている声が聞こえてきた。


「原田武士は見つけ次第斬って構わない。どちらも殿の御心に叶うことだ」

「皆殺しですか」

「そうだ。それが我々の明日につながる」


 言っていることはその通りだが、温かい血の通わぬ無情な言葉に反感を持つ備中。きっと、小野甥ならば、同じ目的でも言葉を変えて述べるだろう気がするのだ。これは同じ豊後出身者への贔屓、あるいは筑前出身者への侮蔑かもしれない、と独り言ちる備中だが、さらに思えば、薦野は同じ筑前の者を始末することに奔走しているのだ。気の毒に思うべきなのかもしれなかった。


 そして、小野甥、由布と生の松原の戦いを制した隊長たちが、続々と鑑連に追いついてきた。



「申し上げます!長垂山から生の松原まで、原田勢の死体で埋め尽くされております!しかしながら……」

「原田入道は居ないか」

「はっ」


 内田が戻ってきて兜を外して片膝つく。曰く、


「恐れながら申し上げます。ここは少々無理をしてでも原田入道を見つけ出し、その首刎ねる事が肝要かと存じます」

「恐らく、高祖城方面へ逃げたのだろう。西か南か、道はワカらんがな」

「逃走経路に兵を配置していたのですが……」

「あの混乱から逃げ切るとは、大したヤツだ」


 そこに肥後武士がやってきた。場違いな明るさをまき散らして曰く、


「戸次様!おめでとうございます!大勝でしたな!」

「甲斐相模守殿、原田勢の突出を抑えた功績は認めるべきものである。働きには必ず酬いよう」

「ありがたき幸せ!それよりもこれより高祖城を攻めるべきと存じます。幸い、戸次隊のみなさま方は大きな損害無く、ここに至っている様子。ここは一刻も早く、敵の本拠地を破壊するべきと考えます。展開次第では、城の占拠もできるかもしれません」


 他国者であり、比較的若手の武士の踏み込んだ発言に、内田は顔を歪める。生意気な、という気持ちが見て取れて可笑しくなる。備中の見立てでは、この肥後武士は三十代半ば位である。鑑連に嫡男が居れば、この男くらいなのだろうか。今回の勝利の事もあるのだろうが、鑑連に対する好意、それも憧れという言葉が似つかわしい程の陽気を振りまくこの人物の提案に、鑑連は同意を与えた。


「甲斐殿はそこまで付き合ってくれるのかね」

「無論ですとも。喜んでお供させていただきます」

「よし、ではそのようにするか」

「はい!」


 肥後武士の不快とも言えない阿諛追従が、陣中を明るく照らしていることは間違いない。それによると、内田は悔しがり、小野甥は爽やかに微笑み、薦野は微妙な表情となり、由布はいつも通りであった。


「原田家に止めを刺しに行くぞ!」


 鬨の声を促した鑑連に応えてえいえい歓声を上げる戸次武士たち。活躍した肥後武士も声合わせに加わり、連帯感を帯びた士気は益々高まるのであった。



 僅かな休息を取る事も無く、鑑連は出発を命じた。そこに、小田部勢の使者が、全力疾走の末に飛び込んで来たというような必死さで急報を持ってきた。それは、佐嘉勢立花山城へ向け進軍中、という危険極まりない知らせであった。

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