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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
351/505

第350衝 伸反の鑑連

 川を渡り、戸次隊を追い駆ける備中と肥後勢。


「お使者。戸次隊も敵の姿も見えない。進軍速度は速いようですな」

「そ、そうですね。追撃が上手く行っているのかも……」

「では、急ぎましょう」


 しばらくすると、平野のあちこちに死体が転がっているのが見えてくる。原田印の者が圧倒的に多く、まだ臭わないのだが、肥後武士は顔色を一切変えずに鼻を抓んで曰く、


「これは凄い。戸次殿は本気だな」

「ほ、本気とは」

「ここで原田勢を徹底的に叩いておくつもりなのでは?そして、お使者に私を引っ張ってこさせたのも、これを見せる為」

「……」


 そうかもしれない。この戦いが終われば、肥後勢も国へ帰る。そして行く先々で吹聴するだろう。戸次鑑連が謀反勢を血祭りに挙げた!と。国家大友の秩序を引き締める役には立つに違いない。


「戸次殿はキツイ御仁と聞いていましたが、なかなかどうして、忠誠心溢れる方ですな!これなら国家大友も安泰だ!ははは!」


 肥後武士の巧色ニヤケ面に返事をする気になれない備中。馬をさらに駆る。馬を駆れば駆るほど、過去の戦場での記憶が蘇る。そして強い衝動が現れる。戦場で輝く鑑連を見たい、という。転がる敵兵の死体を追っていけば鑑連がいるはずであった。


 そして小田部城を通過する。小田部の守備兵が城を固く守っている。ということは、戦場はここではない。備中、伝令として声を張り上げる。


「で、伝令」


 守備兵は怪訝な顔をしているだけだ。文系武士の虚弱な声が届かないのだろう。さらに近づいて声を張り上げてみるが、


「伝令!伝令!」


 顔を見合わせた守備兵の何人かが、状況把握のために近づいてきた。声が届いていないようだった。すると背後より、


「私は甲斐相模守!戸次様の命で肥後御船から参った援軍にて!」


 良く徹る、武者の声であった。すると、姿勢を改めた守備兵が走り寄ってきて曰く、


「原田勢への挟撃は大成功です!戦場はさらに移動し、姪浜の辺りで合戦になっているようですが、もはや敵は逃げにかかっており、勝利は固いはずです!」


 それを聞いた甲斐相模守と名乗った肥後武士は大きく笑った。


「これは良かった!これで国家大友の勝利は間違いなしだ!ははは!」

「ははは!」

「……」

「お使者もほら!喜んで!ははは!」

「はは……い、いや。そうではあっても急ぎましょう!」

「戸次家の方はせっかちですなあ。それで、戸次様はどこで督戦しているかご存知か」

「はい。この川を渡った先にある愛宕山に。ほらあそこです」

「ああ、旗が見えるな。お使者、その方向では時間がかかりますよ」


 照れながら方角を変えた備中だが、鑑連の姿が無性に見たくてたまらない。余裕の肥後勢を引っ張るように、馬を駆るのであった。



 川を越える際、岸には多くの死体が転がっていた。汚れ物を縫って歩くような肥後武士は独り言のように、


「さすがは戸次伯耆守か。多々良川で安芸勢を追い払った武勇は伊達ではないということか」

 

 己の主人が褒められるとどうしてこう嬉しいのだろう。踊る胸を押さえ、川を渡っていると、


「備中殿」


 若い戸次武士が現れた。ふと家格が気になって畏まった備中、


「で、出迎えご苦労」


 と柄にもない言葉で答える。が、若武者は肥後勢を認めると、ビシッ!と姿勢を改めて曰く、


「はっ!殿より甲斐相模守様へご伝言です!これより西の長垂山に原田勢の軍影がありその迎撃をお願いしたい、ということです!」

「ちょ、ちょっと、到着早々……」


 と言ったところで備中は言葉を飲み込んだ。ここは戦場なのだ。そして、由布に必勝の心情を吐露したように、鑑連は追い詰められている。ただでさえ味方が少ない中、数少ない援軍とは言え活用しなければ生きて帰れないかもしれないのだ。そんな事情を知らないはずの肥後武士だが、


「承知した。戸次様への挨拶は敵を打ち破ったあとにしよう」

「ありがとうございます!ご武運お祈りいたします!」

「一つ確認だ。原田勢は全軍をこちらに向けていなかったのだろうか」

「いいえ!主人鑑連の見立てでは、原田勢の本隊はあくまでこちら側。それが崩壊の危機にあるため、柑子岳城を包囲していた別動隊を急遽寄越したのだろうということです!」

「なるほど、ワカった。それではお使者、生きていればまた会おうか」


 淡々と西へ向かっていった。この肥後武士はどうも割り切った性格のようで、姿が見え無くなればまた、その軽薄さから感じた嫌悪感もきれいさっぱり消え去るのであった。


 陣中の鑑連の下へ復命する備中。


「戻りました」

「肥後勢は半分くらいは来たか」

「は、はい。丁度その通りでございます」

「ご苦労」


 見れば、由布は当然の事ながら、内田も小野甥も薦野も、幹部たちはほぼ全員出はらっている。が、一拍子置いて驚愕の思いの森下備中。主人がご苦労、と労いの言葉を吐いたのだ。外れそうになった顎を抑えながら、鑑連の顔を横から覗き込む備中。果たして弱気になっているのだろうか。備中がそんなことを考えていると、伝令が飛び込んで来た。由布隊の印が付いている。


「申し上げます!姪浜に逃げ込んだ原田勢を、我ら尽く打ち破っています!」

「大将の原田入道は見つかったか」

「はい!内田様が追撃しております!松原に逃げ込んだということです!」

「松原」


 筑前の海には松原が伸び、かつて蒙古軍を防いだ石築地があるという話は、豊後の山生まれの備中も知っている。蒙古兵を防いだように、原田勢を防いで戦うのだろうか、などと妄想していると、鑑連はスクと立ち上がった。


「これより由布の隊に向かう。備中ついてこい」

「はっ」


 鑑連の顔が険しい。備中としては自信満々に戦場を見下ろして悪鬼鑑連が高笑いする姿を刮目したいのだが、その狂的な押出しがまだ見えない。魁偉を待ち望む備中は、この戦いについて一切の不安を感じてはいなかった。

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