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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
耳川以後(1579~)
348/505

第347衝 走錨の鑑連

「この筑前の戦い、殿を強打すれば反乱軍の優勢は確定します。そうすれば秋月種実の豊前における活動も活発になり、国家大友は致命傷を負う。謀反人たちはそれを理解して、連携しています」

「だが、連携が上手く機能しないこともあるだろう」


 内田の根暗な楽観論に、小野甥は爽やかに答えるが、


「はい。我ら大友方と同じくらいには連携が機能しないこともあるでしょう」


 これでもう、内田は沈黙してしまった。国家大友の武士誰もが恥と思っている事でもあった。


「柑子岳城の包囲こそが陽動です。救援に出た我々を待ち受け足止めし、さらに脊振の山から下りてくるだろう佐嘉勢が背後より袋を閉じる、という計画でしょう」


 戸次武士一同、納得腑に落ちの表情となり、小野甥の明晰さに改めて感嘆する。発言者はそれを目で抑え、さらに続ける。


「罠である事を承知で出陣した場合、これを打ち破る対策が必要です。それが無い場合、ただ敗北を知るためだけの戦闘になるかもしれない」


 使者の話によると、兵力は同等ということ。ならばやりようはあるのではないか。特に、我らが常勝将軍戸次伯耆守であればなおのこと。


 鑑連はまだ発言しない。しかし、鋭い目は見開かれ、ギラギラと輝いてもいた。小野甥、さらに曰く、


「一方で、原田勢の誘いに乗らない、という選択も立派な戦術と言えます。結果、我々は柑子岳城を失うことになるでしょう」


 広間は水を打ったように鎮まり返る。柑子岳城は、臼杵弟の弟の弟が原田勢暗殺にしくじった時に逆撃を受けて、一度落城の憂目にあっている。みな、それを思い出しているのだ。


「あの急峻峻厳な山城が……落ちる時は落ちるか」

「急峻ではありますが、峻厳とまでは言えません。山の規模も包囲を防ぐほどでは」

「あの地にいる武士らにも誇りはあるはずだ。齧り付いてでも死守してもらわねば!」

「多くの不幸に見舞われた臼杵家を本筋とする者たちが多く、一様に士気が低下している様を私は見てきました」


 やはり、小野甥は柑子岳城を見てきたのか、と手を打つ備中。ポン、と不思議な程に音が響き、味方の士気の低下に太鼓判を押した様な空気となってしまう。


「そしてなにより、城主たる木付殿は、確かに善良な方ですが、城内の武士らの心を把握しきれておりません。なぜかと言えば、やはり柑子岳城は臼杵一門が城だからです。代理人では指揮統率も乱れること、あるかもしれません。つまり、籠城すら長くはもたない恐れも」


 暗い材料ばかりの現実に誰も声も上げない戸次武士たち。小野甥は、鑑連へ視線を投げていないが、意識は正面から鑑連を向いている。決起を促しているのがワカった。


 しかし、鑑連に原田・佐嘉連合軍を打ち破る策はあるのだろうか。敵を撃破しつつ、籠城する味方の支援も行わなければならない。


「備中」

「はっ」


 鑑連に呼ばれ身が引き締まる備中。


「小田部の元へ行き、話をしてこい。伝えるべきことは、ワカってるな?」

「は、はい!はい……」


 焦る備中。明言してくれないと誤った事をしてしまいそうで、自信が無くなる。しかし、鑑連の希望はワカっている。原田・佐嘉勢との戦いにおいて完全な統率化に入れ、という事であるはずだった。鑑連は、汗をかき始めた備中に目もくれず、笑い始める。


「クックックッ!」


 顔を上げて曰く、


「見えた。事態を打開する作戦が!」


 そして歓声に包まれる広間。


「おお!」

「と、殿!勝利への戦略があるのですね!」

「さすが、さすがは殿!」


 若い武者などは腕を上げての大喝采である。しかし、勝利への戦略について、中身はどの様なものだろうか。備中も心惹かれるが、鑑連にこの場での開帳の意思はない様だった。立ち上がりて、


「由布、内田、薦野、小野。ワシの部屋へ作戦を説明する」

「……はっ」

「はい!」

「はっ」

「はい」


 四人の武将達は静かに立ち上がり、鑑連について行った。備中も急いで後を追う。広間を出てしばらくして、鑑連が振り返る。


「備中。早く荒平山へ行けよ」

「そ、その。一応確認をばと思いまして……」


 四将の間を抜けて鑑連に近づこうとすると、


「まさか貴様、自分が小田部に何を言うべきか、ワカっていないとでも言うんじゃあるまいな」

「い、いえ!あ、あの!だ、大体はワカってるのですが……ね、念のために」

「いいから行ってこい」

「で、ですが!」


 情報の不行届が原因でこの戦いに敗れては、森下備中生涯の不覚をとることになってしまう。それでも、鑑連は明確な指示を出してくれない。


「ちっ。仕方のないヤツめ。なら言ってやる。小野は失敗している」

「えっ?」


 小野甥の顔を見ると、爽やかに笑っている。


「これが手がかりだが、備中。しくじったら降格だからな。忘れるなよ」


 そう言い放つと、どしどし廊下を進んでいく鑑連であった。将たちもその跡をついて行くが、小野甥は一言渡してくれる。


「備中殿なら上首尾に事を運べる……」

「そ、そうですか?そうかな」

「と殿が考えたのだとしたら、やはり殿は家来の事を良く把握しているな、と私も思うでしょう」

「あ、あの……」

「大丈夫ですよ」

「ちょっと不安なのですが」

「備中殿ならきっと上手く行きますよ」


 根拠は不明ながら、小野甥の太鼓判が押されたのだ。漢、備中、文系だが武士の端くれとして、危険待ち受ける先を進む他、選択肢は無いのであった。

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