第342衝 尋常の鑑連
「と、殿!お喜び下さい!援軍が到着しました!」
「クックックッ」
「援軍です!ついに援軍が!」
「そうだ……斬れ!逃すな!そうだ、思い知らせてやれ」
「いやあ、本国は我らを見捨てては居なかったのですね!」
「今か……いや、もう少し、敵が崩れてから」
「と、殿?」
「そうだ。いいぞ……包囲しろよ……」
「と、殿」
「そうだ!そうやるんだ!始末せよ!」
「と、殿!援軍です!」
「やかましい!」
「ぐわっ」
一喝されて落馬する備中。が、殺戮に酔いしれた鑑連の頭は覚めたようだった。
「援軍?援軍だと?」
周りの戸次武士たちも、喜びを顕にする。
「この時期に援軍とは、誠にありがたい!」
「いや、まさしく!百人力ですな!」
「まあ、我らほど精強ではないだろうが。鍛えてやろう。はっはっはっ!」
無邪気に喜びあう戸次武士の姿が、戸次隊の筑前における苦労をもまた表していた。一方、国家大友の構成員へ過大な期待を抱いてない、むしろ失望している鑑連は冷静である。
「備中。援軍とはどこの兵を誰が率いてどこの馬の骨が送り出してきたものか」
「は、はっ!肥後の志賀安房守様です」
「親父の方か、倅の方か」
「お、お父君の方でして」
「数は」
「お、およそ三百。援軍の先遣隊とのことです」
「数は……いや違う。どこの武士どもだ」
「肥後御船の兵ということです。隊の長が目通りを願っておりますが……」
「御船」
肥後から来たその武士は、飄々としており、見るからにお調子者と言った様子であったが、
「主君阿蘇大宮司より、皆様の力になるよう命じられ、参りました」
と挨拶した。どうやら志賀前安房守が阿蘇大宮司を動かして実現した援軍のようだった。鑑連は素直に曰く、
「誠に頼もしい。共に不埒な謀反者を打ち破ろう」
「はい!精一杯励みます!」
「それで、後続隊の規模は如何程と聞いているかね?」
「はい。数千は」
「数千とはどれくらいかね?千から九千九百九十九までの範囲で答えてくれ」
「我が父宗運は宗麟様の為には一兵も惜しくないとのことでしたので、薩摩勢に対する備えを考えても、五千はご用意できるのでは、と」
「五千」
居並ぶ戸次武士らはみな満足気な声を上げる。国家大友の権威は未だ健在なのだと、力づけられる思いだろう。肥後勢を組み入れることも考えて、小休止をとることにした鑑連、肥後武士に道中の筑後の情勢などを詳しく聞き出すのであった。質問攻めにされた後、肥後武士はようやく解放され持ち場についた。
「殿。志賀様へのお礼状を用意しました」
「そうだな。次から送ってくるなら、もう少し胡散臭くない者を送れ、と書いておけ」
「う、胡散臭く。し、しかし、阿蘇大宮司家御家老の御嫡子ということなら、素性確かなのでは……」
「ワシにはワカる。あれは援助に来たのではなく、筑前の戦線を確認するために送られてきたのだ」
「え!」
人を信じない、如何にも鑑連らしい考えであり、鑑連は続ける。
「十中八九な。志賀としても、今、苦しい立場にあるから、国家大友に対して善処したと大いに主張はしたいはず」
確かに、日向の敗戦について肥後に兵力を展開していた志賀と朽網がいがみ合って、陽動の任務を果たさなかったため、薩摩勢の援軍本隊の佐土原入城を許した、という意見もあった。
「阿蘇勢と志賀の利害が一致した事による派兵だ。よって、数には含めない。物の役には立たんだろう」
「……ご、五千の援軍は」
「期待するな」
「……」
備中の考えでは、鑑連と志賀前安房守は不思議な関係にある。結束は強くないが、時に意見が合う。しかし、どこか冷笑的なのだ。だから、鑑連の指示通りの内容で礼状を作成し、それでよしとした。
その直後、鑑連は全軍に前進を命じる。戸次隊の秩序、練度、優勢に太刀打ちできなくなった秋月勢・筑紫勢は本格的に逃走にかかり、戸次隊は直ちに追撃を開始した。
筑前・安楽平城表(現福岡市早良区)
「殿!秋月勢・筑紫勢に追いつきました!」
「よし、由布の隊と挟み撃ちにするぞ。行け!急げ!気合い入れろ!」
我こそは、と戸次の騎馬武者達が逃走速度も鈍り、壊走し始めた敵を捉え、背後から槍で仕留めにかかる。が、鑑連はいきなり不機嫌になり、勇ましく槍を振るう小野甥を見つけると遠くからでも頭に響く怒号を投げつける。
「小野!貴様!」
「はっ!」
「安楽平城は何故呼応して出てこんのだ!」
「守りに入っているからでしょう!それに、大津留殿とは異なり、小田部殿は殿の指揮命令下にはありません!」
「そんなこと知るか!今から城に駆け上り、小田部の能無しに出てこいと伝えてこい!」
「無駄です!高祖城の原田勢を前に、そんな冒険に打って出られる人物ではありませんから!」
「原田勢だと!」
「ほら、向こうの山を!」
丸に三つ引の旗が立っているのが見える。原田勢が集まっているようだ。
「ちっ、速いな」
「由布隊より申し上げます!原田勢には速度があり、このままでは挟撃態勢が崩れます!由布隊は一度山側に移動し再編成を行うため、殿には合流をお願い致したくまかりこしました!」
「やむを得んか」
歴戦の中でも由布の進言はかなりの確率で正しいのだろう。鑑連はその提言を容れ、由布隊と合流するために敵を追撃しつつも攻勢を止めた。
すると、それを見計らったかのように、原田勢から使者がやって来た。内田は鼻息荒く、
「衝突前に非常識な。斬り捨てますか」
鑑連なら裏切り者を遇するに刀を振るうこともありそうだが、この時は原田勢の言い訳に関心があったのか、
「使者を通せ」
到着した原田武士は、堂々たる態度でやってきた。間違っても降伏の相談に来たのではない、という誇りに満ちていたが、発言内容は少し趣が異なっていた。




