第341衝 屍山の鑑連
佐嘉勢動く、の報を前に、静まり返る戸次武士。だが、鑑連はお構いなしに、いつもの調子で尋ねて曰く、
「佐嘉勢の万の兵は展開しているか」
「いいえ!しかし、示威を目的とした行動である事疑う余地無しとのこと!」
「それは大津留の見解か」
「はっ!主人は戸次様からの救援を頂きたく、よろしくお願い申し上げます」
鑑連はご苦労、とだけ述べて、援軍の確約を得られずに困惑する伝令を下がらせた。小野甥、彼も平静を保ったまま言葉を発する。
「佐嘉勢の動きに対して、いかがなさいますか」
鑑連は即答する。どんな苦悩の色も見せず。
「予想通りヤツらの突出を誘うことはできたが数が違うな。対処は不可能だ」
「しかし、放置もできません」
「佐嘉勢はまだ開戦決意にまでは踏み込んできていない。筑後攻めの途中でもあり、全兵力をこちらに向けるわけにも行かんからだ」
「大津留、小田部、木付の兵は佐嘉勢の半分程度しかありません。敵の頭領龍造寺隆信が筑前へ足を踏み入れたなら、結果に至るまではあっという間ではありませんか」
「かもしれんな」
鑑連の心を読み取ろうと努める備中。思うに、この期に及んで騒いでも仕方がないことについては、諦念を持って相対するしかない、と腹を括ったのではなかろうか。
「いつ来るかはワカらんが、それまでに出来る限りの勝利を重ねるしかあるまい。今、秋月・筑紫相手には勝っているのだからな」
数日後。
「申し上げます!秋月勢と筑紫勢が、山岳部から兵を引き始めました!」
「よーし、まずは防いだな」
「はい。さすがですな」
「クックックッ!」
小野甥が心にもないおべんちゃらを心のこもらぬ態で示すと、いつもどおり嗤う主人鑑連。二人の不思議な会話に心和む備中。
「では、次の作戦だ。備中」
「はい!報告はすぐにでも入ってきます」
「来れば、直ちに伝えろよ」
備中は筑前の各地に、斥候を配置している。情報将校としては可もなく不可もなく、といった備中だから、せめて此処では活躍を、と意気込んでいた。
備中が思うに、鑑連は戦術面での目標を達成する事で、戦略面での目標に手を置くことにも、とりあえず成功した。大津留隊を指揮下に組み入れ、宗像勢を味方に引き入れた事で、鑑連が直轄して影響を振う事のできる領域は拡大したのである。平時であればとても認められない権限の拡大である。だが、今の国家大友はそれを必要としてるのは間違いないのであった。
安芸勢と戦った多々良川で、困難な状況にあっても、鑑連の能力は十分に発揮されていた。大規模な戦いでこそ、鑑連は輝くのだ。無論、鑑連相手では正面から戦っても勝ち目は無い、と敵は判断しているのだろう。遊撃戦が以後も続くことは予想された。それは、なかなか決着を見ない、締まりの無い戦の連続ということでもある。正面切っての戦いこそが、数少ない好機のはずであった。
そして、
「殿!来ました!」
「どこだ」
「兵をまとめた秋月・筑紫勢、岩屋城の包囲に取り掛かりました!その数およそ四千!」
「鎮理の対応は」
「巧みに兵を展開し、目下防戦に成功しつつありますが、押されている模様!」
「殿、これは鎮理殿の擬態でしょうか」
「そんな要領の良い男ではあるまい。よって救援に行くぞ。西の四郡については全て由布に一任する」
「はっ!」
四王寺山の東の隘路を突っ走るという、鑑連お好みの電撃作戦により、出発からものの半刻で岩屋城前に到達した戸次隊。
「不埒な反乱軍どもを蹂躙せよ!特に秋月種実、筑紫広門は死体でも構わん!仕留めれば、恩賞は思いのままだ!」
戸次隊が誇る騎馬隊が秋月、筑紫の兵を、命令通りに蹂躙していく。そして、鑑連に呼応して、岩屋城の城兵が打って出て来た事で、理想的な挟撃が実現した。山岳戦で敗れ、さらに急に出現した戸次隊を前に、秋月・筑紫両勢に大きな悲鳴と混乱が広がった。
「殺せ!」
「手を抜いているものは誰だ!イヌどもを殺せ!」
「捕虜などいらん!死体で平野を埋め尽くせ!」
笑顔の悪鬼面となり、眼前で繰り広げられる殺戮を叱咤祝福する鑑連だ。その姿は如何にも恐ろしげで、備中の目の前に、まさしく地獄が現出していた。
小野甥が馬を走らせ近づき、兜を脱いで報告をする。
「殿!我が方は圧倒的ですが、敵首脳陣は早くも逃走を始めております!」
「そうだろうとも。で、方角は北西だろ」
「はい。では、山の東側から突入したのはその為ですか。敵を合流させるため?」
「なに、秋月も筑紫も締まりの無い戦を止められぬようだからな。原田勢も加われば、ヤツら烏合の衆は動きが取れ難くなるだろう。臆病者どもをまとめて始末する好機だ!また、連中を撃滅すれば、佐嘉勢も筑前への侵攻を考え直すだろう」
「なるほど。お見事です。上手く行けば」
「上手くやるさ」
小野甥は兜の緒を結び直すと、馬を駆って戦場へ戻っていった。小野甥が指揮する一隊も、内田や薦野に負けず勇敢で知られているが、鑑連の意を確認した上で、敵首脳部の追撃を最初に手がけるはずである。
鑑連は、岩屋城を背景に繰り広げられる惨劇から
決して視線を外さずに、総追撃の時宜を見極めようとしていた。
と、そこに意外な援軍到着の報が入った。




