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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
弘治年間(〜1558)
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第33衝 焦燥の鑑連

 山深い古処山城に取り付く戸次隊の兵士たち。まだ他家の部隊が本稼働する前だから、真の先発だ。一門隊と内田隊が進む。そして、最もカカってしまった隊長内田にグイグイ引っ張られ、早速城門に取り付く兵たち。


「備中」

「はっ」


 相変わらずの連絡将校である森下備中に鑑連の命令が下る。


「吉弘隊に、内田隊への後詰を伝えてこい」

「き、急なことで」

「なんだと?」

「い、いいえ!はっ!」



 吉弘隊の陣幕に入った備中。出てきたのは、地味な男で、うひっ、と声を上げそうになった。この人物は、先日、吉岡長増が連れていたあの地味な男。なんと、下郎ではなかったのか……


 感情を隠すのが得意になってきた備中。こんな無礼な感想を微塵も漏らしたりはしない。伝令を受けると吉弘は、


「承知しました。このような機会を頂き、感謝の極みです。戸次様に良くお伝えください」


と丁寧に返してきた。地味だが心がこもった言葉だったので、備中、自然に平伏してしまった。


「ははっ!」



「おい、備中、あれは吉弘隊か」

「はっ、殿のご指示を弁えておられます。いやあ、見事な武者振りですなあ」


 備中の熱に浮かれたような発言にイライラする鑑連。突進が過ぎて早々に撃退された内田隊の後を、確実に抑えて門壊のための陣地を抑えた吉弘隊。


「むむむ」


 備中見るに、内田隊の混乱に巻き込まれてともに下がるだろうとの主人鑑連の思惑が、吉弘隊の確かな動きによって外されたようだ。何よりだ、と同時に、主人ならこれは自身の功績拡大の為にはならないと考えるだろう、とも考える。備中の読心は的中しており、鑑連は次の手を出す。戸次隊の真の切込隊長である由布へ、より一層激しい門壊のため、急ぎ前進せよと命じる。


 危険な命を受けた由布は、先に門壊を担当していた一門隊と、混乱なく場所を入れ替え、前線に立った。戦場を前に、よく通るが大きい、武人らしい声を発した。


「槌を打て!丸太を走らせろ!」


 由布隊の門壊はいっそう激しかった。一方で、城からは間断なく矢が飛んでくる。時たま、当たれば必死の、恐ろしげな鉄砲の音も響き、兵らの動揺は大きい。


「怯むな、なんとしてもこの門を破るのだ!」


 由布が叫んでも中々士気が上がらない。焦れた鑑連、


「おい備中」

「はっ」

「城壁を乗り越えてでも城に侵入しろと、由布に伝えてこい」

「……」

「聞こえているよな?」

「は、ははっ!」



「あ、あのう由布様」


 ジロリと振り返る由布。丁度、備中は雁額の向こう側に、不機嫌そうな鑑連が見えたのか、視線を少し泳がせて備中に向き直る。


「殿からの新たな命令だな」

「はっ、お伝えします」


 命令を無心に伝える備中は、こんな時には心を寝かせるしか致し方ないではないか、と心で叫び声を上げた。由布は表情を変えずに、


「承知した」


と言うのみである。


 無愛想でもこれこそ真の武者だ、と感心感謝した備中だが、次の瞬間、衝撃とともに息が止まっていた。由布が備中の首根っこをネコにやるが如く、むんずと掴んだからである。


「ふぐ!」


 備中を掴んだまま、由布は兵らに組体操を命じる。そして足腰肩の階段を駆け上り、城壁の上に立った。そして叫ぶ。


「見ろ、ここは安全!安全だ!」


 そう言い、森下備中の顔を兵らに晒した。備中は名うての腰巾着として、戸次の兵らにそれなりに知名度があったのだ。


「ここを拠点に城壁を越えろ!越えろ越えろ!叛徒どもの命を名声に替えるのだ!」


 これを見ていた鑑連は哄笑する。


「由布め、やるではないか。クックックッ……単なる無骨者から、成長しおったわ!」



 由布に放り投げられた後、息をゲホゲホ整え、矢玉を避けながら戦場を廻る森下備中。負傷し倒れた兵の傍に隠れて、戦について考える。


 この反乱を起こすに際して、他の筑前豊前肥前の勢力は立ち上がらなかった。動揺の有無は置いておくとして、孤立無援で戦う秋月兵が決死の覚悟であるのは当然としても、攻める大友側も非常に士気が高い。その理由を、備中は出世欲に見た。


 主人鑑連は言うに及ばず。周防大内家の解体により秩序だった財産は、混乱とともに宙に浮いたのである。それを得るには、一抜けて最初に手をかけるしかない。


 防長の財産は安芸勢が手にした。当然である。ならば、筑前豊前肥前の財産を手中にする者は大友家しかいないだろう。大友家は極めて公的な存在である。そこに身を置いている事は、人の世の幸運である。ならば精一杯戦うしかないではないか。


 備中は、義鎮公が責任を負う数々の尊属殺人について、今は考えない事にした。この戦闘の激流にあって、それは無用であるはずだから。



 戸次隊で最初に門を越えた由布隊が怒涛の進撃を開始。ほぼ時を同じくして、吉弘隊、高橋隊、臼杵隊も城壁を越え、城内の侵入に成功していた。


「備中!おい!」


 背後から雷が二つ飛んできた。塀から降りて急ぎ戻ると、


「吉弘、高橋、臼杵の隊へ伝令だ。今の攻勢を緩める事なかれ、と。行け」

「はっ!」


 色々考えるのは控えよう。今は、戦場で己の役割を果たすのみ。伝令隊を受け持つ我らが森下備中にも兵はいる。彼らを吉弘、臼杵の隊へ飛ばし、自らは高橋の隊へ向かった。それは、かつて府内で見た貴人の戦姿を見ておきたかったためであるが。



 高橋隊はすでに城内へ突入しており、指揮官たる高橋殿は既に危地に居る。そう考えると、いっきに熱の冷める備中。陣に居る最も位の高そうな高橋武士に伝令を伝えると、


「大丈夫、そのおつもりで殿はすでに三ノ丸に入って行かれた」

「はっ!失礼いたしました」


 うーん。吉弘様と言い高橋様と言い、吉岡様の周囲にいる方々はみな優秀だなあ、等としみじみ城を見上げていると、中から激しく衝突する音が聞こえてくる。刀の金属音、鉄砲の破裂音、悲鳴、叫び声、歓声。


「このるつぼの中から、名声が生まれるのか」


 それを回収し、地位を得る事こそ、主人鑑連最大の願望だ。この戦、陰謀によって焚きつけられたものではない。思いのままに振舞えるからこそ鑑連も莞爾としているのだ。


「生きるとはこう言う事だ。殿のためにも不道徳には目を瞑るのだ」


 雑念を振り払い、森下備中本陣へ走り出す。そこにはある意味では尊敬に値する主人がいるのだ。さあ、急ごう。



「殿、ご報告です」


 任務完了と戦況報告を行う。少し考えた鑑連は、次の指令を発する。


「小野隊を見てこい。由布隊に近いのなら後詰に行かせろ。我が方が三ノ丸を突破したら、由布隊を支援させろ。伝えるのだ」

「はっ!」


 走る走る森下備中。もうこの日は何万歩、歩んだであろうか。思えば伝令もやり甲斐のある仕事だ。小野に指令を伝えると、


「おお、この場所で退屈し始めていたところだ。承知したぞ……備中、どうせ殿に戦況の報告をするのだろう、ほら、ついてこいよ」

「ありがとうございます」


 小野の善意で三ノ丸突入口付近に入る。


「突入は戸次隊がここから、向こうからが高橋隊だな。少数の吉弘隊は、あんな場所から入った」

「皆さん難儀な事ですね」

「うむ、そうだな」


 すると三ノ丸から大歓声が起こり、法螺貝と鐘の音が響いた。あれは戸次の音頭だ。


「お、由布殿が三ノ丸を押さえたとご判断したようだ。では、我々も行くか、備中」

「はい」


 二ノ丸でも戦いが始まっていると音でワカった。歩き始めた備中がふと、上を見上げた時、城の狭間口から鉄砲が覗き、ふらふらとこちらを向きそうで向かない。悪寒がした備中、叫んだ。


「危ない!」


 えっ、と小野隊の面々が備中を振り返る。そして、備中が指をさした方向を一斉に見る。同時に鉄砲の破裂音が響き、刹那、小野が頭部からスイカのような個体液体を周囲に撒き散らしていた。ビクビク、と立ったまま痙攣すると、小野は滑らかな動きで背後に倒れていった。

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