第338衝 邀撃の鑑連
「敵が山岳部に展開しているだと?」
「はい。それも小集団に分散しています」
「ヤツら、何のつもりでしょう……」
季節は春である。筑紫の山々にも山櫻が咲き始めていたが、花見を楽しむ世相では全く無い。
「宝満山、三郡山に展開する秋月勢の動きは理解できるけど、脊振の山に筑紫勢が展開することに、どのような意味があるのでしょうか」
「……脊振の方面には原田勢も出てきている。三方向から包囲をしたつもりになっているのでは」
「小集団なら、山から容易に街道に出られる至れば略奪も思いのままです」
考えあぐねる幹部連。と、そこで、
「備中殿、何を考えていますか?」
と小野甥が水を向けてきたため、内田や由布、薦野らが一斉に備中を見る。鑑連の下に仕えてもはや三十年近く過ぎ、この程度の事には慣れてきた森下備中、堂々たる所見を彼にしては堂々と述べる。
「お、恐らくですが、三方から広く包囲する事に加え、宗像勢の決起を促しているのだと……」
「氏貞か」
「そ、そうです。宗像勢が敵に回ればこの包囲はより固くなります」
秋月、筑紫、原田に加えて、宗像勢まで敵になれば、筑前の大友方は容易に包囲されてしまう。本国豊後が乱れ孤立無援の中、想像するだに悪夢だが、
「この度、大宮司様は殿を裏切らない、と誓約されています。そのことを、敵が知らないのだとすれば、そこにこそ敵を打ち破る好機があるのかもしれません」
「好機とは?」
「ええと、その。いや、そ、その」
薦野に問われ、あっさり吃って萎縮する備中。戦術の話になると、さっぱり頭が働かず、適当な事を呟いたまでなのだが、
「備中殿、大丈夫。実際の戦い方を考えるのであれば、有効な戦術はあります」
と小野甥が助け舟を出してくれ、ホッとする備中だった。内田が呟く。
「有効と言っても、山岳戦の戦術など数が限られている」
「そうです。敵より速く有利な地を得て、地形困難な戦いに慣れ、それでいて兵糧物資は欠かさずに、悪天候にも耐えられる武士でないと行けません。つまり、当家の武士団におあつらえむきの条件です」
「なるほど、そういう見方もあるが。ただし、今回敵が展開する範囲も広い。抑え切れるか」
「由布様は如何お考えですか?」
小野甥は、戸次隊の大集団を統率する事になる由布に尋ねる。
「私は佐嘉勢が出てくるまでは、対処可能だと考えますが」
今、佐嘉勢は筑後にかかりきりになっている。そして、奪った土地の安全を確保してこちらに刃を向けるまでは、まだ時間がかかるだろうと考えられていた。
「……これまでの戦いで、筑紫勢も秋月勢も実際のところ連携に優れているわけではなかった。だから、連携をとって対処する、という面で大友方が優位に立てば、そうだろう」
「つまり、筑前の大友勢を統括して、殿が命令に服させることができれば?」
「……そうだな、しかし」
そう。由布の懸念するように、大友方ではそれが
最も難しいのだ。豊後人は、派閥意識が強いし、地域意識も強固であり、さらに鑑連は嫌われている。
「……」
「……」
そんな事は全員が承知している。となるとこれは到底実現不可能な戦略ではないか。が、小野甥はみなを力づける。
「鷲ヶ岳城の大津留は旧知です。私が説得に行きましょう」
「柑子岳城の木付は?」
今は亡き臼杵兄弟の後任だが、臼杵に親しい武士だったはず。
「一人最前線で不安でしょう。また、最近我らが危機を救ったばかりです。それに本国の臼杵勢からの救援見込みなど皆無。彼には殿に従う他、生き残る道はありません」
この会議、黙っていることの多い鑑連が苦笑した。こちらには年配者をせっとくに送る事が決まる。
「荒平山城の小田部。これは……」
小田部は筑前の武士である。
「小田部殿はこれまで比較的協力的でしたが、豊後の力が弱まっていると見ると」
「裏切るか?」
「いえ。それはないでしょうが、自分の土地は自分が守る、と殿の指示に従わないかもしれません」
「地理から見れば、小田部の敵は原田勢。原田と戦う時は、協力を惜しまないでしょう」
「そこから先は期待できないということか」
そして、宝満山城の吉弘鎮理だが、
「今回ヤツはワシに何の断りもなく、自ら率いて国東に向かった。怪しからんことだが」
「殿」
「ワカっている。甥っ子を見過ごせなかったとなると、これを非難することもできん」
「鎮理様が残した城主は筆頭家老殿、兵は五百です」
「鎮理がこの事を予期していたと判断して、この方面はヤツの部下どもに委ねる」
「救援を送らないと?」
「基本はな。岩屋城はともかく、宝満山城は堅い」
こうして、反乱勢力に対する戦略は決定された。決まった後の戸次隊の動きは速く、あっという間に体勢を整える事に成功した。すでに、由布、内田、薦野は配置についた。立花山城でその報を受けた備中、興奮して鑑連に述べる。
「お、小野様は凄いですね!何もかもあの方の言った通りになって」
「ふん」
と鼻を鳴らすも、備中の言葉を否定はしない鑑連であった。鑑連も、その能力を認めているからこそ、衝突があっても小野甥を重用するのだろう。その才能は戸次家家臣団の中でも傑出していると言って良かった。だが、そうだとすると、田原常陸に手を差し伸べない鑑連が艱難辛苦を味わうということも、現実のものとなってしまいのだろうか。死んだ石宗の言葉より、よほど考えてしまう。
それでも、鑑連と小野甥が影響を与えあって行ければこの困難もきっと乗り越える事ができる、と固く信じる備中であった。
伝令がやって来る。
「申し上げます!秋月勢、山から街道に現れて、そこかしこに火など放っております!」
遂に始まった。先手は敵が取ったようだが、鑑連には後退る気など全く無い。
「内田に連絡だ。徹底的に迎撃しろ、とな」




