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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天正六年(1578)
330/505

第329衝 稜線の鑑連

「備中」

「は、はい」


 鑑連に促され、紙を広げる備中。それを由布、小野甥、薦野ら幹部連が覗き込む。主人に教わった通り記したのは、


↓ 八里

美々津

↓ 五里

都農

↓ 五里

高城

↓ 六里

佐土原


となっている。


「今回、佐土原に島津家当主が着陣した、ということである。万を超える兵数ということであれば、一戦に及ぶつもりのようだ」

「はっ」

「言い換えれば、薩摩勢はこの戦いに全てを賭けている、ということでもある」


 鑑連は幹部連を睥睨する。


「当主自ら前線に近づいているとはそういうことだろう。小野」

「はい」

「島津家の当主について調べたか」

「はい。島津家の現当主、修理大夫義久の年齢は四十五歳。義鎮公より年下ですが同年代と考えて差し支えはありません。つまり、男盛りです。家督を継いで十数年、戦いに戦いを重ねることで、一族の結束の固さを維持しています。ですが、常は戦いの場に親族を送り込み、自身は本拠で統轄に専念する質のようで、前線に出てくる型の人物ではありません。よって、この戦い、見方によっては、我らは当主自ら前線に出なければならないほど、薩摩勢を追い詰めているとも見ることができます」


 そうだ、その通り!と合いの手は飛ばない。備中ですら、斬新な切り口であると、驚いているからだ。


「薩摩勢の結束が固いと言っても、薩摩大隅ともにこの十年以内に統一的制圧がされた国々です。瓦解を誘えば、それも速いと見えます」


 満足気に頷いた鑑連、曰く、


「概要は今の通りだが、補足するなら、義鎮と異なり、父親と争っておらず、兄弟親類に所領と役割を与え、家来の粛清をそれほど行っていない。無論、新興宗教に血迷うこともなく、それどころか薩摩勢の支配地では、吉利支丹は禁止されているという」


 それはこの際、美点のような気がする森下備中。


「義鎮との比較をさらにするならば、直轄する所領も少ないため、さほど裕福な男ではない。義鎮程の莫大な財力も無い」


 聞いてると、敵の当主は実に普通で、一方の国家大友の当主は大変な問題を抱えているように聞こえてくる。


「勘違いするな。これは全て美点なのだ。薩摩勢は新興勢力である、ということ以外は非の打ち所がない。野蛮人ども、という蔑称もこの際強みになる事も忘れてはいかん。対して、豊後勢は佐嘉攻め以来、目立った戦が無い。腑抜けており、性根が義鎮流の奢侈に染まっており、内部の感情的諍いも放置が許されない事態にまで至っている。当然、苦戦が予想される」


 さっきから自勢力への批判が止まらない鑑連だが、小野甥が一つ、歩を進めるような意見を投げた。


「三位入道様が佐土原を棄てたのは昨年の冬。これを薩摩勢が接収してから日が浅く、そもそもの佐土原勢は当方についています。地の利が、五分であれば、決戦を急ぐ必要もないのでしょう。むしろ、決戦に打って出なければならないのは薩摩勢ということになります」


 その場にいる幹部連全員が頷いた。相変わらず小野甥の話しぶりは落ち着いており、聞く者を納得させる。鑑連は反論を加えず戦略の話に移る。


「義鎮や田原民部の戦略としては、大軍で確実に日向を圧倒すれば、薩摩勢に従っていた勢力が服従を申し出てくる、というものだろう。ここまではまあそうなっている。だが、敵の当主が出てきたのだ。これは予想外のはず。誰もがひとまず、様子見になる」


 家臣を見渡した鑑連、低く響く声で曰く、


「会戦になるぞ」


 戸次武士ら全員が、近い先に来るべき疾風怒濤に武者震いする。残念な事は、その戦場が遠い日向の地であるということ。よって、武者震いは単なる貧乏ゆすりで終わってしまうと思うと、みな一様に惨めな気持ちになる。


「兵力差は大きいとは言え、相手も万を超す勢力だ」


 その通り、と幹部連、みな頷く。


「双方今頃草の者が飛び交っているだろう。どちらも奇襲戦法は取りようがない」


 大勢力同士の衝突だ。確かにその通りだろう、と幹部連肯首す。


「よって、深く攻め込んでいるのはこちら側が有利だが、奈多のガキも佐伯も、以後の征服に手間取ることが考えられる」


 うん?と話の向きの変化を敏感に感じ取った一同。鑑連を見ると、悪鬼面になっており、その不気味な暗黒の口からは恐ろし気な嗤い声が漏れ聞こえてくる。


「クックックッ。だから、佐土原を速攻で攻めなかった佐伯は凡将だというのだ」


 味方の苦戦を歓迎しているのだろうか。不道徳な鑑連に今更驚かないが、その真意を図りかねる戸次武士たち。と、そこに内田からの使者が時宜良く情報を携えてきた。


「申し上げます。高城を包囲する当方の軍勢、城への攻撃を開始いたしました。千丁を超える鉄砲と、義鎮公愛蔵の仏狼機が火を噴いており、迫力満点とのこと。高城の落城も間近だ、と皆が口々に申しているとのことです」


 おう、と歓声が上がる。


「確かに、大鉄砲の迫力は段違いです。度肝を抜かれてしまう」

「それに鉄砲千丁以上とは、さすが田原民部殿ですな。それほどの数の鉄砲を運用できる者、この九州にはいないでしょう」

「織田右府が武田勢を破った時、やはり千丁以上の鉄砲がものを言ったらしいぞ。博多の衆が言っていた」


 派手な戦ぶりに戸次武士たち、童に還ってしまう。が、こんな時はいつもの如く、


バン


と空気を揺るがす一打音が響く。全員我に返る。鑑連特大の舌打ちである。


「たかだが千程度が籠る城に、四万の大軍が引き付けられている。貴様ら何が愉快なのか!」


 全員沈黙する。言われてみれば、鑑連の指摘の通りのような気もしないでもない備中であったので、鑑連へ水を向けてみる。


「と、殿。殿には、田原民部様や佐伯様が手こずる事について、その対処のための案があるのだと拝見いたしましたが……」


 さすがは紛れもない下郎中の下郎、森下備中である。ニヤリと顔を歪めた鑑連、ついにとっておきを披露する、と言わんばかりに胸を張って曰く、


「ワシらも戦に参加するぞ」

「え!」

「と、殿!」


 驚愕する幹部連、動揺を隠せないが、その一切に構わず鑑連は戦略教養を続けるのであった。

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