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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天正六年(1578)
328/505

第327衝 釘付の鑑連

 日々、鑑連が鎮座する立花山城には、様々な情報が集まってくる。


「安芸勢の出陣、上洛を目的としているとの噂しきり」

「織田勢、摂津で発生した謀反のため播磨から引き揚げた模様」

「海での戦いが激化しているとのこと。織田勢は船に大型鉄砲を括り付け、石山本願寺を支援する安芸の海賊衆を尽く追い返しているそうです」


 しかし当然、情報収集には費用もかかる。人をやったり、博多の商人との付き合いの中で話を得たりと、黙っているだけでは何も手に入らない。そうして手に入れた情報をもとに、鑑連は対安芸勢再戦のための理論構築を行っているようである。中でも、鑑連が特に注意を払った情報が、


「将軍家の使者が、薩摩勢と接触をもったとの噂があります」


というもの。


「都の人間が薩摩の人間と言葉を交わし合えるとは、驚きだな」

「と、殿」


 さすがの悪口に対し、そうではないでしょうと備中は前関白が九州諸国を巡っていた事を主人に思い起こさせてみると、


「あの辺りは近衛家の荘園だから伝手もあるだろう。が、将軍家には何もないはずだがな」

「……」


 とりあえず放言を愉しみたいらしい鑑連に、これ以上の諫めは無意味だろう。頃合いを見て、備中話を進める。


「し、しかしながら、殿はこの情報にご懸念をお持ちなのですね」

「安芸勢上洛の噂が、実はこちら側への出陣である可能性は、やはり否定できない、そういうことですね」


 小野甥が横から姿を現して、そう口を挟んだ。鑑連は無言である。


「日向に入った内田殿からの情報が入りました。田原民部様が日向入りした諸部隊を統合し、一丸となって南下を開始いたしました。加わる隊は数多く、その数およそ四万」

「よ、四万」


 これは凄まじい大軍である。備中は鑑連を横目で見ると、小さく痙攣していた。その部隊を自分が指揮することできたなら、という強い渇望が、体を震わせているに違いない。小野甥がまとめたのだろう出陣武将一覧を、備中に手渡す。


「老中衆の隊は当然の事、豊前、筑後、筑前の諸将は軒並み参加していますので」

「田原隊、佐伯隊、吉弘隊、吉岡隊、田北隊……」


 出陣状を読み上げる備中。


「……臼杵隊。ええと、豊前は佐田隊、だけか。筑後からは蒲池隊、星野隊、三池隊。筑前からは斎藤隊に臼杵鎮続様の隊……あ、当然日向の伊東隊もですね」

「あと、国家大友の諸国から、打倒吉利支丹に燃える人々が、石宗殿の隊に」

「あいつに軍隊の指揮統率などできるかな」

「と、殿。か、かつて肥後隈本攻めの時に、石宗殿は佐伯紀伊守へ攻勢の機について進言していたと覚えていますが」

「そうだったか?」


 二十余年以上前の出来事だ。さすがに覚えていない様子だ。


「心得ぐらいはあるのかもしれません」

「進言はともかく、指揮統率についてはないだろ。しかし、戦場に混乱をもたらす義鎮から離れれば、石宗に限らず皆やりやすくはなるだろうよ」

「その義鎮公ですが」

「また悪い噂か」

「というより報告です」

「内田から?」

「はい。それによると、縣の寺院で、義鎮公は吉利支丹の法要の中で、伴天連頭の前に跪いて、足を洗い、その足に接吻をしているんだそうです」

「ぶっ」


 思わず飲み込んだ唾をえずいてしまった備中。吉利支丹宗門のげにも凄まじき掟に戦慄するが、鑑連が問題にしたのは、


「その姿を、皆見ているのか?」

「見ている上に、噂として広まっているそうです」

「ヤツめ……余計な事をしていないで、臼杵へ戻れよ、と言ってやりたい」

「今回、国家大友諸国の兵が日向入りしている中での出来事です。日向征服が終わった後、帰国した兵たちは故郷で噂をするでしょう」

「国家大友の大殿は、南蛮人の足に接吻をするのだ、と?クックックッ」


 鑑連が不敵に嗤い始める。ギロリと小野甥を睨んで曰く、


「貴様の国家大友への忠誠心、揺らいでいないか?」

「揺らがないよう、努めております」

「クックックッ、頑張れよ」


 人の心を見抜く事の多い鑑連の言葉ぶりから、国家大友への忠節厚い小野甥も、義鎮公の振る舞いに異議唱える思い強いのだろう、と備中は察した。確かに、自分たちの主君が、僧侶の足に接吻をしているなど、気分が良いものでは全くない。あるいはそれが、南蛮諸国では通常の事であるとはいえ、ここは日本であるのだから。小野甥が話を続ける。


「ええと。肥後では志賀隊、朽網隊が球磨郡に向かいます。こちらは無論、陽動なのでしょう」

「肥後衆を率いる志賀隊だけでなく、朽網隊もいて、数もそれなりだ。いざ事あらば、人吉勢とともに薩摩に攻め入るという戦略なのだろうが」


 そういうと、鑑連は備中から一覧をひったくって曰く、


「小野、これは貴様がまとめたものか?」

「はい。内田殿からの情報と、各地から上がってきた情報をまとめた資料です」

「ワシの名は?」

「もちろんございません」

「いや、どこかにあるのではないか」

「いいえ。どこにもございません」

「何故だ」

「さて……」


 けんもほろろな小野甥の調子に空気がよどみ始めてきた。よって、二人の衝突を避けるため、道化に徹するのは備中の役目である。

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