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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天正六年(1578)
326/505

第325衝 膠着の鑑連

「義鎮に会わんと始まらん。ワシは臼杵へ向かう。備中、小野、ついてこい」

「は、ははっ」

「殿、お待ち下さい」

「なんだ」

「今、義鎮公は政庁臼杵にはおりません」

「なんだと?」

「日向へ向け、出発されているとのことです」

「馬鹿め。あいつが戦場に出て、勝った試しがあるか?」

「前線は、まだ各隊に任せているそうです。日向を吉利支丹宗門へ捧げるという話ですので、まずは縣から、という事なのでしょう。すでに土持も亡く、好都合とも言えます」

「なんだ。ヤツめ、例になく動きが速いではないか」


 不可思議な現象に困惑することしきりの鑑連、せっかくの決意が挫かれなければよいが、と備中はその顔を窺い続ける。


「まだ困難があります。此度、義鎮公は伴天連頭と吉利支丹門徒を大勢引き連れているとのこと」

「なんだって?」

「殿は義鎮公へ、吉利支丹から離れるよう、捨てるようにご説得されるのでしたね」

「む」

「いっそのこと、伴天連頭と争論に臨み、対決に勝てば早いのではないかという気もします」

「い、いや。その状態ではいくら何でも無理ではないかと……」

「備中貴様」

「ひえっ。あ、いや、その」


 顔色を窺っていたため、ワシが宗論で負けるとでも?という鑑連凝視の直撃を受け、備中一気に疲弊し口を閉ざす。


「困難はまだまだ、他にもあるようです」

「なんだと」

「縣周辺では神社仏閣が尽く破壊され、土地が接収されていると、評判になっています。日向の民百姓はみな嘆いているそうですが、なんでも吉利支丹宗門の秩序に則った新しい城下の建設が始まっていると、博多でも評判になっています」

「は、速い。速いですね」

「博多のネズミどもがたてている評判とは?」

「曰く、縣は臼杵よりも広く、湊としても利便が良いので、南蛮船が縣に結集することになれば、自分たちにとりしたたかな競争相手になるのでは、という懸念ですね」

「な、なるほど」

「確かに、博多の衆の力を豊後に近い別の場所に移すことができれば、利点も大きいでしょう」

「義鎮公も色々お考えなのですね」

「縣の土地柄がなんであれ、博多の利点は明や朝鮮に近いことだ。縣で代わりが務まるとは思えんな」

「無論、簡単ではないのでしょうが。それにしても」

「何者かがグズの義鎮に影響を与えているとしか思えん」

「幸いな事に、特定は容易です。南蛮船を集結できるのは、噂の伴天連頭のみでしょうから」

「奸臣に次ぐ奸臣ではないか……しかし、あれだな」


 腕を組み、神妙な顔になるのは主人鑑連その人だ。曰く、


「佐伯はそのために、義弟を殺し、妹を不幸の底に突き落とす羽目になったのか」

「さ、佐伯様は土持殿を助命するため、寡黙なあの方には珍しくも相当各方面に働きかけたそうですが……」


 結果、土持は命を失っている。


「哀れなものだ」


 意外な言葉に驚き、ふと小野甥を見る備中。二人は同じ思いを得て、頷いた。佐伯紀伊守に同情している姿は、これまでの鑑連からすればあり得ないほどの美挙と言える。もはや佐伯紀伊など眼中にないとでもいうのだろうか。縣を制圧したその手腕は、鑑連にとっての脅威であるはずなのだが。家族間の不幸に同情したとでもいうのか。とすれば、鑑連も老い、変わったのだろうか。主人の微妙な変化を感じる二人である。


「ええと、さらにですが」

「まだあるのか」


 いい加減にイラつきが募り始めたのだろう。鉄扇を取り出し手で繰り始める鑑連。


「義統公による仏僧への非難が、激しさを増しているそうです」

「ガキめ。で、何と言って?」

「天下に立ったあの織田右府は、比叡山や長島の一向宗門徒を徹底的に弾圧して今の地位を得たのだ、と会う方会う方に説諭されているそうで」

「織田右府は、自身の支配に反逆する寺社を焼いたのであって、大人しい僧侶らには手をかけていないはずだぞ」

「仰せの通りです。義統公が非難する仏僧は、吉利支丹をもちろん受容していないので、その方面では大友宗家に不服従であるとも言えますが」

「そ、それは詭弁ではありませんか」

「そうだ。宗家の嗜好はともかく、国家大友に背いたわけではないからな」

「それもまた、仰せの通りです」


 鑑連、歯切れ良く鉄扇を鳴らして曰く、


「比較の対象にならん。義鎮はバカ息子を放置しているのか?」

「放置どころか、その振る舞いを奨励しているそうです」

「あのバカ親子の頭は大丈夫か?」

「義統公の気持ちもワカらないではありません。強力な競争相手となる兄弟が後継者の地位を巡り猛追してくる中、父君が伴天連頭の言いなりなのです。自身もまた、父君の言いなりになるしかないのでしょう」

「ちっ。セバスシォンめ」


 普段軽蔑しきっている義鎮公の話でも、父子の想いが絡んでくると、鑑連はそこで追撃を止める。この習性は悪鬼に残された唯一の良心かもしれない、と備中密かに涙する。


「殿、義鎮公がこの有様では、恐れながら殿のご決意、無駄撃ちに終わる可能性が大きいでしょう。と、言うより、まずもって失敗すると考えるべきです」

「それでも見過ごすわけにはいかん。今の義鎮は行動が速い。これは酔いが極めて深い証左でもある。薩摩勢を打ち破ってからではもう、色々と手遅れになる気がするのだ」


 情勢を見る限り、鑑連自ら日向へ行くしかないようであるが、それとて意味を持つか否かは不明瞭であった。


「よし。では縣へ向かうぞ。明日には出立する」

「馬を乗り継いで急げば、殿なら四日または五日で到着できると思います」


 小野甥の殿なら、という言葉に思わず微笑む備中。自分なら十日は欲しいところだ。


 だが、鑑連は出発できなかった。安芸勢の統領毛利輝元出陣の噂が筑前を駆け巡った為である。こんな時、筑前の要である鑑連が、立花山城から離れることなど許されるはずもない。思うままにならない事ばかりで不満を内田や備中をはじめとした近習衆にぶちまける鑑連であった。


「出陣と言っても、ヤツらが向かうのは播磨だろうが!筑前豊前に来るはずがない!」

「お、仰せの通りだと」

「し、しかし。小野様がご懸念の将軍家の動向についても、確かに気になるところではあります」

「安芸勢と薩摩勢が仮に手を結べば、それは大変なことです」

「手など結べるか!第一、薩摩の人間の言葉など理解できるヤツがいるか!何を言っているかワカらんではないか!」

「うふ」


 顔を見合わせる近習衆だが、備中は思わず吹き出してしまう。鑑連は時に妙な諧謔を奔らせるのだ。が、目より火花を散らせる鑑連、一喝する。


「何がおかしいか!」

「い、いえ!仰せの通り、薩摩人の言葉は理解不能だな、と」

「何を呑気に構えている!ワシが日向へ行けるよう、策でも考えろ!」

「ははっ!」


 しかし、どんなに頭を捻っても良い案など浮かび上がってこない鑑連家臣団であった。

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