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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
弘治年間(〜1558)
32/505

第31衝 喜悦の鑑連

対 大内旧臣

「出兵だ!謀反討伐だ!」

「なんだなんだ、またか。今度は誰を攻めるのかね」

「筑前は夜須郡(現朝倉市)の秋月家だと。周防山口を制した安芸勢に従うと宣言して、豊後の役人を追放したってさ」



 臼杵、戸次邸。


「というワケで戦が始まるぞ。今回はワシら戸次家に、義鎮公から直々のご下命があった。ワシの勇猛振りが大いに頼りにされているというわけだ」


 久々の戦場であるし、他国の土を進むのは肥後の反乱鎮圧以来である。極めて上機嫌の主人鑑連の気分が、家臣一同に伝播し、誰も彼もが気分が高揚している。森下備中には、そう見えた。うーん、この連中は主家の不道徳には全く不感症の様子、と備中密かに嘆きを深めるが、決まった以上は従うことこそ下位の者の務め、と思い直す。


「計画を述べる。まず、日田口から筑後へ入る。その後、筑後川右岸側を土豪らを召集しながら進み、古処山城を攻める。これが基本方針だ」


 実に楽しそうである。笑顔が、嗚呼、殿の頬から溢れているではないか。


「今回、戸次の主だった衆全てを投入する。一門隊、由布隊、十時隊、安東隊、小野隊、内田隊、他全てだ」

「全て、ですか」

「問題が?」

「兄上、豊後国内でまた謀反が起こるかもしれません。幾らか兵を残しておくべきでは無いでしょうかヒュッ!」


 いきなり羅刹の表情に変わった鑑連、弟を蹴飛ばして怒鳴りつけた。


「馬鹿め!」


 ひい、と地を這う戸次弟に対して、この一喝のみ。一切の解説をしない、誠に雷鬼の如し威姿、とその神仏を畏れぬ傲慢に備中は感心する。


 ありったけの笑みに戻る鑑連。側から見ると、心の病のようでもある、とは備中のみの懸念だろうか。


「クックックッ!」


 笑い声の他は沈黙の広間。この圧にどこまで耐えられるかが生死の分水嶺になるだろう……気が付けば、主人鑑連は備中を見つめている。


「……」


 見つめている……! 賛意を示せ、という事か。だが、やりすぎると幹部衆からどんな悪評を買うか知れたものでは無い。徐々に鑑連の表情が思わしく無いものに変わりつつある。後ろに道は無い。進むしか無いのだ。


 が、備中は十字斉射地点を避けるため、迂回路を進む。すなわち、



「と、殿。今回の出征ですが、戸次家の他はどのような陣様になるのでしょうか」


 一瞬、鑑連の顔が疑問と失望に変わった。それは、お前は一体何を言っているんだ、と言う類のものであったが、鑑連少し我慢して、話を続けてみせる。


「田北隊、高橋隊、臼杵隊、田原隊、志賀隊だ」


 だからなんなんだ、という表情の鑑連に、自軍陣地に滑り込むかのように備中、意を決して言う。


「総大将は、と、殿なのでございましょう」


 刹那、辰……と静まり返った広間。一時が長い。とてつもない長さだ。雷が鳴るか、笑みが溢れるか、どちらにせよ早く終わってくれ……そう願う備中の勇気に菩薩は微笑んだ。


「その通りだ、森下備中。ワシが今回の戦の総大将である。よく知っていたな!」


 流れる冷や汗を拭いもせずに、備中大げさに答える。


「は、はっ!と、殿の尚武を知らぬ者、もはや諸国にはおりません。その殿が総大将ともなれば、叛徒どもも早くに降伏するかもしれんとの義鎮公の思し召しと愚考つかまつかまつりましましった」


 恐怖からの安堵でおべんちゃらが早口になり舌を絡れさせた備中に、しかし鑑連冷静に返す。


「いや、吉岡殿がご配慮だ。小原討伐の時の借りを返してくれたのだろう」


 あふっと妙な息が漏れた備中とて、そうかもと思っていた。が、殿の名誉のためにそれを言わずに置いたのに、もう馬鹿馬鹿!


 鑑連にとっても大軍の総大将は初の事だ。その職位の重さは、雷鬼の心にすら荘重を宿させたのかもしれない。名誉を胸に幹部らを睥睨した鑑連。満足げに語り始める。


「老中筆頭の田北殿は、此度の戦場、筑前の政治的な責任者でもあるから総大将にはならなかった。が、名誉を取り戻すためだ。死ぬ思いで戦うだろう」


 その言葉に身を引き締めた戸次叔父、戸次弟ら一門衆。彼らとて、大友が血を分つ者共なのだ。


「高橋勢も同様だ。一万田家再興のため、死力を尽くすだろう。すでに高橋は筑後で軍勢を整え始めているという」


 いつか見た貴人の姿を思い出した備中。貴人たればこそ、名誉を望んだ心に熱い炎が宿っているに違いないのだ。


「臼杵、田原、志賀もやはり大友の血によって結びついている。手を抜くまい。競争は激しいぞ!決してぬかるなよ!」


 この喝激で士気が一気に高まり応と息吐く一同。森下備中のみ、間を外して舌を噛んでしまった。が、次の言葉が幹部らの心を凍りつかせる。


「総大将の名を辱めたものは死、あるのみだ!忘れるな!」


 凍てついた幹部らを残して広間を去った鑑連。皆、額を押さえて嘆き始める。


「責任重大ではないか、特に我々一門は」

「はっ……ですが叔父上、兄上の言葉は絶対にございますゆえ……」

「うーん」


 これは戸次叔父と戸次弟。と、由布が退出の気配を見せたので両名これを声で咎めた。対してこの侍大将は静かに、重々しく口を開く。


「十時、安東、小野らに殿の決意のほどを伝えて参ります……では御免」

「チッ、相変わらずの無愛想。頼りにならん!」


 鑑連の親衛隊長に苦情を飛ばした後、腰巾着にすら話しかける二人。対して内田は大風呂敷を広げる。


「大丈夫、大丈夫です。この討伐戦、殿は必ず大功を獲得し、義鎮公はそれをお認めになるでしょう」

「しかし内田、根拠あってのことか。働きが悪いと我々が首打たれる可能性もまた、あるではないか」

「卑しくも備中が申し上げたように、戸次隊の恐ろしさ、万人が心に留めておるはずです。対して敵は秋月家のみ。安芸勢が到来するような情報もありません。楽勝でしょう!あっはっは!」


 内田の明るい笑い声に多少は心に落ち着きを取り戻した様子の戸次叔父、戸次弟であったが、彼ら三人は知らない。内田の馬鹿笑いがきっと鑑連の部屋にまで届いてしまっていただろうことを……それを知る備中は、彼らに神仏のご加護あれと祈るのみであった。

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