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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天正六年(1578)
319/505

第318衝 疑己の鑑連

 春、国家大友が催した久々の軍旅は見事、日向国の縣松尾城(現延岡市)を平定して、臼杵及び府内へ凱旋した。久々の出兵、久々の大将に、国家大友は沸いた。


 立花山城でその知らせを受けた戸次武士らは、平穏な地から戦地を想像し、何とも言えない気持ちになる。


「縣勢も勇敢に戦ったようだが、佐伯殿の圧勝だったそうだ。僅か数日で片が付いたというもんな」

「だが、土持家の当主は佐伯殿の義弟ということでしょ。義鎮公も酷な命令を下すものだ」

「土持は捕縛され、田原隊が身柄を押さえているという。ま、薩摩から離れて豊後に戻って来れば、命は救われるだろ」


 だが、と備中は考える。


「名義上の総大将は義統公、作戦参謀は田原民部殿としても、実働部隊を見事に指揮したのは佐伯紀伊守!」

「佐伯紀伊守は武名を上げたな」

「佐伯殿も自身が裏切り者でないということを示す、大きな機会だったからな。相手が血縁者ということなら、尚更さ」


 佐伯紀伊守なりの武士としての在り方を示したこの縣攻め、かつて感じた胸のときめきを思い出す森下備中。だが、


「今回、縣は壊滅したというぜ」

「寺も社も何もかも、焼き払ったのだというが、佐伯殿や田原民部殿が指示したのだろうか」

「噂では、義統公がやらせたらしいぜ。父親の歓心を得たかったんじゃないか」

「どういうこと?」

「つまりだ。吉利支丹宗門は寺社を焼き払うことが正義!と言っている。義鎮公はその宗門を支持している。親家公に追い上げられている義統公としては、そうせざるを得なかったのだと」

「兄弟喧嘩の犠牲になった訳か。気の毒になあ」


 立花山城内を歩く備中に、話しかけるのは薦野である。珍しい。


「備中殿」

「こ、薦野殿」

「縣の一件、噂になっておりますね」

「そ、そうですね」

「さて、どこまでが事実なのか……」

「さ、さあ」


 備中は、野心的だが優れて好人物なこの人物が苦手である。鑑連の寵愛を一身に集めているためではない、と自分では考えているのだが、同じく好人物である小野甥とはどこか根本的な所が違う気がしている。よって、警戒が残るのか、吃って会話にならない。


「備中殿、殿や小野殿は何か言っていませんでしたか」

「さ、さあ」

「そうですか?」

「と、殿が何かを知っていたら薦野殿に伝えるに違いないですよ」

「そうですか」


 ちょっと冷たい言い回しになったか、と後悔した備中。が、それを責めたりしないのがこの青年武者だ。


「いずれにせよ、薩摩方の縣勢を破ったのです。全面衝突は近いかもしれませんね。どうやら、安芸勢は後回しですね」


 そう言い残し薦野は去っていく。慣れない相手との会話が嫌で仕方がない備中、鑑連が居ないことを確認してため息を吐くと、


「貴様ため息をつくか!」

「うわっ!さ、さ、左衛門か」


 内田に悪戯を仕掛けられた。


「孫までいる男が何すんの」

「殿に見つかったら処刑されるぞ。で、何のため息だ」

「いや、その」


 薦野が苦手でため息吐いたとは言えない備中。適当な理由をでっちあげて曰く、


「佐伯紀伊守様のご活躍に対して、殿の現状を思うとね」


 しまった。もう一つの本音を吐いてしまった。が、内田も同感の様子で、


「ワカるよ」

「あ、やっぱり?」

「なんで義鎮公は殿を呼ばないんだろうなあ。そりゃ、日向の戦争だから、豊後勢で事に当たるのは当然だけど、ウチの殿でもよかった気がするよ」

「縣勢は所詮が前哨戦でしょ?本丸は薩摩勢なら温存しているのかも……」

「なるほど。薩摩勢は確かに勢いに乗っているが、十数か国を治める安芸勢程ではない。そりゃ、佐嘉勢よりは兵数も多いだろうがね。まだ日向も完全に薩摩勢の手に落ちた訳でもないし」

「そうそう、私たちも夏には日向にいるかもね、ははは」

「楽しみだ、ははは」


 しかしそれは悲しい嘘だった。備中の予測では、義鎮公は鑑連を用いるつもりなど毛頭無いはずだ。そう考えると、薦野の事などどうでも良く、国家大友における鑑連の地位低下が気になってくる。


「備中殿」

「あ、小野殿」


 爽やか侍を見つけると、喜んで近寄っていく己を、少々恥ずかしく思う備中。城内でもちきりの噂について話が始まる。


「縣の地には、佐伯紀伊守殿が駐屯することになったそうですよ」

「え!もしや佐伯様が縣の地の領主に!」

「大友宗家の直轄地にするそうですが、佐伯紀伊守は土持の縁戚ですからね。焼け野原を統治するにしても、都合が良いのでしょう」


 今日の小野甥から少々毒を感じないでもない備中。率直に尋ねてみる。


「なにやら不機嫌なご様子ですが……」

「いえ、思ったんですよ。今回の縣攻め、少数と言えども各国から兵が出ています。筑前からも高橋勢が僅かばかりですが参加しています。それを断ることもできず、自ら参加を強硬する度量も無い」

「は、はあ」

「この政治力の欠落について、私は殿を見誤っていたのかも、とね」

「……」

「……」


 無言になる二人であった。鑑連に従う事が是か非か、すでに考えることを止めている備中と、小野甥はこの姿勢においてはまるで異なる。何か言葉をひねり出して、小野甥を力づけねば、そう決心する備中だが、先手を取られる。


「このままでは国家大友は割れる」

「割れる……?」

「そう。バラバラになってしまいます。義鎮公の失政によって」

「そ、それは吉利支丹の事でしょうか」

「それも含めて、全てですよ。頂点を極めた義鎮公の権力は、自分自身によって崩れ去ってしまう……多くの豊後人を地獄に道連れにして」


 全てを語らぬ小野甥の言葉を鵜呑みにすることもできない備中だが、ゴクリと息を呑んで尋ねて曰く、


「そ、そのことについて殿はなんと?」

「殿はこう仰せですよ。ワシは強くなりすぎてしまったのか……とね」

「は?」

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