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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天正年間(1573〜)
316/505

第315衝 過眼の鑑連

「石宗殿に、よ、よると、現在、田原民部様は、対外的な折衝を行なう主たる方ではない、とのこと」

「まさか、義鎮に外されたのか」

「のようでして……」

「ならば誰がやっている」

「義鎮公その人という……」

「あの怠け者が?あり得んだろ」


 主君評が酷い鑑連のびっくり発言に、狼狽する森下備中。が、後ろ支える発言を、小野甥がしてくれる。


「ところが、義鎮公が外交を主導している節も出てきたのです」


 険しい顔の鑑連曰く、


「早速、舵取りがおかしくなっているのか」

「見方によってはですが。まず、織田右大将との関係は、大徳寺を経由してさらに深化しており、鉄砲、名品茶器等の贈答の量と回数が明らかに増しています。一方」

「将軍家……と安芸勢だな」

「はい。すでに二年程前から安芸勢と織田右大将の間は上手く行かなくなっていたのですが、当家は織田右大将の求めに応じて、安芸勢の領域で謀反勢へ支援をしていました。目立たない様に」

「それは吉岡ジジイの線を引き継いだ、田原民部の役目だったな」

「ところが、今、田原民部殿からこの指示がでておりません。義鎮公の近習衆が行なっているのみならず、安芸勢が筑前豊前の勢力へ行っている調略の度合いを超えはじめています」

「義鎮め、安芸勢と戦をしたいのか?」


 思考がこんがらがった備中。置いていかれる。


「特に、出雲の旧勢力への支援が著しい状態です。織田右大将が、この旧出雲勢を寵愛していることとも関係があるのかもしれません」

「義鎮が、織田右大将を中心に外交を展開している、として、それは将軍家に対して、楯突くということにならざるをえん」

「将軍家への支出は減る一方です」


 鑑連、舌打ちをする。


「あれほど安芸勢へ行なっていた配慮が塵の如きものになろうとしているということか」

「なるほど……」


 ワカったようなワカらないような印象だが、とりあえずそう呟いた備中を、小野甥は真剣な眼差しを向けて、頷いた。胸が痛む備中。


「義鎮公の権威の源として九州探題の職がある以上、将軍家を蔑ろにしてはなりません。このこと田原民部様は無論承知しているはずですが、今やその配慮もありません」

「意図していないなどあり得んな。明確な方針変更だ」


 つまりそれは安芸勢との再戦が近いということではないか、と備中は自身の心が弾む音を聴く。主人鑑連の活躍の場が増えるではないか。しかし、鑑連と小野甥の話はそちらへは向かない。


「義鎮と織田右大将は吉利支丹好みという共通点がある。いや、まさかな、その程度で?と思ってしまうが」

「安芸勢は吉利支丹宗にとっては敵。否定はできません」

「義鎮はそこまでバカでは無かったような気もするがなあ」

「吉利支丹宗の教えが極端に走りやすいものとして、そういう影響もまたあるのかもしれません。今、豊後の民衆は噂しています。義鎮公に影響力を振るっているのは、田原民部殿ではなく、伴天連であると」

「事実だろう」

「そ、そんな」


 備中、つい口を突いてでた嘆きの言葉に、二人は反応する。


「な、何故でしょうか。田原民部様は、義理の兄でしょうに」

「そりゃお前」


 どうだ、という顔つきの鑑連だ。


「飽きたのさ」

「えぇ……」

「ワシはヤツの性格をよく知っている。あの飽きっぽさ、自分本位な性格は死んでも治らん、いいか」

 

 睨め付けるように顔を歪ませた鑑連は何処か愉快そうだ。


「奈多のガキの使命は、田原常陸を黙らせることだったが、それは何のためか?」

「えーと、そ、それは……よ、義鎮公の力を高めるため」

「そうです」


 頷く小野甥。


「ヤツはそれを果たした。そして今、戦も無く、国家大友の領域は安定している。その意味では田原民部は用済みなのさ」

「ひ、ひどい」

「もっと言えば、国家大友の力が拡大し、安定を見た結果、国主の代理人としての老中衆の力も低下しています」

「クックックッ!ワシはとっとと足抜けできて良かったぞ!」


 聴けば聴くほど、国家大友伝来の力が、義鎮公の前に沈黙しているということが嫌ほどワカる森下備中。続報は続く。


「では、義鎮公が安芸勢との戦を命じられた場合、殿は……その、諫言をなさるのでしょうか」

「せんよ」

「えっ」


 嬉々として述べる鑑連。


「無論、危険性は伝える。だが、その戦を招来したのは義鎮だ。ワシは安芸勢相手に勇ましく戦うのみだ」


 そこに名将と称えられる武士の誇りなど無かった。かつて、吉岡長増が鑑連を戦争屋、と罵倒したことがあるが、その言葉の正当性を目の当たりにしてしまった備中。鑑連は続ける。


「国家大友の主は義鎮だ。逆らうことなどできはしまい!クックックッ!」


 嘘つき、と独り言ちる森下備中であった。


「で、石宗は奈多のガキを切るかな?」

「石宗殿も立場を失いつつあります。田原民部殿とはもはや一蓮托生ではないでしょうか」

「切っても切れないということか」

「この先生きのこる為には、共同して踏ん張るしかありますまい」

「惨めなイヌどもには似合いの末路だな」


 主人鑑連は、望楼から下界を見下ろす仙人のような心境なのだろうか。だが、この人物は直截的な意味では最も世俗的な人物である。果たして他者を嗤っている余裕はあるのだろうか、と疑問を深める備中であった。


 そんなある日、織田勢敗れる、という知らせが博多商人より鑑連の下へ飛び込んで来た。

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