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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天正年間(1573〜)
315/505

第314衝 旧套の鑑連

「田原民部殿が養子を廃嫡したという噂だが」

「急なことだ。一体何があったのだろう」


 これは事情を知らぬ武者どもの噂。多少情勢に通じていると、


「ついに切ったか」

「御台様もそれを強く要求したらしい」

「所詮、養子だ。不服従ならば仕方あるまい」

「養子はどうなった」

「親家公の邸に逃げ込んだらしいが」

「これは宣戦布告なのかな」

「誰への」

「そりゃ親吉利支丹連中への」

「……義鎮公はどうされるのか」

「そうですね……あ、おい、例の紙を見せて」

「う、うん」


 田原親賢 反吉利支丹

 佐伯惟教 中立

 朽網鑑康 親吉利支丹

 吉弘鎮信 中立

 吉岡鑑興 中立

 田北鎮周 親吉利支丹


「老中筆頭が孤立している」

「いや佐伯紀伊守がいる。実際の所、仲が良いようだが」

「それも田原民部殿が老中筆頭だからだろ」

「朽網殿はもう相当なご老体なのに、元気だな」

「というのに吉利支丹に近しい。やはりこれは、一門復興のため、休んではいられないということなのかな」

「朽網家からはかなりの数の武士が吉利支丹になったというぜ」

「かつて討伐された入田勢が、今や言いなりか。義鎮公も大したお方だ」

「老中の序列第四位の鎮信様はどちら側なのかな?」

「我らが殿の代理人」

「……口を慎め」

「それよりも、義統公の義兄弟という立場の方が強いだろう」

「それを言うなら、セバスシォン公の義父でもある」

「兄弟間の綱引きは相当強いらしい。動き難いだろう」

「むしろ、動かぬが吉か」

「しかし、鎮信様は積極的なお方。何かするはずだ……そうだ、良い事を思いついた」

「あっ、なにするの」

「お、書き加えたのか」

「国家大友陰の実力者をね」


 戸次鑑連 中立

 田原親宏 親吉利支丹

 田北鑑重 親吉利支丹

 志賀親守 中立


「我らが殿は中立か」

「当然だな」

「そして、田原常陸様は親吉利支丹か」

「最近、伴天連たちが豊前に進出するに際して、欠かさず挨拶をしているのを確認している」

「何を考えているのか明白だな。田原民部殿に対する対抗に違いない」

「田北大和様は、ここで書くほど実力があるのだろうか」

「田原常陸様と一組なら」

「なるほど。志賀前安房様は……」

「倅殿の失脚に何を思っているか、だな。親父は引き続き肥後にいるらしいが、倅殿は確か」

「豊後国内に戻ってきている。実質は蟄居だな」

「どこで?」

「菅迫城」

「府内には近づけないし、肥後には入れない。義鎮公はこの一件、どうするのだろうな」

「そういえば」

「何」

「吉岡様と田北刑部殿について、誰も何も言っていないが」

「そう言えば。何か報告はないか?」

「無い」

「ありません」

「この御二方、空気のようだな」

「どうかな、田北刑部殿については不器用に動き回っている」

「それにしては、立花山城には触手が伸びて来ないが」

「斬り払われるのが目に見て得ているのでは?」

「まあ我らが殿が、田北刑部殿のお相手をするとは思えないし」


 一同、笑い合う。


「……」

「どうした」

「いや、臼杵一門の名前が無いな、と思って」

「そういえばそうだな。老中でないのだ。国家大友実力者の中に、名前を入れておけばいい」

「いや、入らない。それほどの力の持ち主ではない」

「新当主が?後見人が?」

「どちらもさ」

「臼杵家の方々は吉利支丹についてはどうお考えかな」

「停滞する家勢を持ち直すため、義鎮公に気に入られるためには、従容と受け入れるのでは?」

「切ないな」

「そういえば、今豊後国内に吉利支丹宗門徒はどれくらいいるんだろう」

「一万人はいる、と自慢しているらしいが」

「話半分としても五千人か。増えてきたなあ」

「我ら戸次家は大丈夫か?」

「あの殿を前にして、吉利支丹の神を信じる気になる者がいるとは思えないがね」

「それもそうだが、本領藤北の方は?」

「鎮連様がしっかり見ている。大丈夫だ」

「つまり我々は、吉利支丹宗門は危険だ、と認識している訳だな」

「殿の顔色を見てればワカる」

「顔色は見るのではなく、窺うものだがな。そうだろ?」

「や、やめてよ」


 一同、大爆笑する。


「それなのに、戸次家は田原民部殿とは合流しない。これもまた、田原民部殿の危険性を殿が感じているからなのだろうなあ」

「田原殿の危険性?」

「そう。そもそも身分高いお方ではないということ」

「国家大友の家格秩序を崩すということか」

「そうそう」

「……」

「……」

「……」


 この話をしている一同はここで考え込んでしまった。等しい疑問が彼らの胸に去来したからである。つまり、主人鑑連は、武将として、領主として、国家大友の大幹部として、何を目指しているのだろうか、ということであった。


 この場にいた森下備中も内田左衛門尉も、主人が大いなる野望を持っている事は承知している。だがそれがどこまで行くものなのか。実質的な筑前国の主としての地位で満足はしていないはずである。正式な官職や役職を欲するのであれば、主君である義鎮公に逆らうことはできないのである。その出自故に。



 備中が豊後で得た証言を元に、小野甥は戦の接近を鑑連に告げたが、この天正五年、戦の便りは遠い東から届くのみである。季節は秋。


「殿」

「なんだ」

「安芸勢が播磨に兵を出しました」

「ついに織田右大将の軍と正面衝突か」

「将軍家の調略が、功を奏したということでしょう」

「我々の想定通りになった。では、将軍家は国家大友に対して、安芸勢への援助を命じてくるだろう」

「はい」

「まあ、奈多のガキが適当に処理するだろ」

「それがそうとも言えません」

「何だと?」

「備中殿」

「は、はい」


 小野甥に促された森下備中、府内と政庁臼杵から仕入れたばかりの情報を、主人鑑連に披露する。それは石宗からもたらされた、不吉な知らせであった。

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