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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天正年間(1573〜)
314/505

第313衝 含羞の鑑連

 府内の吉岡邸。


 門に番は居るが知らない顔だ。思い直せば顔なじみの兄弟の名前も知らないのだ。入り口でもじもじまごついていると、幸運な事に門番の兄が出てきて、笑顔を向けてくれた。昨日は町中で話しかけてくれたし、どうやら良い感情は持ってくれているようだ。備中も笑みになる。


「やあ、どうした」

「ふ、府内での用事が終わったので帰る前にご挨拶を……」


 適当な言葉を吐けるようになった自分が憎い。嬉しそうな門番兄。


「そりゃご丁寧に。ありがとう」

「お、弟さんは?」


 少し怪訝な顔をする門番兄。が、備中に対してではない感じ。


「あれも最近付き合いが悪くてな」

「府内にはご不在なのですか」

「ああ、今は臼杵なんだ。最近ずっとだがね」


 残念な備中、少し親しげに尋ねてみる。


「そ、そう言えばご舎弟殿は吉利支丹でしょ?」


 もう一段階、顔が歪む門番兄。なんで知っている、という顔だ。


「い、いえ。こう、手の仕草を良くしてたから」

「ならなんだ」


 不機嫌な口調に変わってしまった。失礼はしていないはずなのに、とドキドキする備中。


「き、気を悪くされたのならすみません。き、吉利支丹宗のことを聞いてみようか、な、と、ちょっと」

「なんで」

「ほ、ほら。最近流行じゃないですか」

「流行り物に飛びつくのか?」

「す、少し興味があるというか」

「やめておけ。猛将戸次伯耆守の近習が吉利支丹などになるなど。外聞が悪いぞ」

「そ、そうですね。そうします」

「そうだ。そうしろよ」


 これは不味い結果となった。兄弟の一方が吉利支丹で、もう一方は明かに敵対派。思わぬ躓きだ。



 その後、色々と世間話はしたが、吉利支丹宗門に関することは何も聞けなかった。気がつけば府内の辻を歩いていた備中。


「あ」


 さらに兄弟の氏名すら聞きそびれてしまった。これでは政庁のある臼杵へ行って、人探しから始めねばならない。他に吉利支丹側の空気を知る事ができる場所はないか、頭を捻る森下備中。


 結局、南蛮寺に戻るしかない。そこでは吉利支丹門徒がせっせと働いている。それをぼんやり眺め、知っている人が入らないか、誰か声をかけてくれないか、待ちぼうけをする。


「……」

「……」

「……」


 誰も声をかけてこない。それほど小汚い身なりをしているわけでもない。自分の臭いを嗅いでみるが、問題無いような気がする。


「……」


 そんな時、寺内に伴天連らしき南蛮人が歩む姿を見た備中。それが何者かはワカらないが、尊大な伴天連の噂を思い出しながら、遠目に見つめてみる。後ろに多勢の門徒らしき衆が従っているから、それなりに偉い南蛮人なのだろう。その異姿、紅毛碧眼とはこの事を言うのか、と珍しいものを見た気になる。


 南蛮人はこれから外出するようだ。後ろを振り返り、門徒衆へ何やら伝えている。無論、聞こえないし、聞こえたとしても意味はワカるまい。そして、何か仕草をする。それは門番弟がよくしたものと同じ仕草だ。門徒はみな恭しく頭を下げた。なかなかの威厳ぶりである。護衛らしき武士と歩き始めると、さらに立派に見える。備中はこれについて行くことにした。


 府内の町でも、南蛮人はかなりの人気ぶりである。門徒らしき者が立ち止まり例の仕草をすると、南蛮人もそれに応じて仕草をし、何かを告げている。門徒にのみ通じる挨拶なのだろう。それを繰り返していることから、府内にこれだけの吉利支丹門徒がいるのか、と備中は驚くとともに、反対勢力の敵愾心について、理解もできる。これは門徒となる民衆の奪い合いの争いなのだろう。敗れた側は数を減らす、ということだ。


 南蛮人の護衛侍がこちらをチラと見た。さすがに気づかれたのか。しかし、文系武士の森下備中、自分でもしまった、と思うほどに不自然に目を逸らしてしまった。


 だが、さして護衛侍は不審に思わなかったのか、追い払われることも、怒鳴られることもない。備中はこの幸運を神仏に感謝し、特に動機のない尾行を続ける。


 ふと気が付くと、備中の後ろに子供が連なって歩いていた。ニヤニヤ嗤い、不審な動きの備中を嘲っていた。


「わ、童」


 目を星のように輝いた禿が怖じけずに近寄って曰く、


「あの南蛮人を尾けているの?」

「と、とんでもない」

「ウソつけ、見え見えだぞ」

「そうだ。不審者め、セバスシォン様に言いつけるぞ」

「そうだ!そうすれば国主様がお前を処断するぞ!」


 ひい、と恐れをなした森下備中。踵を返し、すぐに府内の町を立ち去る決意をするのであった。だが吉利支丹宗門側の空気を得ることができたので、


「よかった、これで報告できる」


と歩幅広く飛び跳ねながら、逃走した。



 筑前、立花山城。


「……と言うようなことがあったのです」

「ふーん」

「……」


 自分が求めた事を調べて戻ったのに、素っ気ない鑑連の態度にがっかりする森下備中。が、ふと目を凝らしてみると、血流がたくましく見える主人の顔だ。小野甥が一言入れる。


「義鎮公であれ、義統公であれ、家中の混乱に、気が付かないはずがありません。これを収束させる手段は一つ」

「あっ」

「そう、戦争です」

「では、戦が近いのでしょうか」

「いずれ、戦が必要になるはずです。殿、備中殿の成果ですね」

「ふん」


 鼻で嗤った鑑連は、懐から取り出した小筒を弄び始める。その姿は、備中には隠した高揚を小野甥に引き出され、照れているようでもあった。

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