第312衝 侮慢の鑑連
「伴天連は門徒達に説いている。デウスという神以外の主人は持ってはならぬと。僧侶でない者にも、その生き方を強いている。他の生き方を、強く否定するのだ。彼らはデウスが天地の創生を行った、と主張するが、この日本には、デウスが来る前から神仏がおり内裏があり将軍家がある。彼らは何故か、この事実を軽視しているのだ」
「宗麟様から大いなる使命を受けて田原家を継いだこの私、私でさえ、先達を尊重し、謙虚であることの重要さに日々思いを致している。なのに、伴天連にはそういった姿勢がまるで無い。反感は必至となる」
「もちろん仏教にも、一向宗のような妥協を知らぬ危険集団は存在する。では、吉利支丹宗門がそれと違うところがあるだろうか」
「宇佐の宮で火災があった。吉利支丹の仕業という声があり、信じる者も多い。悪評は日頃の振る舞いのせいではないか」
「宗麟様の影響で、大友宗家の方々のみならず、臼杵の人々の多くが吉利支丹に心を寄せている。それは純粋な信仰の結果のものではない。好奇や追従の結果でもあり、単純な権力争いのために現れているということを、忘れてはならない」
「伴天連たちは位牌を焼け、神棚を破壊しろと言う。貧しい者たちは喜々としてその命令に従う。当然位牌にも神棚にも維持費がかかる。貧者はその維持に四苦八苦しているのだから、従う事も当然の成り行きだ。貧者はだけであればまだ良い。だが、位牌を維持する資産がある有力者たちがこれに靡く事は悪徳の誹りを免れないだろう」
「宗麟様は吉利支丹宗門は軽く見ている。そして国家大友は、肥前の大村如きとは違い大国だ。これが決定的に異なる。国家大友は偉大なる領域。その統治者の勝手気ままな行動を、誰が許すというのか。一人の貧民の信仰とはまるで意味が違う」
「だから私は、田原常陸介殿を除こうと、本気で思い始めているのだ。この事を理解しないのであれば、国家大友を指導する立場や資格は無い」
「一方、戸次殿は田原常陸介殿とは違う。違うと私は思っている。少なくとも、国家大友を尊重してくれている。だからこそ、戸次殿に告げる」
「備中、戸次殿に伝えてくれ。私は引き続き諫言を続けるが、その先が暗いかもしれないという事を。宗麟様が聞く耳を持たない上に、近年義統様も伴天連の言葉に心を寄せ始めているからだ。そして、下の者は上の者の顔色を見て、靡くものだ」
「私は義統様を守らなければならない。私にはこの絶対的な義務がある。吉利支丹の動きをこのままにしておくわけにはいかない」
「内乱だけは絶対に、避けなければならない」
田原民部という人物について、その立場からも抑揚的である印象を備中は強く持っていた。それがこの能弁。印象がガラリと変わった。意志力は強く、大きいのだろう。それが時として謀略になり、前線の武将に嫌われ、立花殿への奸計になったのだとすれば、世の人が言う程、要領は良くない。それにこの種の強い信念は、義鎮公の好むところにはならないはずだ。
隣の石宗は、云々ごもっともと頷いているのみだが、信念など薬にもしたくないというようなこの破戒僧のことだ。心中、田原民部を馬鹿にしているのではないか。
田原民部の意思表明は続く。石宗も、備中も、田原民部の雄弁へ一切の異論を差しはさまなかった。特に備中はその意見に強く同意した訳ではないが、それでも、繰り返された、田原民部の吉利支丹宗門への意見は、至極真っ当なものとして受け取った。これが一方の側が心中秘めたる空気なのだろうと、収穫を得たのである。
田原民部邸を出た石宗と備中。何度か辻を曲がると、石宗が口を開く。
「子は親の鏡と言うが、辛いものだ」
密議に挑んできた姿勢とは思えないほど、石宗の声は大きい。噂の田原民部の養子の事だろうが、それはもはや、備中の関心では無くなっていた。撒き餌への食いが悪いと感じたのか、石宗は続ける。
「口を酸っぱくして言っても何故かな、義鎮公にはワカってもらえない」
公に嫌われているのは、主人鑑連だけではないのだろう、と備中は心中で独り言ちる。
「義鎮公は理想を追い求める質だから」
ならば、言葉での勧説は無益で、説得者は行動でそれを示さねばならない。それが吉利支丹宗門への宗旨替えなのだとすれば、主人鑑連の侮蔑はともかく、義鎮公は名実ともに国家大友の頂点に立っていると言えるだろう。
「だからこそ、反対運動の結束を強めるしかないのだが」
故に、その側に宗家の人間が不在であれば、結束も夢であるのだろう。これは石宗にとって分が悪い、と備中、これもまた収穫を得る事ができた。
石宗はさすが、事情に通じているが、それに思いを致した時、ふと心臓が冷える備中。これが密議なのであれば、ここ府内にて自分が勝手に方針を決める訳にはいかない。鑑連の悪鬼面を思うと汗が噴き出して止まらなくなる。
「……」
もっとも、石宗も、先の田原民部もそんな事情は察知しているはず。彼らの間だけで決まったことを押し付けたとして、鑑連は従わないだろう。なれば、自分がここにいる意味は、やはり参考資料程度のものなのだろう。喋り続ける石宗を冷静に眺めながら、備中は心に勇気を取り戻す。もはや、石宗にも用はない。
鑑連殿によしなに、と念を押された後、石宗と別れた備中。豊かな府内の町に立つ。吉利支丹反対派の空気は確実に捉えることができた備中だが、できれば吉利支丹宗門側の空気も確認しておきたい。それには誰が適当か、どこに行けば良いか。
吉利支丹側の大物と言えば、セバスシォンを称する親家公、噂の親虎殿、朽網殿ぐらいだろうか。国家大友の勢力図が微妙な中、自分が勝手に会えるような人々ではない。
そうすると、向かう先は自然と南蛮寺になる。何がしかの足掛かりを求めて府内の南蛮寺を訪れた森下備中、門徒達が行う手の作法を見て、記憶の中から吉岡家門番の姿を思い出した。それも見たのは一度ではない。あの兄弟の弟は、間違いなく吉利支丹なのだろう。備中は、過去の自身に感謝をしつつ、吉岡邸を目指すのであった。




